4 まだ大丈夫
「アシュー!本当にアシューなのね!?」
涙を流しながら、アシュトンに抱きつく義母のアニエス。アシュトンとは落ち着いて話をしたかったから、義母には、今日アシュトンが帰って来る事は知らせず、別邸から出さないようにと使用人に言っていたはずなのに。ここに来たという事は、誰かが義母に伝えたのだろう。
「あ……母う……え?」
「そうよ!アシューの母よ!あぁ!記憶喪失だと聞いていたけど、私の事は覚えているのね!」
「ところどころ、記憶を失っているのは本当のようで、私が伯爵だという事は覚えてなかったけど……」
「そんな事はいいのよ!アシューが覚えていなくても、ブレイザー伯爵は貴方に違いないのだから!あの女じゃなくて……」
「母上……」
私を睨む義母と、困った視線を向けるアシュトン。
ー私が、いつ『私がブレイザー伯爵だ』と名乗ったと言うの?ー
名乗った事なんて一度も無いし、呼ばれた事もない。私が伯爵としての仕事をしていたのは、アシュトン不在でも領地の運営をしなければいけなかったから。あくまでも、穴埋めだった。
「半年ぶりに戻って来た旦那に、愛嬌の1つも振りまけないの?笑顔もなくて、泣きもしないなんて……本当に冷たい嫁ね。それに比べて……フラヴィアは可愛らしい子ね」
「母上、もうラヴィーに会ったんですか?」
「勿論よ。アシューの子を身篭っているんでしょう?私がお世話をしないといけないからね。あの子とアシューの子なら、きっと可愛らしい子が生まれるでしょうね」
「……」
「奥様……」
ー大丈夫。まだ大丈夫ー
私を心配してくれているのは、アンセルとコネリーとノエラだ。
「身重で大変だから、フラヴィアはアシューの部屋に案内させたわ」
「「大奥様!?」」
義母の言葉に反応したのは、アンセルとコネリーだった。
「大奥様、流石にそれは──」
「アンセル、口を慎みなさい。彼女はブレイザー伯爵家の跡取りとなり得る子を身篭っているのよ。何を優先すべきか分かるでしょう?」
「…………申し訳ございません」
スッと頭を下げて謝罪をするアンセル。あの冷静なアンセルの手が僅かに震えている。
「マリレーヌ、異論はないわよね?そもそも、結婚して4年も経つのに子供がいないという事が問題なのよ。代わりに跡取りを産んでくれる事に感謝しないとね?」
子供ができなかったわけじゃない。急な引き継ぎや領地の立て直しで、子供は落ち着くまでは──と、アシュトンと2人で決めていた事だ。2人で決めた事だけど、それを今のアシュトンが覚えていないのなら、私が何を言っても義母が信じる事はない。
「母上、子供に関しての話はまた改めて……」
「分かったわ。それじゃあ、私はフラヴィアさんの様子を見て来るわ」
と言って、義母は部屋から出て行った。
それから、私は改めてアシュトンと向かい合って話をする事にした。
「その……マリレーヌさん、ラヴィーの部屋は……」
「お義母様の言う通りで構いません。彼女の傍に……居てあげてください」
「ありがとう!」
申し訳なさそうな表情から一変して、ぱあっと明るく嬉しそうな顔をするアシュトン。その顔は、今まで私に向けられていた笑顔だ。半年前の笑顔と変わらないのに、その笑顔の先に居るのが……私ではなくなっていた。
「あの……彼女の事は、“フラヴィアさん”と呼ばせてもらっても?」
「あぁ、彼女の名前はフラヴィア。私を助けてくれた男爵の娘で、寝たきりの私の世話をしてくれていたんだ」
それからアシュトンから聞いた話は、報告書に記載された通りの内容だった。
寝たきりのアシュトンのお世話を、フラヴィアさんは嫌がる事もなく毎日してくれていたそうだ。そうして、お世話をされているうちにフラヴィアさんに惹かれていき──
「私は結婚した覚えがなかったから、ラヴィーに気持ちを打ち明けて、ラヴィーも私を受け入れてくれて……」
そうして、体を重ねるようになった──
「誰かが私を探しているという事もなかったから、私は平民の独り身だったのか?と思っていたんだ」
ずっと探していたのに。アシュトンが生きて、私の元に帰って来ると信じていたのに。
「だから、ラヴィーに子供ができたと分かった時は、本当に嬉しくて……」
「そう……ですか……」
私だって本当は──なんて、今更言ってどうなる?誰が信じてくれる?今のアシュトンも、信じてくれないだろう。寧ろ、自分を引き止める為の嘘だと思われる可能性の方が高い。
ーアシュトンに、嫌われる事が怖くてたまらないー
私に対する愛情が無い事は分かっているけど、嫌われてはない。まだ……また私に気持ちが戻る可能性があるのなら、嫌われる事はしたくない。
ー大丈夫。まだ大丈夫ー
「長旅で疲れたでしょう?今日は食事をした後は……部屋でゆっくり休んで下さい」
「ありがとう、マリレーヌさん」
アシュトンは微笑んだ後、自分の部屋へと戻って行った。




