夏に向けて
ミリアベルが目を覚ました、と聞き、マリアベルやリオーネ、それにイーゼルロットやクロフォードなどが集まってきた。まだ体の疲れは残るものの、熱も下がり、皆に笑みを見せるミリアベルに安心した溜息を皆が漏らした。
「・・・・・・ミアータは、どうしているの?」
ミリアベルが問うと、皆は少し声を小さくした。
「ミアータは今は謹慎中。けれど、おとがめはそれくらい」
双子の姉にそう言うと、「そっか」とミリアベルは呟く。
「学校をやめるとかは言っていない?」
「聞いてはいないよ。もし言ったとしたら、あんたから止めてあげな」
「うん・・・・・・」
無事でよかった、とマリアベルは姉を抱いた。その腕の中で、くすぐったいとミリアベルは笑う。
ミリアベルに事件の経緯を皆が教えるが、事件そのものが謎の部分も多く、結局何もわからないのが現状である。それよりも彼女らが気になったのは、ミリアベルの力である。あの操られたミアータに対抗できる力がどこから来たものか、と問われるとミリアベルはアンセルムスのことを伏せながら夢の中での出来事を語る。
皆はどこか理解したようなしていないような顔をする。それも無理はないだろう、とミリアベルは思う。自分でさえ、そうなのだから。
「父さんと母さんも、暇を見て顔を出すって言ってたよ」
マリアベルが言うと、珍しい、とミリアベルも思う。両親は忙しく滅多なことでは暇は取れない。娘が倒れた、と知り、二人は慌てていた、と連絡を取ったマリアベルは言う。
起きたばかりだから、長話もほどほどに、というリナリーの言葉を受け、生徒たちはミリアベルのもとを辞し、ミリアベルもまた眠りについた。
事件から一週間。中止されていた試験科目もすべて終わり、もうすぐ夏の休みが迫ってくる。
生徒たちはあの混乱の出来事を片隅に覚えていながら、休みに向けて計画を練っていた。
ミリアベルは普通に生活できるくらいには回復していた。まだ全力で魔術を使う、ということはストップがかかっているが、そんな事態も早々ないため、もう日常生活に支障はないと言っていいだろう。
彼女は未だ謹慎しているミアータの部屋を訪れた。ノックの後に入るように声がかかり、その扉を開く。
ミリアベルが中に入ると、個室の中にミアータがいた。ミリアベル同様、一人部屋らしく、簡素な部屋であった。
「久しぶり、ミアータ」
「ええ、お久しぶりね・・・・・・ミリアベル」
二人はぎこちなく挨拶を交わした。ミリアベルは近くにあった椅子に腰を下ろし、ベッドに腰掛けるミアータを見る。
「学校、辞めないんだってね」
「ええ」
そっか、と笑うミリアベル。そしてよかった、と笑う。
「あなたがいないと、私が張り合う相手がいないものね」
「・・・・・・フフ、そうね、そのとおりね」
目の端に涙をためながら、ミアータが言う。気丈に嗤おうとして、失敗した彼女の目から涙が零れ、一筋の跡が出来る。
「ごめんなさい、ミリアベル」
彼女は謝る。ミリアベルは首を振り、彼女の頭を抱きしめた。
「いいよ、いいんだよ・・・・・・もう」
頭を撫でると、彼女は嗚咽し、小さな声で「ありがとう」と言った。そして、何度も何度もその言葉を繰り返した。
静かにミリアベルは彼女を抱きしめる。
ミアータの部屋を出たミリアベルは、自室に戻る途中でフィノラと会った。どうやらミリアベルの部屋を訪れたがいないようなので、そのまま帰ろうとしていたところらしい。
ちょうどいい、と彼女は言い、全快祝いだ、と小包を渡す。
街で買ったしゃれた店のお菓子があるらしく、以前フィノラと食べに行きたいと言っていたものであった。
「ありがとう、フィノラさん」
「なあに、いいってことさ」
そう言い、皆で食べるといい、と言ってフィノラは踵を返す。もう一度礼を言い、ミリアベルは自室に歩いていく。
そうしていると、学園長室に呼び出しがかかり、ミリアベルは向かう。
学園長室にはセラーナだけではなく、両親が待っていた。
「父さん、母さん」
「ああ、ミリアベル。元気そうでよかったわ」
エノラは娘の無事な姿に安心し、彼女の紅い髪を撫でる。クィルもエノラから少し離れた位置から娘を見ている。
「よく、無事だったな」
「はい」
ミリアベルにうん、と頷き、クィルは笑う。学園長はゆっくりと話すといいわ、と言い、部屋を出ていく。
親子水入らずで話していたミリアベルはふとアンセルムスのことを思い出す。
アンセルムスには約束したが、両親に隠し通すことは無理だろう、と思い、ミリアベルは夢での出来事を語る。その話を聞き、二人は驚いた顔をした。
「ねえ、父さんたちはアンセルムスを知っているの?」
その問いに、クィルは重々しく頷き、エノラは哀しそうに目を伏せた。
「勿論だ。彼は、我々にとって、友であったからな」
「私にとっては、兄でもあったわ」
アンセルムスは元アクスウォード王族であり、エノラの兄にあたる人物である。そう言った話を聞いたのは初めてでミリアベルは驚くと同時に納得する。髪や瞳の色、それに雰囲気が似ているのも当然である。
そうか、と納得するミリアベルにほかに何か彼は言っていたか、と聞く両親に彼女は首を振る。
そうか、と言い、両親はミリアベルを抱きしめる。
「お前が無事で、よかった」
クィルはそう言い、娘と妻をやさしく抱きしめた。
マリアベルとは先ほど話をしていたし、学園長とも話がある、と両親は言い、一度ミリアベルは別れることになった。夜、また家族で食事をしようとクィルは言う。その時は、マリアベルも一緒だというと、わかったとミリアベルは返す。
娘が退出すると同時に、学園長が現れる。隣にはセウスがいる。
クィルはミリアベルの話を学園長に伝える。セラーナは頭を押さえる。
「どういうかしら」
セラーナはこの事件の背後にアンセルムスが関わっていると考えていた。だが、それではミリアベルに助言したアンセルムスは何者なのか、という問題が出てくる。
ミリアベルにアンセルムスの知識は皆無であったから、夢に出てきた人物はアンセルムスに違いはあるまい。事件の裏側、【喪失者】を持ち込んだものは、彼とは無関係の存在なのだろうか。
「夢の中のアンセルムスの言っていた外敵、か。その正体を掴めていない以上、何とも言えないな」
「そうね」
セウスの言葉にセラーナは頷く。
「クィル、あなたの方で何か怪しい動きは掴んでいる?」
「いいや、だが世界は未だに闇に付け込まれる隙は多い」
クレルミアのような反魔族主義者や、かつての戦争の遺恨など、問題の多くは解決されてきたが、残っているものも多い。世界はまだ、一つではないし、平和とてすぐに崩れ去る脆さを孕んでいる。
「クロヴェイルやゼルはなんと?」
「彼らの方でも調査はしてくれているけれど、同じね」
セラーナが言うと、そうか、とクィルは返す。
「とにかく、子どもたちは守らなければならない。この世界の未来を」
十六年前、誓った約束。それを思い出し、セラーナが強く言うと、その場にいた皆が無言で頷く。
ようやく取り戻した世界を、このまま訳も分からず壊されるなど、もう御免であった。
「何を犠牲にしようとも」
いろいろと問題はあったが、一通りの試験も終わり、残すところ学園の授業も二週間を切った。
授業も纏めや長期休暇の課題の説明などが主になってくる。一部教室などは修理中であったが、ほとんどの授業に支障はなかった。
日常に戻ったミリアベル。ミアータもいまだ一部の生徒からは先の事件で避けられているが、おおむね受け入れられていた。一番の被害者であるミリアベルやイーゼルロットが赦しているのだから、他人がどうこう言うこともない。すでに学園側からの罰も受けているのだから、と言うのが大抵の見方であった。
仲間たちにも受け入れられ、彼女は涙ながらに感謝した。本当の意味で、彼女は友人になったのだ。
皆で握手をし、ミアータを祝福した。
「夏休み、何するの?」
昼食時、ピュリエが言うとミリアベルとマリアベルは一度家に帰るという。
「師匠にも会いたいし」
マリアベルが剣の師を思い出し言う。
リュートも一度実家に戻るという。キーンやヨルダンも故郷に戻るが、それも数日であり、その後はクロフォードも交えて旅をするという。イーゼルロットも誘われたようだが、用事があるらしく断った。
クロフォードも実家に戻るという。父親であるクロヴェイルから一日でもいいから戻るように請われているのだという。なんだかんだ言うが、寂しいのだと母親が言っていた、とクロフォードは言う。
リオーネとピュリエはほとんど実家にいるつもりだという。
ミアータは家に戻り、その後はまた学園に戻るという。
「それじゃあ、皆で集まるのもあと一週間くらい、ってことだね」
ミリアベルが言うと、みんなが頷く。
「とはいえ、これが最後の別れじゃあないしね。もしかしたら、夏休み中に会うこともあるかもしれないし、さ」
ヨルダンが言う。キーンも同意して頷く。夏休みの予定は予定でしかない。もしかしたら、旅先で偶然、と言うこともあるだろう。
「さぁて、夏休みのためにもしっかりと勉強しなくてはなりませんわ」
そう言い、ミアータがピュリエやキーン、ヨルダンを見る。居眠りの常習犯たちは冷や汗をかいて笑う。それを見て皆がおかしそうに笑う。
そこにはいつもの光景があった。
「いろいろと彼女らもあったが、あの様子だと大丈夫なようだね」
フィノラが彼女らを見て言う。
「素直に謝り、赦すことができる。それは少年少女だからこそ、できる。大人になれば、どうしても変なプライドや意地があるからね。若いことは、いいことだよ」
シャッハは言い、がつがつと食事をするスロートを見る。彼の向かい側では張り合う様にメサイアが食事をほおばる。それを呆れて見るアガサ。彼らの席から少し離れた場所で女子数人と話をするデュラ。
今でこそ衝突もなくいるこの面々も、二年次はよく争ったものだ。
「そうやって作った友人は、生涯の友になるだろう」
そう言ったフィノラの顔は嬉しそうである。彼女がどれだけ双子の命を愛しているかがよくわかるシャッハは、柔らかい笑みを浮かべた。恋人の肩を抱くと、フィノラもそれに応えるように手を重ね合わせた。