クリスタルビースト1‐2
☆
それは静かに佇んでいる。
実際に目にしてもそれには気配はなかった。
生物としての自我や意識、知能すら感じられない。
少し離れた場所にいるそれはまったく微動だにせず、さながら石像のように。
━━狼。
女戦士がそう言ったが、まさにそれだ。
結晶のようなものにおおわれてなければ、であるが。
顔は狼のそれであるが歪に耳が垂れている。
双眼は緑色で、尻尾は二尾。
成熟した獣ではなく、子供の狼。
「クリスタルビースト?」
「実際に見たのは百年……けふん、数年前にある書物で見たことがあるけど、まさかいまだに存在していたなんて。この無機質な環境のせいで風化しなかった? それとも何者かの手によって新たにつくられ……いえいえ、それはありえない。それにかんする資料はすべて廃棄したし。ならあれは」
一人ブツブツ呟くナナシの頭に軽くチョップするクロエ。
「あたっ、何をするのさ!?」
涙目で見上げてくるちびっ子にゾクゾクしたクロエは二、三度ビュッ! と。
不意のチョップに対応できないらしいちびっ子が頭を抱える様に満足して、
「で?」
クロエは目を鋭くさせて結晶の狼をアゴでしめす。
「あれは?」
「私が説明するまでもないんじゃないか? リッカから聞いたことはないか? 機械獣のことを」
「魔核を原動力として動く獣だよな? 文字通り機械の四肢をもった獣。それには思考能力もなく、つくり手ですら手にあまる獣ということで製作を中断、封印を施したらしいと聞いたことがあるな。今から五十年前、機械都市ネフェルで。まあ、それは表でのことで機械都市ネフェルの一部の連中はいまだ製作しているという噂もある。現にリッカは一年くらい前に機械獣と遭遇、破壊した。確かその機械獣は魔術はおろか魔法もききにくかったから倒すのに苦労したってリッカはぼやいていた」
その時に晩酌を強制させられ朝まで付き合ったことを思い出してクロエはげんなりと息をする。
「機械獣はあの結晶の狼━━クリスタルビーストの劣化版みたいなもの。とある地下迷宮で発掘したクリスタルビーストの欠片を分析できる部分だけ分析して生まれたのか機械獣」
「機械獣の性能以上の力を持っているということだよな?」
「この遺跡と同じ性能はあると思ったほうがいいわよ」
「クリスタルビーストはすべて獣なのか? リッカはゲジゲジの機械獣とも遭遇したと言っていたが?」
「姿は様々。鳥みたいなのもいるし、海に適した姿のもいる」
「それでさっきからじっとしているのは?」
「私たちが魔力をおさえているし、魔術の攻撃の意思がないから」
「それならこのままやり過ごせないか?」
「無理。どうやらクリスタルビーストがここのフロアの出口みたいだから」
ちびっ子は肩をすくめてため息をする。
「攻撃は打撃のほうが効果あるけど、すぐに再生する」
「じゃあどうやってクリスタルビーストを倒すんだ? 過去、倒したヤツらがいるからクリスタルビーストは機能停止したり欠片が残っていたりするんだろう?」
「クリスタルビーストも機械獣と同じで魔核を動力源として動いている。その魔核を破壊すれば眠りにつくはずよ。機械獣とは違いクリスタルビーストは意思があるからおとなしくやられないだろうけど」
言葉ほど簡単じゃないように思える。
「再生できないほど外装を破壊し、魔核を取り出してばーん! でおしまい」
雑な説明である。
「それってちびっ子と女戦士でできるものなのか?」
どちらも危険をともなう。
女戦士は武器は欠けていて外装をバンバン! できないだろうし疲労しきった体で素早く動くことができないので魔核を取り出すことも不可能。
ちびっ子にはクロエが木刀をさずけたがそれでどうこうなるとは思えない。
自分に危害をあたえる相手にたいして何も反応しないことはないだろう。
「あん?」
ちびっ子の声がはねあがった。
きつくクロエを睨んでくる。
女戦士は驚いた顔をして「私も数に?」と呟いていた。
「まさかか弱い私たちだけにやらす気?」
「俺はオマケで、荷物運び━━被害にあったヤツらを運ぶ係だろう?」
「それはアナタの仕事じゃないわよ。アナタは私のサポート兼護衛━━いえ、盾役といっても過言ではないわ」
「盾役……だと?」
「クリスタルビーストがアナタに攻撃を集中させている間、私たちは安全な場所に移動する。アナタはが力尽きたらクリスタルビーストの動きは鈍るだろうから私たちはすきを見て魔核を破壊する」
「それは盾役じゃなくてただの犠牲だ」
「アナタはタフそうだし、多少攻撃を喰らっても死ななそうだし」
「俺は吸血鬼種族でも不死者でもない。攻撃されたら怪我するし、下手したら死ぬこともある」
「私が殴った時、無傷だったけど? 何か力を使った?」
「さあな。とにかくクリスタルビーストの攻撃をひきつけるのは俺じゃなくてちびっ子のほうがいいぞ? クリスタルビーストは魔力が好物のようだからな」
「ちょっと私に押しつける気!? 男ならチートを発動して女の子二人守る甲斐性見せたらどう?」
「俺に何を求めているか分からないが俺は勇者じゃない。力に限りはあるし、守れる範囲も決まっている。その中にちびっ子は入ってないがな。あきらかに俺より強いし」
「むぅ。私にだってできることとできないことがあるのよ! それを━━」
「あの、今は言い争いをしている場合では」
女戦士はオズオズと声をかけた。
クロエは女戦士に目線を向け、
「アンタは肉体強化系の魔術が使えるか?」
「えっ……はい。一応、剛は使えますが」
「部分的肉体強化か」
「使ったらそのぶんスピードは落ちますが」
「んじゃあアンタは仲間持ちだな。俺だと全員運ぶことはできないだろうし」
「じゃあ、あの狼は二人で?」
「クリスタルビーストが相手にしたいのは決まったようだ」
「それって」
ちびっ子はギクリ、として振り返る。
クリスタルビーストとの距離がわずか縮まっていた。
「ここは魔力が喰われるから一瞬しか肉体強化は使えない。使う場面は見極めろよ」
「はい……」
女戦士は頷いた。
ちびっ子は木刀の柄を強く握り、クロエを睨んだ。
親の仇のように。
その眼光には殺意がこめられていたりするがクロエは平然としている。
奥歯を噛む音がクロエの耳にも届いた。
「クロエ君……アナタは!」
「よそ見をしていると狼に喰われるぞ?」
その言葉に振り返ったナナシが見たのは口を開いたクリスタルビーストの姿。
その行為はナナシを噛み砕こうとするものではなく━━
あきらかに何かを吹き出すためのタメ。
体を硬直させたのは一瞬。
ナナシは避ける態勢に入ろうとしたが近くに女戦士がいることに気づいてその場にとどまる。
ここでは何ら力を扱うことはできない。
スキルなら遺跡の影響は受けないかもしれないが今の自分は━━
ナナシは舌を鳴らしてからいつの間にか距離を取ったクロエを一睨みし、木刀を居合抜きのように構える。
見た目は普通の木刀だがあれだけクロエが自信ありげに渡してきたので何か力が宿っているかもしれない。
全面的にクロエを信頼しているわけではないが今の自分には木刀しか得物はない。
女は度胸。
狼が燻る何かを口から吐き出す。
━━ブレス。
魔獣と呼ばれるモノや上位種の魔物が固有する、特殊能力の一つだ。
凍てつく炎━━と表現したほうがいいコールド・ブレスが力の奔流となって狼から解き放たれ、ナナシに迫る。
ナナシはそれを真正面から睨んで、木刀を振り抜き、コールド・ブレスを華麗に斬り裂く。
それがナナシのイメージだ。
だがイメージと現実が一致することはそうそうないとこの時のナナシは失念していた。
過去がどうであれナナシは今の自分を信じている。
クロエから渡された木刀を全面的に信用してないのでちょっとだけ力をこめた。
コールド・ブレスと木刀が接触した瞬間、ピキッと嫌な音がしたがナナシは意識を集中していたのでそれには気づかない。
重たかった敵の攻撃がふと、軽くなる。
木刀の握りを持ち、木刀を振り抜いた格好のまま、ナナシは見た。
見てしまった。
コールド・ブレスを木刀は散らし、ナナシと女戦士は無事だ。
ブレス系の力を放つにはタメが必要なのでクリスタルビーストは硬直したように動きを止めている。
そのすきに追撃を、第二撃を放てば狼のかたい四肢を傷つけることができるかもしれない。
ただし攻撃手段である得物が無事、ならばである。
「あ~~~~~~~っ!!!?」
ちびっ子は絶望的な絶叫を上げ、責めるような眼光をクロエに投げた。
わなわなと震えている。
木刀の握りを持ったままで。
クロエから渡された木刀はあっさりと握りだけを残したまま折れていた。
☆
「まあ、普通に考えれば折れるのは当たり前だな」
はじめから予測していた、というようにクロエは呟いている。
ちびっ子は恨みのこもった表情。
「この木刀……」
「あぁ。ただの木刀だ」
「だと思ったわよ!」
ちびっ子は叫んでから木刀を叩きつけた。
木刀は簡単に粉々になる。
ちびっ子はキッ、と顔をあげて、
「よくもだましたわね!? まず先にアナタを始末するわよ!?」
「それはいいが気持ちをたかぶらせると魔力も上昇してますます狼の標的に」
「ああ、もう! 鬱陶しい!」
忌々しそうにと吐き捨てるちびっ子は狼の振りおろす爪を機敏にかわす。
のだがその動きを上回るスピードで狼はちびっ子の後ろに。
鋭い爪がナナシの後頭部目掛けて軌跡を描くのを助けるわけでもなく、別段慌てた様子もなくクロエはぼんやりと眺める……。
女戦士は「あっ!」と声をあげた。
最悪の事態を想像して。
クロエと女戦士が視線を向けるその先で、クリスタルビーストの爪がちびっ子にぶつかった━━。




