少年たちの旅
クロフォードは結局、あのゾドークと名乗った書物のことや父母の隠し事を知ることはなかった。母も、まるで何事もなかったかのようにふるまっていた。書庫でクロフォードが何をしていたかを父も伝え聞いているはずだが、やはり何事もなかったかのようにふるまっていた。そのため、クロフォードもそれ以上踏み込むことはできなかった。
そうして時間は過ぎていき、クロフォードは友人たちとの旅のために自分の家から再び旅立っていった。父母はそれを見送った。
クロフォードらの待ち合わせ場所は中央大陸の都市国家フェルティンのとある宿である。キーンやヨルダン、それにクロフォードそれぞれの帰る大陸の関係上、ちょうどいい場所は中央大陸であり、その中でもフェルティンは治安もよく、都市の構造上迷うことも少ない。
待ち合わせよりも早く着いたクロフォードは待ち合わせ場所である宿、火竜亭に入る。火竜亭は冒険者の集い場としても有名である。キーンやヨルダンが迷ったとしても名前を出せばこの年の住人はすぐにそれがどこかわかる、と言うくらいには知られている。
宿の中に入ったクロフォードをちらりと中の冒険者や客が見る。クロフォードのような若者も珍しくはないらしく、同じような年齢の少年たちもいる。
クロフォードは空いているテーブルに座り、二人を待っている。そんなクロフォードに一人の青年が近づいてくる。
「クロフォード・ラウリシュテン君、だよね」
そう声をかけてきた青年は、細い目をした白髪の目立つ剣士であった。整った顔で、甘い笑みは女性を虜にするものであった。クロフォードは青年を見て頷く。
「失礼ですが、あなたは?」
「ああ、ごめんね。僕の方は一方的に君を知っているけれども、君は僕を知らないだろうしね」
そう言い、青年はクロフォードに礼を取る。
「シャイア学年騎士クラス二年、アイオーン・ケネスだ」
「先輩でしたか、それは失礼しました」
謝るクロフォードに気にしないよ、とアイオーンは言う。
「なに、ただ見知った顔、それも同じ学園の生徒がいたからね。それにつれを待っているようだから」
「そう言う先輩は?」
「僕も似たようなモノさ。長期の休みとなれば、みんな同じことを考えるものさ。正式な騎士に絵もなったら、冒険なんてできないしね」
アイオーンはそう言い、席に座る。クロフォードも特に断りはしなかった。アイオーンはとくに不快な人物ではないし、少し話した印章でも好印象を抱いていた。
アイオーンは持っていたグラスの中身を吞む。彼のその右手には黒い手袋がはめられている。一方、もう片方の手には手袋がされていない。疑問に思うクロフォードの視線を受け、アイオーンは笑う。
「ああ、気になるかい?」
「いえ・・・・・・」
言葉を濁すクロフォードに、「構わないよ」といい、彼は手袋を外す。クロフォードは驚いた。
手袋を外した手は、肉が一切ついていない、骨の手だけがあったのだ。どういう原理かはわからないが、それはカチカチと鳴り、動いている。
「ある呪いを受けてね。今は片手で済んでいるけど、いずれ全身を呪いは蝕む。その時、僕は生ける屍となる」
アイオーンの言う呪いをクロフォードは聞いたことがなかった。
「先輩、その呪いは何時から?」
「さあねえ。少なくともこうなったのは僕が十歳のころ。その時はまだ、指先だけだったんだけどねえ」
笑うアイオーン。まるで何事もないかのように笑う彼だが、何も感じていないわけではあるまい。その呪いを解くためにも、冒険をしているのかもしれない。話を聞いても、シャイアの魔術師でも呪いを遅らせることしかできないらしい。
話をしていても、アイオーンはその顔を崩すことなく笑っている。
そうして話しているうちに、憶えのある声が聞こえてきた。キーンとヨルダンがともに宿に入ってくる。その姿をクロフォードが認めると、アイオーンが立ち上がる。
「君の連れも来たようだね」
「と言うことは、先輩のほうも?」
「ああ。互いに実りのある旅だといいね」
「はい、ありがとうございます」
クロフォードが言うと、アイオーンは手袋をした右腕を差し伸べる。少し戸惑い、クロフォードはその手を握る。骨だけの手は、酷く壊れそうなものであった。
では、と背を向けるアイオーンを見送り、クロフォードはヨルダンとキーンに手を振った。
クロフォードらは合流すると早速、前から話していた中央大陸にそびえる山、オリュン山へと向かおうと話していた。
オリュン山とは、中央大陸中部に広がる霧の山脈に存在する、エデナ=アルバ最高峰の山である。もっともこの世界で天に近い場所、と言われている。それゆえに上るのは大変であるし、魔物たちも強力なものがいる。
それでも、大戦期以降は魔物の質も下がり、それほど霧の山脈は恐るべきもの、と言うわけではなくなった。クロフォードらの実力であれば、死ぬことはないだろう、と事前に教師に言われていた。ディエゴの言葉であるから、信頼性はあるだろう、とクロフォードは思っていた。
「かつては魔神ハーイアがいたから近づくこともできなかったようだからなあ、大戦以降は色々な冒険者が来るようになって、魔物も狩られているってわけなのかねえ」
歩きながらヨルダンが言う。フェルティンを出て、しばらく歩けば霧の山脈の端にたどり着く。そこからは深い森と山々が広がっている。もちろん宿があるはずもないから、野営の準備に怠りはない。技師クラスのヨルダンがいるため、野営に不慣れなキーンやクロフォードも心配はあまりしていない。
技師クラスは冒険時の緊急対処など、様々な技術を学んでいる。騎士や魔術師もそう言った知識はあれども、やはり技師クラスには及ばない。
「自分たちのレベルがどれくらいか図るにはちょうどいいだろうしな」
この時期ならばほかの冒険者もいる。何かあれば、そう言った冒険者が助けてくれるだろう、とディエゴも行っていた。冒険者にはたちの悪いものもいるが、たいていは勇敢でお人よしがいるものだ、と彼は語っていた。
「と、そう言っている間にもう見えて来たな」
霧がかかった山々。その下に広がる、広大な森。三人の少年は顔を見合わせると、森の中へと踏み込んでいく。
霧の森の中を三人は歩く。ヨルダンは方位磁石と魔術で常に向かう方角を確認している。その夜d難を守るようにクロフォードとキーンも歩く。
クロフォードは言わずもがな、キーンも戦闘ではクロフォードに劣らぬ活躍をしていた。クロフォードやマリアベルの存在に隠れがちだが、戦闘技術ではキーンも同世代では群を抜いている。魔術はからっきしであるが、必要最小限の動きで敵の攻撃をかわし、攻撃を加える。長剣のほかに、短剣との二刀流に投擲など、魔術なしでも近中距離戦をやってのける。
ヨルダンは野営等の道具を持っているが、それでも素早く動き、敵の動きを錯乱する。護身用の短剣と魔力を打ち出す弓のほか、技師特有のトラップを使いこなす。思った以上にヨルダンの働きがいいために、クロフォードも出番がないくらいであった。
二人の友人がここまで出来るとは、とクロフォードは感心していた。慢心しているわけではないが、二人が自分と同程度の実力があったことにクロフォードは驚いていた。彼らの実力を把握できなかったことに、クロフォードは自分がまだまだ未熟なのだと思い知らされた。
森の中が暗くなってくる。時期に陽も沈む。ヨルダンがそろそろ野営の準備をするべきだ、と言うのでクロフォードとキーンはそれに反論せず従った。
ヨルダンは背負ったリュックから小瓶を取り出し、その中身を振りまいた。
「それは?」
「結界さ。少しばかり強力なものをね」
魔術師がいないため、事前に準備していたようだ。番を置くとはいえ、それでも不安は残る。寝込みを襲われてはクロフォードほどの実力者も負ける可能性は高い。危険は減らすべき、というのが技師のモットーである。
「それじゃあ、準備をしようか」
「りょーかい」
「わかった」
キーンとクロフォードがヨルダンの言葉にうなずく。ヨルダンの指示に従いながら二人はせっせと動く。しばらくしてテントを立ち上げた三人は、夕食の準備を始めた。
そんな三人を、はるか遠くから見ている影が一つ、あった。
遥かな上空から人間離れした視力、しかも深い霧の先にいる三人を正確にその人物は見ていた。
「うんうん、流石だね。二年後のエメラルド候補、と言うだけはあるかな?」
そう呟いていたのは、アイオーン・ケネスである。
アイオーン・ケネスは三人の監視兼護衛として彼らの冒険についてきていたのだ。アイオーンがクロフォードと顔を合わせておいたのは、いざとなった時顔を知らない、では不都合であるからだ。ただでさえアイオーンは学園では認識疎外の魔術を使っていることもあり、影が薄い。アイオーン・ケネスは本来であれば、次期エメラルド候補の一角である実力者なのだから。とはいえ、呪いのこともあり、あまり表には出ないのだ。
「まったく、僕も暇ではないのだけれど」
そう口で言いながらも彼は笑っていた。彼ら一年が何か世界で起こりつつある異変に巻き込まれる可能性がある、ということで彼は三人の監視兼護衛を命じられていた。
彼にその命令をした学園長にアイオーンはやれやれと首を振る。呪いを受けてからいろいろと学園長には世話になっているから、これくらいお安い御用ではあるが。
アイオーンはよ、っと樹から降りる。そして、沈む太陽の方角を見る。
「闇、か」
夜になれば、右腕が疼く。彼自身、腕の呪いの進行が進みつつあるのを感じていた。ここ数か月は特に。何か良くないことの前兆のように思えてならない。
「平和が一番、だと思うんだけれどねえ」
そう言い、アイオーンは森の中に進んでいった。




