その5
「本当に勝手な奴ね!」
道端の小石を蹴り上げ、ビスタは不満をぶちまけた。
「あいつには一応村で助けられたし借りを返すって意味でやってあげるけど、でも頼み方ってものがあるじゃないの」
などとぶつぶつ言いながらも、ひとまずは鍵のあると思われる拘置所へ。建物の前には見張りの兵が二人、あくびをしながら退屈そうに立っていた。
さぁどう侵入したものか、と考えたのはほんの一瞬だけ。ビスタが選んだのは大胆にも正面突破である。いや、それしか選べないと言った方が正しいのかもしれない。彼女の専門はスリや万引き、空き巣や怪盗のように建物内への侵入はあまり経験がないのだ。
「やぁやぁお二人とも、ごくろうさん」
盗賊とは思えないほど堂々と、大手を振って建物の中へと直進していく、が。
「ぐすん、痛い」
頭にげんこつを貰い、首根っこを掴まれ、ものの数秒でつまみ出されてしまった。叩かれた部分をさすりながら、恨めしそうに建物を仰ぎ見る。流石に無謀過ぎた、と心の中で反省するとまずは周囲の環境把握に努めることに。
拘置所の周辺をぐるりと一周。建物の周囲は塀で囲まれているが、有刺鉄線も敷かれているため上って侵入は不可能と見ていいだろう。特に穴がある訳でもなく、女性一人で壊せるようなものでもない。
無駄足に終わった周回ではあったが、再び正面入り口へ戻って来るとシスター服を身にまとった女性四人が入口に向かって足を進めていた。
「おはようございます。週に一度の礼拝のため参りました」
「はっ、おはようございます! お待ちしておりました、どうぞお入りください!」
仰々しく敬礼をする兵の間を抜ける際、シスター達は一人一人頭を下げてから建物内へと入っていく。これはチャンスと、ビスタもシスター一行の最後尾へと並んだ。
「本日はよろしくお願いします」
「失礼いたします」
「お仕事ご苦労様です」
「どもどもー、ご苦労さーん」
隠れる気ゼロの彼女の行動が失敗に終わったのはもはや言うまでもないだろう。叩かれ掴まれつまみ出される。
「うう、父親にも殴られたことないのに……そもそも父親が誰か知らないけど」
さて、これはなかなか手強そうだ。長期戦も視野に入れたビスタだったが、先ほどのシスター達を見て一つピンっと閃いたことがある。
「そうよ、変装よ! 変装すればいいんだわ!」
我ながら天才かと自己称賛した後、変装道具を求めて一旦その場を離れた。シスター達の話では今日は礼拝の日、ならば彼女もシスターに変装するのがベストであろう。
町に出た彼女が真っ先に探したのは教会だ。それは割りとすぐに見つかる。小ぢんまりとした小さな白い建物ではあるが、正面入り口にはレーヌの紋章、屋根にはレーヌの像と非常に分かりやすい。
「ごめんくださーい」
木の扉を開け中へ。見た目通りあまり広くない講堂内には誰もいなかった。教壇の右奥には扉、恐らく居住空間へのものだろう。奥に行けば誰かいるかもしれないと踏んだビスタは、ノックをしてから遠慮がちに開いた。
「すみませーん、誰か……」
リビングと見られる室内に広がっていた光景に、ビスタは時が止まったかのようにピタリと動かなくなった。それもそのはずである。
この教会のシスターと見られる女性が血塗れで倒れていたのだから。
「ぎぃやあああああああああああああああああああ!」
決して可愛らしい悲鳴ではない、大絶叫である。顔面蒼白、しかも目玉が飛び出るのではないかと言うほど大きく目を見開いていた。
「お医者さんを呼ばないと! い、いやまずは憲兵さん! ああでもまだ助かるかもしれないしやっぱりお医者さん!」
「あー、ちょいちょい、呼ばなくて結構ですよ」
パニック状態のビスタに更なる異常事態が襲いかかる。何と倒れていたシスターの死体の顔がひょこっと持ち上がり言葉を放ち始めたのだ。無論今のビスタにまともに対応出来る余裕などなく。
「生き返ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「そもそも死んでいないので」
「シスターさんシスターさんシスターさぁぁぁぁぁぁん! 生ける屍がいますよぉぉぉ!」」
「私がシスターです。ちょっと冗談が過ぎました、謝るので落ち着いてくださいな」
よもやの大パニックに流石に彼女もまずいと察したようだ。ビスタを落ち着かせるべく、こうなった経緯を丁寧に説明していく。
「え? 死んだフリ?」
「はい~。普通に応対するのもつまらないので、ちょっとしたサプライズを」
「心臓に悪いんですけど! もぅ、本当にビックリしましたよ!」
「すみません、次からはもう少し控え目の奴にします」
「もうしないでください!」
シスターは血塗れの衣装のままお茶を濁すように軽く笑い飛ばす。間違いなくまたやる人間の反応だろう。
「それであなたの用件はなんでしょうか? 寄付? 募金? それとも贈呈?」
「お金に困っていることは分かりましたが生憎違います。シスター服を貸してもらいんです」
「シスター服ですか? それまたどうして?」
「知り合いに頼まれまして。どうしてもシスター服を着たいんです」
「なるほど~」
確かにビスタは知り合いに頼まれたし、現在どうしてもシスター服を着たい。間違ったことは言っていない。シスターがどう捉えているかは定かではないが。
「分かりました。本来はレーヌ様に仕える者でなければ着用を許さないのですけどね。特別にお貸ししましょう」
「ありがとうございます!」
「ただし、これ次第で~す」
人畜無害な笑顔のままに、シスターは親指と人差し指で円を作った。
「もしかしてですけど、その手の意味は……」
「レンタル料になりま~す」
「ですよねー! だと思ってましたー!」
お金を得るためのワンちゃんモフモフファイト、それに勝つためのシスター服だ。ここでもお金を請求されてはまたもたらい回しスパイラルが続いてしまう。
「どうにか後払いってことには?」
「当教会は即日現金払いが原則となっておりま~す」
「手形とか書きますし何なら担保とか置いていきますから。ほらこれとか」
あろうことかビスタは聖剣を彼女へと渡したのだ。ナンパに使われ担保に使われ、本当にろくな使い方をされない哀れな聖剣である。
「むむぅ? 柄のレーヌの紋章、それにこの刀身は!」
「気づきました? 気づいちゃいました? そうなんです、実はあの聖剣アトス……」
「聖剣マルセリーナ!」
「全然違う聖剣の名前が出て来たー!」
「聖剣グランデッツァでしたっけ? それとも聖剣プロトスター?」
「聖剣アトスですよ! この大陸じゃ一番身近でしょうよ!」
「聖剣アトス? ……またまた~、聖剣ジターナでしょう?」
「正真正銘聖剣アトスです!」
「いえ、もしかしたら聖剣マルバイユの可能性も……」
「聖剣多すぎですよ! 一体いくつあるんですか!」
「聖典によるとレーヌ様は千本くらい与えてくださったのだとか」
「聖剣安売りし過ぎよ女神様っ!」
ビスタは彼女の手から強引に聖剣を取り戻した。この調子だと一生かかっても聖剣アトスにはたどり着けなさそうである。
「話は逸れましたけどとにかく! シスター服を貸してくださいお願いします! お金なら後で払いますから!」
「ダメで~す。即払いしか受け付けませ~ん」
おっとりした笑顔からは想像も出来ないがめつさである。これ以上話しても埒が明かないのは明白、試合時間のことを考えればあまりモタモタしている訳にもいかず。もう別の変装を試みるべきかもしれない、なんてビスタが路線変更を視野に入れたところで。
「おざまーす」
別の部屋から新たなシスターが、あくびをしながら入室してきた。軽くウェーブの掛かった赤髪にだらしなく気崩されたシスター服、ずいぶんとラフなシスターである。
「遅いですよ~レディアさん。他の皆さんは既に礼拝へ行ってしまいましたよ~」
「すませーん、朝は苦手で」
レディアと呼ばれたシスターは尚もあくびをしながら、保冷庫から牛乳ビンを取り出し半分ほど呷った。
「ん、あれ? お客人? どもー、なーんもない教会だけどゆっくりしていってねー」
「その言葉遣いはお客様に対して失礼ですよ? もっと丁寧に対応してください」
「お堅いなぁ、せんせーは。いーじゃん、これくらい軽い方が。お客人もそう思うっしょ?」
「まぁあたしは別にいいけど。慣れてるし」
「ほらー、そう言っている訳だしこの調子で行かせてもらうわー。にしてもあんた」
レディアはビスタに近づくと、まじまじと彼女を見渡していく。
「なーんかあたしの昔の知り合いに似てるっつーか。いやあたしね王都出身なんだけど、当時は結構なワルだったんだよね~。よく盗みとか働いたし」
「そうね。よくコンビで露店の商品をかっさらったものよ」
「そうそう! その時の相方の、色気もへったくれもないちんちくりんな平坦女に、あんたとってもそっくりでさ! 今思えばあたしより一つ年上とかぜってー見栄張るための嘘だっての、ぎゃははははー!」
「相変わらずそうで安心したわ、レディア」
「ビスタさんこそ三年経ってもちっとも成長してないっすねー」
残りの牛乳を口に運ぶレディア。しかし二回喉を鳴らしたところで自分のミスを詫びてくる。
「あー、今うちビスタさんとか言っちゃった? お客人があまりにも似ているもんだからついその相方の名前で呼んじったわ、めんごめんごー」
「気にしなくていいわ、本人だから」
「ノリがいいっすね、お客人さーん。そう言うとこもほんとクリソツっすわー」
「ところであんた、いきなりレーヌ教を極めるとか言って飛び出していったけど、その後はどうなの?」
「あー、聞いてくださいよー。ここの生活マジきっついんすよー。朝は絶対に五時起きだし、掃除は毎日やらないといけないし、飯はめちゃくちゃ質素だし」
「何一つ守っていませんけどね、現に今日も寝坊していますし、部屋は汚いですし、食糧庫から食べ物をこっそり盗みますし」
「それにお祈りって言うの? あれめちゃくちゃ退屈でさー。うち毎回寝てますわ」
「レディアさんには後でお説教が必要みたいですね」
「あー今のウソウソ! 寝てはいない、気絶してるだけだから! ところでお客人さぁー!」
これ以上傷口を広げてなるものかと言わんばかりに、ビスタへ話を振ろうとしていた彼女であったが、何かに気づいたのかはたと語勢を弱めていった。
「……そういえばお客人、どーしてうちがレーヌ教極める云々の件を知ってるんすかね?」
「答えはもう既に口にしたはずだけど?」
「え、えーっと、もしかしてっすけど……モノホンのビスタさん?」
「他に何に見えるのかしら?」
瞬間、サーっと血の気が引いたようにレディアの顔色が変わった。
「お、おひさしゅうございますビスタさん! その後はお元気で?」
「見ての通り、三年経っても、全くお変わりないわよ」
「いやちょっと、ちょこーっと、ほんのちょーっとだけ大きくなったような気がするっす!」
「フォローになってないフォローをどうも」
腰に手を当て仁王立ちするビスタの前にレディアは途端に居住まいを正す。盗賊は仲間意識こそ強いが強烈な縦社会。幼少の頃から盗みを繰り返すベテランに対して、十歳そこらでこの道に足を踏み入れたぺーぺーでは頭が上がらないのである。
「して、ビスタさんは何用でこちらに?」
「ここのシスター服を借りようと思ったんだけどその必要もなさそうね。もっといいのが見つかったから」
渡りに船であり鬼に金棒、この予想外の邂逅にビスタはニヤリと不気味に笑った。
「……あー、もしかしてうち、最悪なタイミングでここ来ちゃった感じっすか?」
今更気づいても手遅れである。レディアは首根っこを掴まれると、聖堂内をズルズルと引きずられていく。その間にもビスタの口からは手短にこれまでの経緯が話されていった。
「ムリムリムリムリ! 拘置所から鍵盗むとか、うちには荷が重すぎますってー! バレたらうちまでお縄っすよー!」
「盗むんじゃなくて少し借りるだけよ。気づかれなければ問題ないわ」
「そんな屁理屈なー! 大体うちはもうとっくに足洗ったんっすよー! 結構ブランクもあるし、もう腕鈍ってますってー! 一般人とそう変わりませんよー!」
「食料庫から盗んでるそうじゃないの。まだまだ現役よ」
「それは盗んだうちに入りませんってー」
「つべこべ言わないの。盗賊なら腹括りなさい」
「ううう、そう言って何度うちを理不尽な逃走劇に巻き込んできたことか。もう分かりましたよぅ、手伝います手伝いますよぉ」
観念したのか、投げやり気味に言い放ったレディアは抵抗を止めた。彼女の回答に満足したビスタも、無理に引きずるのは止め首根っこから手を離す。
「ただしビスタさんも一緒に侵入してくださいよー、可愛い後輩に丸投げは勘弁してください」
「分かったわ、あんたのシスター服を貸して頂戴。あたしもう顔が割れてるから」
「それはいいっすけど……」
「今チラッと何処を見たのかしら~?」
「見てないっす! 胸元がブカブカになりそうだな~とか思ってないっす!」
その直後、三年ぶり何度目かは分からぬゲンコツが、レディアの頭へと降り注いだのである。




