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黒く侵されるもの

放課後。


オレンジ色に染まった帰り道を、黒林尭くろばやし あきは一人で歩いていた。


「ねえ、黒林くん」


後ろから声がする。


振り返らなくてもわかる。


「……何」


少し遅れて、小川咲おがわ さきが隣に並んだ。


「最近さ、なんか変じゃない?」


「は?」


「景色とか、人とか。なんかズレてる感じしない?」


くだらない話だと思った。


そう思ったはずなのに——


「気のせいだろ」


短く返す。


「いや、絶対違うって」


「だから気のせいだって言ってんだろ」


少し強めに言う。


それでも咲は引かなかった。


「黒林くんも感じてるでしょ?」


「……」


一瞬だけ言葉に詰まる。


だがすぐに視線を逸らす。


「俺に構ってくんな」


突き放す。


沈黙。


——のはずだった。


「構うよ」


あっさり返ってくる。


思わず足を止めた。


「は?」


「だって放っておけないし」


「意味わかんねぇ」


「うん、よく言われる」


軽く笑う咲。


その距離感が、妙に引っかかった。


「……とにかく、俺は関係ない」


「関係あるよ」


食い気味に言う。


「黒林くん、能力者でしょ?」


その言葉に、


空気がわずかに歪んだ気がした。



「……違う」


そう言い切った瞬間だった。


——音が消えた。


車の走る音も、人の声も、


全部が遠ざかる。


「え……?」


咲が足を止める。


空気が重い。


何かに引っ張られているみたいに。


「——初めまして、黒林尭。と言っておこうか」


前方。


いつの間にか、男が立っていた。


人通りはあるはずなのに、


誰も気づいていない。


「……誰だよ」


男は答えない。


ただ、静かに咲へ視線を向ける。


そして、


ほんの少し、手をかざした。



次の瞬間。


「っ……!」


咲が小さく声を漏らす。


腕を押さえて、膝をついた。


「どうした」


駆け寄る。


咲の腕。


制服の袖の下が、


じわりと黒く染まっていた。


火傷のように見える。


だが——


色が、異様に黒い。


「なに、これ……」


震える声。


腕を動かそうとするが、


「……動かない」


力が入らない。


「感覚も、なんか変で……」


尭の背筋が冷える。


普通の火傷じゃない。


明らかにおかしい。



「それはただの火傷じゃない」


男が静かに言う。


咲の腕を見る。


「侵食した部分は、やがて動かなくなる」


一歩、近づく。


「そして——」


わずかに間を置いて、


「全身に行き渡れば、灰のように崩れる」


淡々とした声。


まるで事実を告げるだけのように。


「助けたければ」


尭を見る。


「力を扱えるようになることだ」



「……何言ってんだよ」


低く吐き出す。


咲の腕を見る。


黒く侵食されたそれが、現実だと突きつけてくる。


「そんなの……認めるかよ」


拳が震える。


「ふざけんな……」


一歩踏み出す。



その瞬間、


空気が歪んだ。


地面が軋む。


見えない何かが、


周囲を引き寄せる。


「……なるほど」


男は動かない。


ただ見ている。


尭の周囲の空間がねじれる。


制御できない。


それでも——


咲の腕に手を伸ばす。


触れた瞬間。


黒い部分が、


わずかに“引き剥がされた”。


細かい粒のように崩れ、


吸い込まれる。


「……え」


咲が息を呑む。


「ちょっと……軽いかも」


ほんの少しだけ、


動くようになる。


「……今の、俺が……?」


自分の手を見る。



「未完成だな」


男が静かに言う。


その目は、完全に見下している。


「今はいい」


背を向ける。


「その力、ちゃんと育てろ」


「待て……!」


止める間もなく、


男の姿は消えた。



音が戻る。


日常が戻る。


何事もなかったかのように。


「……さき」


咲はそこにいる。


だが、


腕の黒は消えていない。


「黒林くん……」


不安そうに見上げる。


「これ……治るよね?」


答えられない。


でも——


さっき確かに、


少しだけ“戻せた”。


拳を握る。


「……治す」


小さく、呟く。


「絶対に」


そのために何をすべきかは、


もう分かっていた。

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