1 束の間の幸せ
マリレーヌとアシュトンが出会ったのは、15歳から通う学園だった。同じクラスで席が隣同士になり、そこから話すようになり、一緒に居る事が当たり前のようになっていった。
そうして付き合いが始まり、18歳の時に婚約が調い20歳で結婚した。恋愛結婚という事もあり、これから暫くは甘い生活を──と思ったのは束の間で、義父であるブレイザー伯爵が病死し、急遽アシュトンが伯爵を継ぐことになり、新婚早々慌ただしい生活を送る事になった。
「マリレーヌ、すまない。それでも、私を支えてくれる?」
「勿論よ。これから大変だと思うけど、一緒に頑張りましょうね!」
「ありがとう。愛しているよマリレーヌ」
「私も、愛しているわ」
それからの日々は本当に大変だった。
義母は義父が亡くなった事で部屋に籠もる事が多く、領地に関しては何も関わっていなかったようで、引き継ぎなどで頼りになるのは執事のアンセルだけだった。そのアンセルが優秀だった事が唯一の救いだった。
新婚生活はどこへやら。とは言え、どんなに忙しくても朝と夜の食事は一緒に摂るようにして、夜の時間も大切にした。
そうして、ようやく落ち着いてきた頃に『そろそろ子供の事を考えても──』という気持ちになり、いつできても良いような生活を送り始めた頃に、領地で問題が起こった。
「領地のライフラインである橋が、先日の豪雨で流されてしまったようです」
私とアシュトンは、普段はアシュトンが王宮勤めの文官でもある為、王都にある屋敷で過ごしていて、領地の屋敷は代行の者に管理させていた。その者からの報せだった。
「あの橋がなければ、物資の調達も難しくなる。一刻も早く作り直さないと」
という事で、私達は領地へ向かう事になった。橋ができるまで、どれ位かかるかは分からないけど、数ヶ月は領地で過ごす事になる。そこでも忙しい日々となるのは分かっているし不謹慎ではあるけど、新婚旅行もできなかった私にとっては、領地に行くのを少し楽しみにしていた。それが───
「アシュトン……ごめんなさい」
「気にしなくて良いよ。体が大事だから、今は何も気にせずゆっくりしてくれ。それで、元気になったら来てくれたら嬉しい」
「ありがとう……」
領地に向かう数日前から体調を崩してしまい、アシュトンだけ先に領地に行く事になった。そのアシュトンを見送った後、ブレイザー家の主治医であるカロリーヌさんに診察をしてもらう事にした。
「最近、あまり食欲が無くて。眠れない事はないんだけど、歩くと気持ち悪くなったり……」
「ふふっ……なるほどね」
「なるほど?」
今日は体も少し怠いのに、何故か私の話を嬉しそうに聞いているカロリーヌさん。
「マリレーヌ様、おめでとうございます。懐妊です」
「────かい……にん……懐妊!?ほ……本当に!?」
「ええ。本当です。ただ、まだ初期なので、安定期に入るまでは安静にしないといけませんけどね」
確かに、いつ子供ができても良いような生活をしていた。ただ、まだ不安定な時期でもあるし、喜びを分かち合いたいアシュトンは傍に居ない。
「なら、この事は安定期に入るまでは私とカロリーヌさんとの秘密にしておいてくれる?領地が大変な今、アシュトンの負担にはなりたくないから」
きっと、あのアシュトンなら負担なんて思わないだろうし、『今すぐそっちに帰る!』と言って帰って来そうだ。
「分かりました」
それから、私はカロリーヌさんからこれからの注意点や食事についての話を聞いた。
領地の事は不安だったけど、幸せを実感していた。
あの知らせが届くまでは──
その日は朝から雨で体調も優れず、カロリーヌさんにも言われて、ベッドに横になっていた。
「奥様!大変です!」
「コネリー、どうしたの?」
普段は大声を出す事がない侍女長のコネリーが、ドアをノックする事もなく大慌てでやって来た。
「今、領地からの使者が来たのですが……旦那様が……」
「アシュトンがどうかしたの?」
流石に帰って来た──という事はないだろう。
「旦那様が……橋の状態を確認している時に、足元の道が崩れて……そのまま川に落ちてしまったそうで……」
「────え?」
ドクンッ──と、心臓が嫌な音を立てた。
「その時、他にも2人落ちてしまったそうなんですが……その2人はすぐに見付かったのに……旦那様が……旦那様だけが見付からなかったそうなんです」
「アシュトンが……落ちて……行方不明?」
「それが2日前の事で、今も捜索は続けているようですが、まだ見付かっていないようなんです」
「なんて……こと……」
アシュトンが、川に落ちて行方不明。
ーどうして、アシュトンだけが?ー
「探しに……行かないと……アシュトンに……私…………うっ!?」
「奥様!?」
ベッドから起き上がろうとすると、お腹がズキズキと痛みだし、血の気が引いていくのが分かった。
「コネリーお願い……今すぐカロリーヌさんを呼んで来て」
「分かりました!奥様はそこでお待ち下さい!!」
そうして、コネリーが部屋を出て行くのを確認した後、私の意識はそこで途絶えた。




