帝都の神殿にて
オリエントが魔物の襲撃を受ける数日前、リリス=アスクベルを追放した神殿内では騒ぎが起きていた。
「これは一体どういうことだ」
神官長の怒りを含んだ声に、シーリアは視線を彷徨わせていた。ものすごい怒りを感じて説明しようにも口を開けない。説明したとしてもこの怒りが静まる気がしなかったからだ。
それもそのはず、神殿の責任者である神官長がいない間に最高聖女を勝手に追い出してしまったのだ。
狙って第3王子と結託しての行動だったが、予定ではリリスを最高聖女から引きずり降ろしても神殿に残っているはずだった。孤児のあの女が行く当てなどどこにもない。ここにいさせてほしいと懇願すると思って、シーリアの下で働かせるつもりでもいたのだ。それがリリスは表情を変えることなくあっさりと神殿を出て行った。
最高聖女の地位を奪い、第3王子の婚約者という地位まで手に入ればと行動していた。だが、第3皇子はリリス自体の存在が目障りだったようだ。出て行ったことに満足していたのだ。
「神官長である私がいない間に、最高聖女を勝手に神殿から追い出すとは、何を考えているんだ」
神官長がいる時ではリリスを最高聖女から引きずり下ろすことはできないと考え不在を敢えて狙った。リリスが何の未練もなくあっさりと神殿を出ていくという予想外のことが起こってしまったせいで、今シーリアは神官長に責められていた。。
すべてリリスのせいだと内心思いながらも、今は余計なことを言わないほうがいいと考えていた。それほどまでに目の前の神官長が怒りを露にしていたのだ。
「これでは帝都を守る結界の維持ができなくなってしまう。対策を取らなければ」
頭を抱えるように神官長が大きくため息をついた。
「すぐに前最高聖女を呼び戻さないといけない」
リリスの前に神殿で最高聖女を務めていた人物を呼び戻そうとする神官長に、シーリアは慌てて口を開いた。
「お待ちください。その前に私が最高聖女として選ばれれば問題ないと思います」
帝都の結界を維持することが最高聖女の大切な役目になる。それさえシーリアがこなせれば前任聖女を呼ぶ必要がなく、シーリアが最高聖女として認めてもらえることになる。
「君は何を言っている」
シーリアの言葉が理解できないと顔が語っていた。その表情にムッとしながらもシーリアは言葉を続けた。
「まず私が最高聖女として勤められるか試させてください」
「本気で言っているのか?」
神官長に眉間にしわが寄っている。迷っているというより、シーリアには無理だと判断していることが顔で語られていた。だが、シーリアも聖女としての力は強いと自負している。最高聖女を務めることは可能だと思っていた。孤児のリリスができたのだから自分にもできると思い込んでいたのだ。
「・・・なら、やってみなさい」
諦めたように神官長が言う。それと同時に近くにいた神官がシーリアを挟むように立った。
「彼女をクリスタルの間に連れて行きなさい。ただし、結界が無事に戻るまで部屋から出してはいけない」
「はい」
2人の神官がシーリアの腕を掴んだ。突然のことに驚いたが、振り合払えないほどがっちりと掴まれていて、抵抗してはいけないと本能が警鐘を鳴らしていた。
その瞬間、シーリアは自分の発言が間違いだったのではないかと心の中で考えてしまった。
孤児出身なのに、最高聖女という称号をもらい、第3皇子の婚約者にまで選ばれたリリスにずっと嫉妬していた。どうしてこんな女がとずっと思っていたが、第3皇子もリリスのことを毛嫌いしていることがわかり、チャンスだと思ったのだ。リリスを蹴落とせた優越感に浸り、リリスが神殿を出て行ったことは誤算だったがすべてを手にできると思っていた。
だが、今の状況はシーリアが追い込まれているような気がしたのだ。
「今から行くのですか?」
何気なくそんな言葉が出た。すると、神官長が睨んでくる。
「君は今の帝都の状況が何もわかっていないのか。それでよく自分が最高聖女になれるなどと口にしたものだ」
神官長の危機感はシーリアには伝わっていなかった。
「とにかく、すぐにクリスタルの間へ行きなさい。必ず結果を出しなさい」
それだけ言うと、シーリアを挟んでいる神官たちが引きずるようにシーリアを部屋から連れ出した。
不安が押し寄せてくるシーリアだったが、もう後戻りできないことを理解してしまった。
シーリアが出て行って静かになった部屋で神官長が大きくため息をついた。
「このままでは危険だ。前最高聖女にすぐに連絡をしなければ。彼女に何を言われるか」
そんなボヤキを聞く者は誰もいなかった。




