その6
シスター服に修道帽にメガネと新たな衣装に身を包んだビスタは、相棒のレディアと共にフェスタ拘置所へ舞い戻った。
「すませーん、ちょい遅れましたー」
ビスタの前を行くレディアは飄々と門番達に手を振った。
「お前はまた遅刻か。早く入れ、他のお姉様方はとっくに到着しているぞ」
「うぃーす、すませーん」
「全く、反省してるんだかしてないんだか。ん? 後ろの彼女は新入りか?」
「あーそうっす。新入りのビス、たっ!?」
「ブエナですよろしくお願いしまーす」
名乗ったら意味ないでしょバカ、と言う気持ちを込めてレディアの足を平然と踏みつけた。声を上ずらせた彼女、今すぐにでも足を擦りたいだろうに腕を振るわせ握り拳を作り涙目で耐えていた。
「新入りってことはお前もついに先輩になるのか。先輩だからって威張り散らすんじゃないぞ? 暴力なんてもっての外だ」
今まさに目の前で縦社会の闇が露になったと言うのに、兵は二人とも全く気付いていないようで。その内の一人は感慨深そうに言葉を続けていった。
「俺が先輩になった時にゃ、こいつに挨拶の仕方から教えたもんだ。お前みたいな挨拶なんか絶対に許さなかったな」
「あー、でしたねー。俺、そういう礼儀とは縁遠い暮らしをしてたんで、ついつい口を滑らせないよう四六時中気を張ってましたよ」
「社会に出たら礼儀は必ず身につけないといけないからな。俺達みたいな下っ端は特にそうだ。上には兵長がいるし貴族や王族、更には国民一人一人も俺達の上司のようなものだ。しっかりしないと民からの信頼は……」
「すみません兵隊さん、あたし達急いで礼拝の手伝いに行かなければならないので」
「おお、そうだったな。ただでさえ遅刻しているんだ。話し込んで悪かったな」
「それではあたし達はこれにて。行きましょ先輩」
「し、失礼しまーす」
門番達の間をそそくさと通り抜けていく。建物の中に入るとようやくレディアはしゃがみこみ足を擦りまくるのだった。
「酷いっすよ、先輩~。女性の足はもっと丁寧に扱ってくださーい。お嫁の貰い手がいなくなったらどうするんすかー」
「貰い手ならちょうどいい奴がいるからそいつを紹介してあげるわ。もっとも、あんたが気に入るかは別問題だけど」
「いいっすよ、そんな斡旋されて嫁入りしても嬉しくありませんし。さてと」
レディアは何度か屈伸運動、更には伸脚やジャンプなどの準備運動をしながら話していく。
「うちここには何度も来てるんで見たことあるんすけど、監房の鍵は兵が持ってるんすよねー」
「うげっ、だとしたら借りるのは難しそうね」
「あくまで盗むとは言わないんすね。まぁでも大丈夫、持っているのは監房の鍵だけで腕輪の鍵は別保管みたいっすよ。釈放される時に初めて外されるのを何度か見たことあります」
「保管するとしたら看守室かしら。場所は分かる?」
「分かりますよー、こっちっす」
拘置所は五階建て。横に三本線を並べるように監獄棟が並び、その中央を縦に看守棟が貫くような構造となっている。レディアが連れて来たのはちょうど拘置所の中心と言ってもいい部屋、三階のど真ん中だった。
「しっ、先輩、誰か来ます」
「別に一言も喋っていないけどね」
「やってみたかっただけなんで気にしないで貰えると幸いっす」
目的の看守室も間近のところで口に人差し指を当て、近くの壁にピタリと身を寄せるレディア。彼女の言う通り確かに足音と話声がだんだんと近づいて来ていた。息を潜め壁際から足音の様子を探っていく。
「うわ被りかよー。俺も前々からあの子のこと狙っていたのに」
「やはりお前もだったか。で、そっちは今日どれくらい進展したんだ?」
「進展も何もねーよ。廊下ですれ違った時に敬礼して終わりさ。今日も清楚で可憐で美しかったなぁシスターさん。今も息を吸う度にあの人が横切った際にふわっと香った空気が鼻の中で蘇るようだ。はぁ~嫁にしてぇ!」
「へっへっへ、俺なんか今日会釈されちゃったもんねー。あぁ、目を閉じれば今もその時の光景が思い起こされてくる」
「はぁー!? マジかよ!? お前の目くれよ! 俺の鼻と交換してくれ!」
「無理に決まってんだろアホか」
兵達は話しながら看守室の扉を開き中へと入っていった。
「ほんとにアホね、これだから男は」
「ちなみに誰狙いなんすかね、気になります」
「どーでもいいわよ、そんなこと。あ、出て来た」
部屋を出て来た兵の手にはブラシが二本、そのまま彼女達がいることに気づく様子もなく歩き去っていった。二人はその後足音を殺しながら部屋へ近づき扉に耳を押し当てる。中からは何の音も聞こえない。続いて僅かに扉を開き中の様子を窺う。どうやら誰もいないようだ。それが分かったところでゆっくりと扉を開いていった。
キッチンやソファ、テーブルに本棚などなど。快適に過ごせそうな部屋には生活雑貨の他に武器や鎧などが入り混じる。その中に二人が探していたブツは壁に掛けられていた。
「ビンゴね、鍵があるわ」
「あるにはあるけど、多すぎないっすかね」
鍵の束は五つ、一束あたりおよそ三十本近くと言ったところか。この中から探すには骨が折れるだろう。
「一つずつ調べるしかないわね。あたしも同じ腕輪をしているしその内当たりが……」
「先輩! 足音っす! 誰かこっちに来ます!」
「ロッカーがあるわ、隠れるわよ!」
「ういっす!」
ビスタは手近のロッカーの中に身を押し込める。幸いロッカーの中はそこそこ片付いており、ビスタ程度の小柄な女性なら余裕で収まることが出来た。
「失礼しまーす!」
「ちょっ!?」
しかしもう一人が入るとなれば話は別だ。無理に入り込んできたレディアはバタンとロッカーの戸を閉めたのだった。ビスタとは違いレディアは標準女性よりそこそこ肉付きがいい。余裕のあったロッカー内は瞬く間にぎゅうぎゅう詰めである。
「何でこっちに入ってくるのよ! 隣のロッカー開けてたじゃない、そっち入りなさいよ!」
「入りたいのは山々なんすけどめちゃくちゃ散らかってるんすよ! キツキツっすよ! あの中に入ったら圧殺されますよ!」
「どっちみちキツキツになるじゃないの! だったらせめて先輩であるあたしに迷惑かけないようにしようとか考えない訳!?」
「先輩だけズルいなぁって思って! 道連れって奴っすよ可愛い後輩のすることなんで許してくださいな!」
そうこう言い争っている間にも足音が部屋の中へ侵入してきた。二人は互いの口に手を当て黙らせ、何とか時が過ぎるのを待つ。
「しっかし面倒な腕輪だよなー、あれ」
入って来た兵もまた二人。すぐに鍵の束の元へ向かうと、一人が真ん中に掛けられている鍵の束を手に取った。
「鍵もこんなに多いし」
「確か間違った鍵を挿すと腕輪が色々なペナルティ魔法を発生させるんだよね」
「そうそう。しかも何が起きるか分からないと来たもんだ。この前の腕輪交換日なんて誰かが鍵束を間違えたせいで囚人一人小さくしちまったみたいだぜ?」
「あー、聞いた聞いた。あれって一度失敗しちゃうと三十分は魔法が解けないし次の鍵も挿せないんだよね」
「どの鍵でどの腕輪が外れるかも上部の人しか知らないし。俺達下っ端に出来るのはこうして鍵の束を持ってくるだけ」
「でも腕輪のおかげで脱獄や囚人同士の喧嘩も防げている訳で。そう言った意味では感謝かな」
呑気に会話している兵士だがロッカーの中で約一名、顔を真っ青にしている人物がいるとはつゆにも思っていないだろう。
「そう言えばあの二人の腕輪ってどうなんだ?」
「あの二人って、もしかして例の金髪と盗賊のこと?」
「そうそう。特注なんだろ?」
「腕輪自体の仕組みは変わらないって話だよ。この中のどれかで外れる。確かこれの左隣の鍵束だったかな?」
話声はだんだんと遠くなっていき、やがて扉がカチャリと閉まると室内は無音に包まれた。
さて、安全を確認後ロッカーから出て来た二人はと言うと、全く正反対なリアクションをすることになった。
「ビスタさん! 左隣みたいっすよ! 早速片っ端から挿してみましょう!」
「挿せるかぁ! かなりの高確率であたしがペナルティ受ける羽目になるわ!」
「じゃあどうやって当たりの鍵を見つけ出すって言うんすか? さっきの兵隊さんの話だと上の人しか知らないって言うしまさか聞き出せとでも?」
「んな高度な交渉術あたしに出来ないわ! とにかくその鍵束を持って外に出るわよ! ポケットの中に突っ込みなさい!」
「ムリっす! こんなの大きすぎて中に入らないっすよ!」
「だったら服の中にでも詰め込みなさい! あんたのそのワガママボディなら少し出っ張りが増えたところで大した違和感もないでしょ!」
「言っていることは分かりますけど、何処か私怨を感じる物言いっすね!?」
それでも逆らえないのが縦社会の掟である。レディアは服の中に鍵を隠すと、二人で足早に出口へと向かっていった。
「二人とも、礼拝はどうした?」
「すませーん、忘れ物したっす! 今日はもう来ないんでお姉様方に伝えといてくだせー!」
「お邪魔しましたー!」
走り去った二人の後ろ姿を、門番の兵はポカンと口を開けて見送るだけだった。




