50.お祖母様の過去
どうやらお祖母様は若い頃、時々料理をしていたらしい。
あまりにも手際の良いお祖母様に驚いているといろいろな事を教えてくれた。
―――実家が貧乏男爵家で一通り家事ができること。碌に教育も受けさせてもらえず、貴族学園に入学してから苦労したこと。爵位も低い上に財政も悪く、婚約者もいなかったお祖母様が学園の図書室で必死に勉強しているところをお祖父様―――マクレガー公爵令息に見初められたこと。
「えっ!ではお祖父様とお祖母様は恋愛結婚なさったのですね!?」
「ああ、まぁ、そうだね。男爵家の私が侯爵家に嫁ぐなんて、当時は誰に会ってもなかなか認められなくてね。侯爵家に恥をかかせないために、嫁いでから初めて家庭教師をつけてもらったのさ」
お祖母様は口調こそざっくばらんだが、所作はとても綺麗なのだ。紅茶を持つ手も、座っている姿勢も、歩き方もどれをとっても貴族の鏡!みたいな人だと思っていたけれど、そういった事も結婚してから必死に身につけたものだったなんて思いもしなかった。
驚いて言葉もでない私にお祖母様は続けた。
「嫁いでからもたまには厨房に入ったりもしてたんだけどね、ある時お義母様に見つかって「厨房に入るなんて使用人みたいなことみっともない。里の料理なんて食べたら里心がつく」って言われてね。厨房に来たのはそれ以来だよ」
「まぁ……私はお祖母様とお料理できる機会があるなんてとても嬉しいです。今度お祖母様のご実家の料理も教えていただきたいわ」
そう言うと、お祖母様はいつもの硬い表情を崩してしんみりと呟いた。
「ああ……あの子にも食べさせてあげた事がないからね……と、そろそろ焼けたかい?」
いい匂いがしているオーブンを2人で覗き込んでからオーブンを開けてもらおうと、離れてカトラリーを拭き上げているルッツに声をかけようとすると、おもむろにお祖母様が厚手のミトンに手を入れてオーブンを開けていた。
「わっ、お祖母様!気をつけてくださいまし!ルッ、ルッツー」
慌ててルッツを呼ぶも一足遅く、お祖母様はけろっとしている。
「オーブンくらいなんてことないさ。いい色に焼けてるね」
そう言ってテーブルにオレンジのパウンドケーキを並べていた。
あーびっくりしたわ。でもそうね、家事は一通りできるって言っていたもの、嫁ぐ前まではお料理もしていたのか。
「初めてお祖母様と一緒に作ったお菓子、ぜひ今日のデザートに出してもらいましょう。お父様もきっと喜ぶわ」
お祖母様が作ったって知ったらお父様びっくりするだろうなー。ふふ、夕食が楽しみだわ。




