第11話
「蓮斗…」
「なぁに?」
「私とまた付き合わない?」
「え?」
「ヨリを戻さないかってこと!」
「どうしたの急に?」
「別れてから何人か付き合ったけど、やっぱり蓮斗が一番だなって思ったから。」
「そっか。ありがとう。でも僕、今はこんなだよ?」
「それでも蓮斗であることには変わりないよ。」
「そう?本当に?」
「うん。私って嘘つかないでしょ?」
「確かに…」
「僕で良ければ…」
「やったぁ!またよろしくね。」
「うん。こちらこそ。」
そうしてふたりはヨリを戻すことになった。その夜、秋江は帰ることなく蓮斗の家に泊まっていった。約五年ぶりぐらいに蓮斗と秋江はキスをした。蓮斗は少しずつ秋江の身体を触っていった。蓮斗は妙に新鮮な感じと安堵感を覚えた。それからふたりはひとつになった。
翌朝、蓮斗は秋江より先に起きていた。明らかに様子がおかしいことに蓮斗は自分自身でも気付いていた。
「春子、会いたいよ。春子…」
その声を聞いた秋江は目を覚ました。
「どうしたの?」
「春子、会いたい…」
以前電話で春子の話を聞いていた秋江は状況を察知した。
「薬!」
そういうとテーブルから薬を取り出し蓮斗に飲ませた。
「ねぇ、春子…」
それから少しすると薬が効いてきたのか蓮斗の様子は落ち着いたようだった。
「秋江?」
「なぁに?」
「さっき春子に話しかけてた?」
「うん。会いたいって言ってたよ。」
「そっか…」
「あまり記憶にないんだね…」
「うん…軽い興奮状態なのかもしれない。」
「ねぇ、蓮斗。」
「ん?」
「もう春子さんは居ない。存在しない。」
「わかってる。でもたまに僕を呼んでくる。」
「それは幻聴なんだよ。」
「うん…」
「わかってるならどうして?」
「自分でもわからないよ。」
「春子さんのこと、まだ好きなの?」
「わからない…」
正直な気持ちだった。どうして春子のことを呼ぶのか、どうして春子なのか…蓮斗自身もそれはわからなかった。
蓮斗は未練なら長く付き合っていた秋江に有りそうだとさえ思ったのだった。
「私さ、蓮斗とこの家に住んでもいいかな?」
「いいけど…急にどうしたの?」
「蓮斗のこと見てないと心配で…」
「そっか。ありがとう。」
「その代わりに約束して。」
「ちゃんと治療することを…」
「うん。」
それから蓮斗は秋江の管理の下、同棲することになった。
それからと言うもの、蓮斗の病状は良い方向に向かっているように思えた。欠勤も減り、幻聴も皆無と言っていいほどなくなっていた。明らかに秋江の管理が良かったと言えただろう。
「じゃあ、行って来るね。」
そう言うと蓮斗はアルバイトへ行った。秋江は蓮斗を見送ると自分の仕事へ行った。そんな日々が続いていた。
秋も深まり、冬化粧が待ち構えていた。この日もいつもと同じように蓮斗はアルバイトへ行った。すると新人が入ってくるとのことだった。朝礼が始まった。
「今日から新人さんが入ります。まず一言挨拶をお願いします。」
「ユキと申します。よろしくお願いします。」
「じゃあ…蓮斗くん、ユキさんの教育係をお願いね!」
「え?」
「それじゃあ、頼んだよ。」
半ば無理矢理教育係をすることになった。
「はじめまして。蓮斗と言います。」
「あ、私…」
「ユキさんですよね。よろしく。」
「よろしくお願いします。」
「それじゃあ、まずはこれから…」
「はい。」
「あ、それはこうやって…」
「あ、すみません。」
「ううん。大丈夫だよ。」
「ありがとうございます。」
そして蓮斗はユキに仕事を教えた。ユキも蓮斗と同じように仕事の覚えが良かった。
「ユキさん、仕事覚えるの早いね。」
「はい。前に似たような仕事していたので…」
「そうなんですか…」
「意外ですか?」
「うん。ちょっと意外だったな。」
「どうしてですか?」
「こういう職場よりも華がありそうな職場に居そうだなって。」
「それって褒め言葉ですか?」
「うん。まぁ、一応ね。」
「ありがとうございます。」
口下手な蓮斗はその会話が精一杯だった。休憩時間に入り、蓮斗はユキと昼食を取ることにした。
「ユキさん、一緒にお昼食べない?」
「はい!」
「ユキさん、この職場どうですか?」
「はい。とても良い雰囲気だと思います。」
「なら良かった。」
「ふふふ。」
「どうしたの?」
「こんなこと言うのもなんですけど、蓮斗さん可愛いなって。」
「…」
蓮斗は照れながら微笑んだ。
「蓮斗さん、教えるのもお上手ですよね。」
「そう?それなら良かった。」
「照れ屋さんですか?」
「うん。二十八歳にもなって…ね。」
「ユキさんはそんなことなさそうだね。いくつなの?」
「私は二十歳です。」
「やっぱり若かったんだね。でもしっかりしてるよね。」
「そんなぁ、とんでもないです。」
「もう来週ぐらいから一人でも仕事出来そうだね。」
「そうですか?ちょっと不安です。」
「みんなそう言うよ。僕もそうだったから。」
そんな会話をしているうちに休憩時間は終わった。相変わらずユキの仕事の覚えは早かった。そしてその日の仕事が終わるとユキが僕に声をかけてきた。




