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第三十八話 印籠みたいな

 子供二人は八歳のミロンと六歳のスタニスラフという名の男の子だった。彼らの世話をモナに任せ、ローテーブルを挟んで俺たちはソファに座る。思わずジェリカを呼び捨てにしてしまったことを詫びると、本人はもちろん伯爵も旦那である令息も気にする必要はないと言ってくれた。また、元々の知り合いなら呼び方を変えなくてもいいとまで言われたのである。


 ジェリカの夫、フェルナンドは鮮やかなショートの赤い髪に涼しげな目元。その奥に光るモスグリーンの瞳が静かな威厳を漂わせている。高い鼻と形のいい唇はジェリカが好きそうなかなりのイケメンだ。ガタイもいい。


 その父親であるハーディング・ユノトス伯爵は鑑定眼によると年齢が五十歳。フェルナンドの顔に皺を刻んで髪を少し薄くした感じだが、ガタイは息子に負けず劣らずである。


 伯爵夫人はシャンテという名で三十三歳と若い。フェルナンドの実母ではなく後妻のようだ。ストレートの黒髪は腰の上辺りまで伸び、少し面長の端正な顔立ちをしている。華奢な印象を受けるが出るところはしっかりと出ており、大人の女性の色気がハンパなかった。


「まずはレン・イチジョウ殿、礼を言わせてくれ」

「礼、ですか?」

「エアコン木箱だよ。あれのお陰でこの夏は大変快適に過ごせた」


「よかったです。ですがここは王都からかなり離れていますよね? 遠方に売ったという話は聞いてなかったので、ご存じなのが不思議に思えました」

「出入りの商人が持ち込んだのだよ」

「なるほど」


「金貨三百枚もふんだくられたがな」

「金貨三百枚!? 王都では大型の方でも売値は金貨十五枚ですよ。いくら距離があって運搬料がかかると言っても高過ぎではありませんか?」


「全くだ。あの商人め、足下を見おって。ところで大型と言われたが、小型もあるのか?」

「ええ。こちらです」


 俺は魔法のバッグから出すフリをして、アイテムボックスからボックスティッシュ大の小型のエアコン木箱を取り出して見せた。


「なっ!? まさかそれは魔法のバッグか!?」

「あ、はい。確かフェルナンド様もお持ちだと伺いましたが」


「いや、確かにフェルナンドも持ってはいるが、金貨千枚もしたんだぞ」

「はい? ヒュブル村で金貨百枚で買えましたけど、もしかしてそれも出入りの商人ですか?」

「ぐぬぬ……」


「予備がありますのでよかったら差し上げますが」

「それはいかん。だが買わせてもらいたい」


「何個いりますか?」

「何個? いくつも持っているのか?」


「はい。閣下と奥様、ジェリカのお三方それぞれに一つずつで足りますか?」

「他に娘が二人おるので、あるなら五つ欲しい」

「分かりました。どうぞ」


 魔法のバッグ五つをテーブルの上に置いた。


「ね、ねえレン君、ランクって今どうなってるの?」

「変わってないよ」


「あ、そうか。エアコン木箱が売れたからお金はあるのね?」

「うん。では閣下、お買いになられるということでしたら五つで金貨五百枚でいかがでしょう?」


「それでは貴殿の儲けがないではないか。それとも安く仕入れる方法があるのかね?」

「いえ。ヒュブル村で正規の価格で購入しました。ですが世話になったジェリカのご家族から儲けようとは思いませんので」


「貴殿は本当に……してその小型のエアコン木箱はいくらかね?」

「王都では金貨一枚で卸してます。売値は生活ギルドがそこに大銀貨五枚を上乗せしてますね」


「どのくらい冷えるのかな?」

「普通の寝室くらいならすぐに冷えます。多少広くても時間がかかる程度だと思います」


「ふむ。何台ある?」

「手持ちは十台ですね」

「それを全て売ってもらうことは?」


「もちろん構いません。ただもう季節的に必要な日は少ないと思いますが」

「構わん。売ってくれ」


「承知しました。それとですね、まだ王都でも卸していないのですが暖房用の物もあります。まあ、暖炉などがあればいらないとは思いますが」


「それは小型のエアコン木箱のように寝室にも使えるのかな?」

「はい。王都は寒いと聞きましたので、私の屋敷では全ての部屋に設置する予定です」


「手持ちはあるのか?」

「二十台あります」

「いくらだ?」


「エアコン木箱に比べて使用している魔石が半分ですので、卸値も大銀貨五枚くらいを考えております」

「まだ王都でも売っていないと言ったな?」

「はい」


「ではその二十台、金貨二十枚で買わせてもらおう」

「よろしいのですか?」


「構わんよ。こちらの冬は王都よりもさらに寒いからな。出来れば領民のためにも販売してもらいたいと思っておるが……」

「商人を通すと買いたくても買える値段にはならなそうですね」

「それが問題だ」


「閣下、私に考えがあります。あとお願いも」

「ほう、聞こうか」


「ただ、そろそろお披露目に戻られた方がよろしいのではないかと」

「あ、ああ、そうだな。貴殿はいつまでこの町に?」


「モナのお休みが明日までなので、明日には一度王都に戻ります」

「ま、待ってレン君! モナさんのお休みが明日までって、王都に帰るまで何日かかると思ってるの?」


「だよねー。皆さん、これからお話しすることは他言無用に願いたいのですが」


 伯爵家の四人が互いに顔を見合わせてから、神妙な面持ちで静かに頷いた。


「実は私には王都とここを一瞬で往復出来るスキルがあるんです」

「「「「はぁ?」」」」


「ですからモナを送り届けたその足で、こちらに戻ってくることも可能なんですよ」

「そんなスキルが……いや、かつてエルフ族の里長が瞬間移動のスキルを持っていたと噂に聞いたことがあるが、まさか……!?」


 エルンストのことだな。


「はい。その瞬間移動スキルです」

「これは驚いた。そのようなスキルが実在するとは……」


「お疑いにはなられないのですね」

「事実なのだろう?」

「ええ、まあ」


「ジェリカ、君は凄い人を担当していたんだね」

「私だって知らなかったわよ。レン君教えてくれなかったもの」

「あははは」


「とにかくそういうことなら明日にでも!」

「申し訳ありません。その足でとは言いましたが、明日はやることがありますので別の日にして頂けるとありがたいです」


「むう。それだと三日後はどうだろう?」

「問題ありません」


「よし。三日後の昼前に来てくれ。(ひる)()を用意しておこう」

「従者を四人、同行させてもよろしいですか?」

「構わんよ」

「身分は奴隷なのですが」


「貴殿の従者なのだろう? 身分など問わんさ。その者たちの食事はどうする?」

「同じ物でお願い出来れば」


「承知した。それとこれを渡しておこう」

「これは?」


「ユノトス伯爵家の紋章メダルだ」

「レン君、それがあると領内では大抵の困り事は解決出来るわよ」


 なるほど、水戸のご老公の印籠みたいな物か。


「王都でも下級貴族なら黙らせられるだろう」

「よいのですか?」


「ああ。ところで代金だが」

「今はお持ちではないのですよね。三日後で構いません」

「そうか、すまんな。では三日後もここに部屋を取っておこう。何泊でもしていってくれ」


 領主一家が帰る頃には、子供たちも食事を終えていた。モナ、構ってやれなくてごめん。もちろん温泉を二人で十分に堪能してから夜、大いに可愛がったのは言うまでもないだろう。

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