異界から来た者たち
ミリアベルは街の中を歩いていた。彼女は今朝がたから姿の見えないシャンクシーションクを探していたのだ。
シャンクシーションクは時折いなくなることはこれまでもあったが、それもすぐに戻ってきた。にもかかわらず、帰ってくるのが遅かったので、ミリアベルは探しに出かけていたのだ。
心配したマリアベルも一緒に探すと言ったのだが、彼女の稽古の邪魔もしたくないため、断った。
白い仔猫を捜し歩くミリアベル。なかなかシャンクシーションクは見当たらなかった。
「もう、どこに行ったのかしら」
額の汗を拭い、ミリアベルは言う。そんなミリアベルの服の裾を、誰かがぐいぐいと引っ張る。ミリアベルが後ろを振り向く。そして、視線を下に下げると、そこには一人の少女がいた。白髪の少女。その瞳は常に七色に移り変わり、輝いている。いつかミリアベルが合い、イーゼルロットの親戚だという少女。
「イルイーネちゃん?」
名前を思い出して言うと、少女はコクンと頷き、ミリアベルにひたと抱きついた。猫のように頬を摺り寄せ目を細める少女。少女にどうしたのか、と聞こうとして口を閉ざす。そう言えば、彼女は喋れないのだったと思い出したからだ。
仕方なく、近くにあった公園の石の上に座る。彼女の膝に頭を乗せ、イルイーネは微睡んでいる。会うのは二回目と言うのに、妙に懐かれている。不快ではないが、不思議な感覚であった。
「そう言えば、あなた白い仔猫を見なかった?」
ミリアベルが問うと、イルイーネは少し考えて首を振った。そう、と呟いたミリアベル。イルイーネは再び微睡んでいた。それを見ていると、ミリアベルも少し、眠くなってきた。ミリアベルの瞳は急速に重くなり、彼女は眠りへと誘われていった。
ミリアベルは目を開ける。だが、そこは科覗の知る世界ではなかったし、ミリアベルは自分が寝ている、ということ、つまりこれは夢だと知覚できていた。周りを見回すと、白い無があった。
一体これは何の夢なのだろう。そう思うミリアベル。何かを感じ振り返ると、そこには何かの影があった。
「・・・・・・あなたは」
ミリアベルが影を見て口を開く。前にも彼とは会っている。その時の名前をミリアベルは忘れてはいない。
「アンセルムスね」
≪いかにも≫
影はそう言い、笑ったような気がした。ぼやけた影で、いつか見たあの黒髪黒目の青年の顔を見せてはくれない。
「あなたのこと、いろいろ調べたわ」
≪だろうな。だが、あまり詳しいことはわからなかった、だろう?≫
ええ、といミリアベルは頷く。父や母の話でも、当たり障りのない情報しかつかめなかった。かつてのアクスウォード王子で、エノラの兄。そして、どうやらその名前はあらゆる記録上から抹消されているかのようにあらゆる書物記録に存在しない、と言うこと。
「ほかの人は、知っていてもあなたのことを話そうとはしない。あなたは一体、何者なの?」
ミリアベルの強い視線を受けても影は一切怯むことはなかった。むしろ、強がっている少女を微笑ましく見守っている雰囲気すら持っていた。それが少し、ミリアベルには不快であった。そんな少女の気分を察し、若いな、とアンセルムスは笑う。
「答えてよ」
≪俺の存在は、いろいろと問題があるんだよ。この世界にとっては、な≫
「?」
≪俺とて、必要がなければ君に接触するつもりはなかったんだよ、ミリアベル≫
「あなたは何が目的なのよ、煙に巻かないで応えてよ」
≪それは、不可能だ≫
アンセルムスは断言した。
≪俺がこうして君に接触しているだけでも、彼らに見つかるリスクを秘めているんだから。それに・・・・・・≫
いや、よそう、とアンセルムスは言う。あとが気になったミリアベルだが、どうせ答えてはくれないと思い、アンセルムスの言葉を待つ。
≪一つ、警告しておく。ミリアベル。君たちを今、恐ろしい脅威が襲おうとしている。だが、忘れるな。希望は常に、君たちの中にある。どれほどの暗闇が来ようとも、紡いだ絆を絶やすことなく、手を伸ばしつづけろ≫
そう言ったアンセルムスの影が、ぶれ始める。ザザ、とノイズが奔る。
≪・・・・・・ここまでか≫
「脅威っていったい何?!」
ミリアベルの叫び。アンセルムスは何かを言ったようだが、それはなにか別の力によってかき消された。
そして、白い虚無の空間からミリアベルははじき出された。
ミリアベルが目を覚ました時、時間はさほど立ってはいない様子であった。太陽の位置にほとんど変化はなかった。うたた寝、といったところか。
それにしても、アンセルムスは何を言いたかったのか、そもそもあの夢は本当だったのか。わからないことはたくさんある。
ふと、膝に感じる重みに目を向けると、そこにはシャンクシーションクが身体を丸めて眠っていた。しかし、そこに白髪の少女の姿はなかった。
「イルイーネちゃんはどこにいったのかしら」
シャンクシーションクを静かに抱き上げるミリアベル。仔猫は眠ったまま、静かに彼女の腕の中で寝息を立てる。
ミリアベルがはじき出された後の白い無の広がる空間。そこにはアンセルムスが一人立っていた。ミリアベルの前ではぼやけていた彼の姿ははっきりとしており、黒い髪黒い瞳の青年がそこに立っていた。黒いフードつきのコートに、歪な剣を腰にぶら下げた青年は口を一文字に結び、周囲に目を向ける。
「フン、ついに見つかっちまったかよ」
彼がそう言い、その歪な剣【神殺しの刃】を引き抜くと、彼の周囲に浮かび上がっていた影が実体化する。白銀に輝く鎧騎士たちが現れる。兜の向こうに見える目は、赤く輝いている。巨大な盾と大剣や大槍、ハルバートを持った騎士たちがアンセルムスに襲い掛かる。
アンセルムスは剣で騎士たちの武器を受け流し、軽やかなステップを踏みながら敵の懐に入り込む。剣を振り、敵の腕を切り落とす。が、切った実感がない。それもそのはずであろう。鎧の中には肉体などは言っていないのだから。
「ち」
舌打ちをしたアンセルムス。彼の持つ剣はあらゆる生物を殺しうる剣。生物のみならず、下手をすれば現象そのものすら消し去る最強の武器だが、それが効かないとなれば、この世界の法則から外れた存在、ということだ。
アンセルムスが決定打を与えれず、回避の身に専念して数分。いきなり攻撃をやめ、騎士たちは止まる。
アンセルムスは肩で息をしながら、騎士たちを見る。油断なく左手の剣を構えながら騎士たちを見ているアンセルムスの前に、新たな影が現れる。
「見事ね。アンセルムスは全くの能無しだから、これだけの戦力で倒せると思っていたのだけれども、流石にあなたはそんなに甘くはない存在ね」
女の声。アンセルムスは前に現れた白銀の細身の鎧騎士を見る。周囲の鎧騎士とは一人だけ持つ雰囲気が異なる。
「・・・・・・誰だ、あんた?」
アンセルムスが彼女を見て言う。鎧の後頭部からは見事な長い銀髪が覗いている。女騎士の背中からは、三対の白い翼が生えており、彼女の歩みとともに揺れている。二、三枚、白い羽が舞う。
「私の名前は第九天使セプテンバー」
天使。その言葉を聞き、アンセルムスははあん、と納得したように顔を歪め女を見る。兜で隠れている女騎士は天使と名乗った。天使、天の使い。それはつまり、数多の次元を見て、干渉する神の如き絶対者によって創造された存在。監督者たちの武力集団、天使軍団。それを指揮する、十二大天使。
「まさか、実在するとはな」
その存在をアンセルムスは聞いたことしかなかった。
「この世界のアンセルムス。お前は我らの造物主にとってもはや何の意味もなさない。むしろ、邪魔になる。故に、私が排除する」
身の丈をはるかに超える槍を軽々と振り、セプテンバーは言う。その自信は第九天使というところからきているのだろう。
アンセルムスは不敵な笑みを浮かべたまま、セプテンバーと騎士たちを見る。
「あんまり俺を舐めてると、痛い目を見るぜ」
「ほざけ。もはや何の力もない貴様など、恐れる意味もない。たった一人で、私と天使の騎士に勝てると思っているのか?」
そう言うと、セプテンバーと鎧騎士たちはアンセルムスに襲い掛かる。アンセルムスはニヤリと笑う。
「はん。誰が、俺一人だけだって言った?」
「!?」
アンセルムスとの間に何かが割り込む。どこから現れたかわからないが、その影は魔術障壁を展開した。強力な魔術障壁に阻まれ、セプテンバー以外は弾き飛ばされる。セプテンバーも弾き飛ばされなかっただけで、攻撃の手を完全に止めていた。おそらく、兜の奥で目を見開きながらセプテンバーは声を上げた。先ほどまでの冷静で、自信に満ちた声が震えていた。
「貴様は・・・・・・!?」
セプテンバーの眼前に立つ人物。セプテンバーの着こむ鎧とは白銀と言うことで似ているが、形状は大幅に違う。動きやすいように二の腕や太腿、それに腹部などは装甲がなく、肌が見えている。剣を日本構えており、そのどちらも強力なものであることがうかがえる。セプテンバーは知っていた。そのうちの一本が【剣聖剣】と呼ばれる、エデナ=アルバ世界屈指の名剣であることを。
現れた人物は、太陽のごとく光り輝く瞳に、虹色の、絶えず色を変え続ける長い髪を持っていた。
【希望の少女】。かつてそう呼ばれた、エデナ=アルバ世界の英雄。そして、大戦後姿を消したはずの少女。
「ミアベル=ツィリア・・・・・・!!」
名を呼ばれた少女は敵を睨みながらも背後のアンセルムスに言う。
「危ないところだったようね。少しでも遅れていたら、あなた死んでいたんじゃない?」
「だろうな。だが、お前は間に合った。そうだろう?」
「ええ」
何事もなかったかのように話をする二人に、セプテンバーは怒声を上げる。
「何故、お前がここにいる!?いや、なぜ、お前が生きている、ミアベル=ツィリアッ!!?」
「?私が生きているのがおかしいかしら」
「ああ、なるほどな。どうやら連中、お前は死んだものと勘違いしているようだな」
アンセルムスはセプテンバーの様子を見て察する。もっとも、そう勘違いするようにミアベルの死をでっち上げたのはアンセルムスであったのだが。
「・・・・・・いや、たとえミアベル=ツィリアがいようとも、貴様等に勝ち目はないぞ、アンセルムス!」
そう言い、再び襲いかかる天使たち。だが。
「――――――っ!!」
次の瞬間には苦悶の声を上げ、セプテンバーは倒れていた。そして、彼女の率いる鎧騎士たちも。
「剣聖を舐めるなよ、天使」
アンセルムスが笑う。二本の剣を鞘にしまったミアベル。その動きをセプテンバーは視ることすらできなかった。
「な、んだと・・・・・・」
セプテンバーはそう言うと、こっくりと頭を落とした。死んだことをアンセルムスは確認する。
「さて、もう少し、お前の死はごまかしておきたかったが、そうもいっていられんな」
「こちらが動いていることはもう、筒抜けってことね」
アンセルムスの言葉にミアベルが言う。そういうことだ、とアンセルムスは頷く。
「とはいえ、俺たちはまだエデナ=アルバの現実世界に行くほどの力はない。さて、どうしたものか」
「・・・・・・そういってはいるけれど、あなたが何もしないはずはないわよね」
ミアベルの言葉に頷くアンセルムス。
「ミリアベルには伝えているし、『力』は他の者にも与えている。問題は、彼らがそれに気づき、それを使いこなせるか、ということだな」
アンセルムスはそう言い、腕を組む。
「とりあえず、この場から移動するぞ。あの天使が死んだのだ、恐らく連中も本腰を入れてくるぞ」
「わかっている」
二人は白い空間に亀裂を開けると、その中に入り込んでいった。
その場には事切れた天使と鎧だけが取り残されていた。




