【6】
最後の最後で初のジスラン視点。
そんな若い二人を眺めるのは、こちらもまだ『若い』と言われる女性だった。黒髪を編んでたらした彼女は二階部分からホールを見下ろしていた。
「おお~。青春だねぇ。若いねぇ」
「お前もまだ若いだろう。何言ってるんだ」
ジスランが己の妻に容赦なくツッコミを入れた。昔はお嬢様お嬢様していたのに、何がまかり間違ってこんな奇行の目立つ女になってしまったのか。
結婚してもう七年は経つが、未だに妻のことが良くわからないジスランである。ジスランは手に持っていた厚手のショールを彼女の肩にかける。
「いいから、おとなしく座っていろ」
「……あなた、過保護よねぇ」
シャルロットはしみじみとした調子でそんなことを言うが、過保護なのではなく当然の気遣いだろう。悪阻がないからかけろりとしているが、彼の妻は妊婦なのである。
いろいろ言いつつも、シャルロットはジスランの誘導に従って用意してあった椅子に腰かけた。二階の回廊に置いてあるにしてはちゃんとした椅子で、革張りの上にクッションが置いてある。わざわざ用意したのだ。
「こんばんは。相変わらず、仲がよろしいようですな」
シャルロットが椅子に座ったとたんに声がかかった。シャルロットが声をかけてきた男を見る。
「あら。こんばんは、フェリシアン。楽しんでいて?」
反帝国過激派と言われたフェリシアン・ボーマルシェだ。平民である彼だが、今日は宮殿内に足を踏み入れている。むしろ、この催しがなされたのは彼を宮殿に招き入れるためだと言っても過言ではない。
「ええ。楽しませていただいています。しかし、大胆なことを考えますね、女公爵」
「解放祝いよ。これくらいしないと、あなたと顔を合わせられないの。周りが過保護でねぇ」
シャルロット、まだ言っている。夫からだけではなく、シャルロットはフェリシアンからも「あなたにはそれくらいの方がいいのでは?」などと言われていた。
「なんであなたもそんなことを言うのよ」
「あなたは行動力があり過ぎます。むしろ、よく解放戦の時に止められなかったものです」
結果的にファルギエールが解放されたからよかったものの、とフェリシアンからまともなツッコミが入って、シャルロットが肩をすくめた。ジスランは、思わず彼女をジト目で見る。作戦開始時、ジスランは彼女が身ごもっていることを知らなかったのだ。
言っていなかったという後ろめたさがあるシャルロットは、こほん、と咳払いして話をそらしにかかる。
「まあそうなのだけど。あなたとその話をするために呼んだのではないわ」
「まあ、確かに私ものろけ話など聞かされても困るのですが」
「……あなた、わたくしをなんだと思っているのよ……」
日頃の生活態度が悪いと、こういう扱いになるのである。シャルロットは基本的に淑女教育を受けた貴婦人であるが、戦後の混乱が彼女をこのような性格に変えたと思われる。誰だかが言っていたが、何気に人生ハードモードな女なのである。
ただ、男装しているときの気障なふるまいはジスランに似た、と言われるのは解せない。
「わたくしは今後、ゆっくりと改革を進めて行き、平民にも議会を解放するつもりでいるわ」
「……確かに、現在貴族院と下院はあれど、下院は名ばかりですからな」
平民から選出されるという下院は存在するのだ。しかし、それは名ばかりのものであり、ほぼ機能していないに等しい。平民から選出されると言ったって、その議員たちは富豪や資産家、豪商ばかりだ。
「わたくしは本当の意味で平民にも政が解放されるべきだと思う。幸い、とは言えないけれど、頭の固いお歴々たちは、先の侵略戦争で亡くなったわ」
それを、幸い、とは言えない。しかし、そのおかげで改革が進めやすいのも事実なのだ。何しろ、シャルロットが権力を得たのは、戦争によるところが大きいのだから。
「わたくし個人の力では限界があったけれど、国の政策として進めるのであれば、いくらでもやりようがあるわ」
シャルロットはフェリシアンに向かって笑いかけた。
「有識者の増加と識字率向上を目指して、手始めにわたくしは学校を作る。フェリシアン、あなた、そこで教師をやってみない?」
「……危険人物を中央から遠ざけようということですか。学校の中で、勢力を築くかもしれないのに?」
確かに、そう言う思惑もないとは言わないが、今すぐに議会を開くことは不可能であるので、その準備期間であるため、ともいえる。
シャルロットはフェリシアンを見て眼を細めた。
「わたくしがいるのにそんなことができると?」
「……さすがに、すごい自信ですね」
フェリシアンがため息をついた。ジスランはシャルロットを見下ろす。彼女は口で言うほど自身があるわけではないだろうが、無駄にハッタリがうまい。そういう風にならざるを得なかったのだろうが。
「やりたければやればいいわ。うまくいくとは思えないけど」
現実的に考えて、フェリシアンが学校内で一大勢力を築くのは難しいだろう。シャルロットが他にも癖の強い教師を用意するだろうし。まあ、いまどき高学歴の人間なんて、変人ばかりだ。
「私が一生かかってやっとできるほどの改革よ。あなたが生きている間に議員になれることはないでしょうね」
シャルロットは反発を押さえながら、緩やかに改革を行っていくつもりだ。彼女は、それが残された自分の責務だと言った。
王族に連なる筆頭公爵家の当主。生き残った娘。国を解放した英雄。彼女はできるだけの条件がそろっている。ある意味国王よりも力を持つと言っていい。
条件がそろっているし、それだけの力もある。できてしまうのだ。
「あなたはせいぜい、自分の意思を継いでくれる後継者を教育することね」
「ははっ。せっかくの采配ですし、そうさせていただきますよ」
フェリシアンは、無理やりにでも革命を起こそうとしただろう。おそらく、シャルロットが動かなければ。そうならないように、シャルロットは手を打った。
革命が起これば、再び国は混乱に陥る。シャルロットはそれを回避したいのだろう。
「女公爵はお体を大事になされ。あまりフィリドール大佐を困らせないように」
「……気を付けるわ」
みんなに同じことを言われ、シャルロットがため息をついた。ジスランは大いに同意だが、シャルロットとしては心外であるらしい。一応気を付けているつもりではあるということだろうか。
フェリシアンがその場から去ると、ジスランはシャルロットの隣に並んだ。
「大丈夫か」
「ええ。別に、私だって体を大事にしていないわけではないわ」
むくれたように言うシャルロットがかわいらしいと思うのは、惚れた弱みだろうか。
「なあシャル」
「なあに?」
シャルロットが階下のフロアを見下ろしたまま言った。
「確かにお前は生き残ったし、生き延びた以上、その義務があるのかもしれない。だが、お前が一人で頑張る必要もないことを忘れるなよ」
シャルロットの顔がジスランの方に向いた。ジスランもシャルロットを見る。彼女の整った顔が笑みに彩られる。
「私、ジスランのそういうところ好きよ」
彼女のお決まりのセリフである。話をそらそうとしているわけでもなく、心からそう思っているのだろうが、慣れてしまっているのかあまり感動がない。ジスランはシャルロットの座る椅子の肘置に手をつき、彼女に顔を近づけた。
「俺もお前の頑張りすぎてしまうところが好きだ。愛している」
ささやかれた言葉に、シャルロットは目を見開き、それから柔らかく微笑んだ。幸せそうな笑顔。その顔をさせられるが、自分だけであるという優越感。ジスランはシャルロットの頬に手を這わせる。シャルロットがその手に自分の手を重ねて言った。
「私も、愛しているわ」
シャルロットはこれから改革を進めていく。それでも、この二人の間にあるものは変わらない。きっと、一生。二人はそっと唇を重ねた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
一応、これで完結です。最初はシャルロット視点で書いていたのですが、うまく行かずに急遽ジスラン視点に。ミレーヌは傍観者で、基本的にシャルロットの話でした。
初期設定では理想論者でありながら、現実主義者であると言う矛盾した設定があったのですが、活かせていません笑
なんか途中な感じはしますが、これで完結です。
お付き合いくださった皆様、ありがとうございました!!