2 当主の不在
「奥様、そろそろ休憩にしませんか?」
「もうそんな時間?」
「状況も少し落ち着いて来ましたから、そろそろ数日休んでも問題ありませんよ」
「そうね……」
“アシュトンが川に転落して行方不明”
その知らせがあってから半年が過ぎた。捜索は続けているけど、未だにアシュトンの行方は分からないまま。アシュトンが見つかるまでは──と、ブレイザー伯爵夫人として、私が伯爵家の執務を代行している。最初の頃は大変だったけど、執事長のアンセルの助けもあって、この半年の間なんとかやってくる事ができた。
ブレイザー家が管理している土地は、農産物が豊富で潤った土地だったけど、数年前から収穫が減っていたそうで、アシュトンが伯爵を継いでからは土地の改良などに力を入れていた。それが、ようやくうまくいき、農産物の収穫が増えて来た──というところでの橋の崩落とアシュトンの事故。
橋は2ヶ月ほどで完成し、完成してすぐに領地に向かった。それから1ヶ月領地に滞在して、領地を視察しながらアシュトンを探したけど、何の手掛かりも得る事ができなかった。
「貴方は、アシューの場所を奪うつもりなの?」
「お義母様……」
私にそんな事を言うのは、姑であるアシュトンの母アニエス。もともと息子を溺愛するあまり、私の事をあまり良くは思っていなかったのが、アシュトンが行方不明になった事で更に私への態度が悪化した。
『貴方が体調不良なんかでアシューが1人で領地に行く事になったから、あの子が事故に遭ったのよ』
『アシューの行方が分からないのに、部屋に篭ってばかりで……アシューが心配ではないの!?』
『心配もしない冷たい女だと、アシューは知らないのね。可哀想に』
アシュトンが事故に遭ったのは私のせいになり、伯爵家の仕事をしているのに部屋に篭ってるだけだと言われ、捜索も続けているのに冷たい女呼ばわりされ、今日は泥棒呼ばわりされた。奪うもなにも、私は伯爵夫人として、アシュトンの代わりに仕事をしているだけ。当たり前の事をしているだけなのに。
アシュトンが生きて戻って来ると信じているからこそ、私は頑張れているのに。
「子供の1人でも居たら、ここまで不安にもならなかったものを……本当に役に立たない嫁だわ」
「…………」
ぎゅっと手を握る。
「たとえアシューが見付からなくても、貴方にブレイザー伯爵を継がせるつもりはないわ。貴方に継がせるより、遠縁でも良いから養子を迎える方がマシよ」
義母は吐き捨てるように言うと、部屋から出て行った。
「奥様、大丈夫ですか?大奥様の仰った事は気になさらなくて良いですからね!」
「ノエラ……ありがとう」
ふんっ──と少し怒った顔をしているのは、私の侍女のノエラ。
「そうですよ。アシュトン様とマリレーヌ様のおかげで、領地も良くなってきた事は領民達は分かってますからね」
「ありがとう」
と、優しく笑ってくれるのは侍女長のコネリー。この2人にもたくさん助けられている。
“子供の1人でも居たら”
「…………」
確かに、あの時までは私のお腹に居た。でも、アシュトンの事故の報せを聞いてショックを受けた私は気を失ってしまい──2日後に目覚めた時には、お腹の中から子供が居なくなってしまっていた。
涙も出なかった。
妊娠したと分かったばかりで、実感がなかったから?
愛着すら湧かなかったから?
私は酷い人間なのかもしれない。
『カロリーヌさん、私が妊娠していた事も、失ってしまった事も、私達2人だけの秘密にしてもらえますか?』
『マリレーヌ様……ブレイザー夫人がそう望むのなら、私はそれに従うだけです』
『ありがとう』
妊娠していた──と訴えたところで、義母が私の話を信じる事はないだろうし、流産した事を非難されるだけ。そして何より、アシュトンにだけは知られたくない。知られたら、アシュトンは自分自身を責めるだろうから。それに、失望されたくない。
ー本当に、自分勝手な考えだわー
子供を失った事より、アシュトンに失望される事の方が嫌だと思うのだから。
「奥様!」
「そんなに慌ててどうしたの?」
慌てて部屋に入って来たのはアンセル。
「旦那様が!旦那様が見付かったそうです!!」
「アシュトンが!?どこで!?今どこに──」
ーアシュトンが生きていた!ー
「ああ!今すぐ迎えに行かないと!それとも、アシュトンが今ここに向かって来ているの?」
「奥様、落ち着いて下さい。その……お伝えしなければならない事がありまして……」
「何を?どうしたの?」
そうして、私を落ち着かせてから、アンセルが伝えてくれた話は衝撃の事実だった。




