14 帰郷
荷物を纏め終えた私は、3日後にブレイザー家を出る事にした。その前日の昼食後、使用人達に軽く挨拶を済ませていた。
予想はしていたけど、ここまでとは──
世間の噂も手伝って、アシュトンとフラヴィアさんの2人は“真実の愛”とやらで結ばれたそうで、私は“冷酷な夫人”らしく、挨拶をした時も特に何の反応もされなかった。何年も一緒に過ごして来て、私を見ていた筈なのに。私の事を分かってくれる人は、アンセルとコネリーとノエラだけだった。
「私、マリレーヌ様に付いて行きます!」
「その気持ちは嬉しいけど、私、侍女を雇うような余力はないの。だから、ここに残ってブレイザー家を支えてあげて」
「無理です!」
「ノエラ……」
ノエラは、執事アンセルと侍女長コネリーの娘で、将来的にはブレイザー伯爵家の侍女長になれる優秀な侍女だ。そんなノエラを、これからどうなるか分からない私に、付いて来させる事なんてできない。
「侍女は、忠誠心が大事なんですけど、私、アシュトン様にもフラヴィア様にもアニエス様にも忠誠心なんて持てません!」
「ノエラ……」
「マリレーヌ様、どうか、ノエラを連れて行ってもらえませんか?」
「コネリー……本当に、そう言ってもらうのは嬉しいんだけど、私に侍女を雇う余力はないのよ」
「それも承知しています。取り敢えず、連れて行っていただいて、伯爵様の判断を仰いでいただけませんか?伯爵様に要らないと言われれば、ノエラも納得するでしょうから」
ここで言う“伯爵様”とは、叔父の事だろう。叔父がどう判断するかは分からないけど、それでノエラが納得すると言うなら、連れて帰るのもアリだろう。
「それじゃあ、“ノエラは私を実家に送り届ける為に同行する”という事にしましょう」
「ありがとうございます!」
そう言っておけば、ノエラはまたブレイザー家に戻って来る事ができる。
「でも……コネリーとアンセルはそれで良いの?もし、ノエラが私付きになったら……」
「問題ありません。これは、アンセルとも話し合って決めた事ですから。それに、私もアンセルも、もっと若ければマリレーヌ様に付いて行くと言っていましたよ。本当に……残念な事です」
「ありがとう、コネリー」
私の心は、コネリーの言葉で少しは救われた。
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その翌日、予定通りにブレイザー家を出て来たけど、見送りに来てくれたのは、アンセルとコネリーと、数人の使用人だけだった。
寂しいと言うより、色んな事がふっ切れて心が軽くなったと言うのが本音だ。
もう、アシュトンの姿がなくとも、胸が痛む事はなかった。
ちなみに、カロリーヌさんとリシューさんは、もう暫くサザリアンに滞在してからスカレティアに帰国するそうで、リシューさんには、それ迄に一度会って話がしたいと言われている。
そう言えば、リシューさんは一体どんな仕事をしているのか、聞いていなかった。仕事どころか、リシューさんとは知り合ったばかりで、彼自身の事も分からない。
「まずは、お互いを知る事から……よね」
ー会える時間があるか、聞いてみようー
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それから、実家に辿り着いたのがその日の夜で、少し遅い時間にも関わらず、叔父と叔母が出迎えてくれて『疲れただろう?』『大丈夫なの?』と言って、私をぎゅうぎゅうと抱きしめてくれた。その変わらない温かさにホッとする。従兄のヒューバートは、仕事で数日家を留守にしているそうだ。
それから、少し話をした後『続きはまた明日』と言われて部屋に案内されて、入浴をした後、ベッドに入ると一瞬のうちに眠りに落ちた。
「おはようございます。体調は大丈夫ですか?」
「おはよう、ノエラ。貴方も大丈夫?」
「私は大丈夫です!」
ノエラも長旅で疲れただろうに、今日も早くに起きて働いている──という事は
「私、マリレーヌ様付きの侍女で雇ってもらう事ができました!これからも宜しくお願いしますね!」
「ふふっ……よろしくね」
叔父も叔母も、相変わらず私には甘いようだ。それでも、いつまでも甘えているわけにはいかない。
「早速ですが、今朝早くに届いたようです」
と言って、ノエラが私に手渡してくれたのは、神殿からの封書だった。中に、アシュトン=ブレイザーとの離婚が成立したという離婚証明書が入っていた。
私とアシュトンとの縁は切れ、“マリレーヌ=ホランド”に戻った。
ーアッサリと終わったわねー
あんなにも好きだったのに、サイン一つで縁が切れた。アシュトンと結婚して4年と少し。婚約してから6年。それが、たったの半年で失う事になった。
それでも、やっぱり涙は出なかった。




