紫の遺跡改魔喰いの遺跡
☆
「ちょっと! クロエ君! アナタはどこ触っているの!?」
紫の遺跡がある大樹の枝にたどり着いた途端、ナナシはクロエを突き飛ばした。
空中にある紫の遺跡に行くにはナナシにしがみつく必要があると聞いたから言う通りにしたわけだが……
「背中?」
「ぶっ殺す! 乙女の夢をわしづかみにしておいて!」
ない胸を庇うような格好でちびっ子はクロエを睨む。
クロエは手を見つめて眉をひそめ、
「しがみついた時に触ったか? 胸」
「突き落としてやろうか?」
ちびっ子がギリリと奥歯を鳴らすのを完全スルーしてクロエは紫の遺跡とやらに近寄った。
地上から遠目にして思ったわけだが近くで見ても印象が変わらなかった。
どう見ても紫色の小屋。
いつ倒壊してもおかしくないぼろっちい建物。
中も狭くすぐに一周できそうな感じではあるが。
「こんな場所なら一人で十分じゃないか? というか、これ遺跡か?」
「上は見た目小屋だけど、地下があるのよ。それこそ迷宮なみの広さのね。時間的にまわる余裕はないから全クリしてないけど」
「地下があるようには見えないが」
「紫の遺跡の地下は異空間につながっているのよ」
そう言ってちびっ子は下を指差したあとで両手を広げる。
「救助者はどのあたりだ?」
「私の勘だと中層エリア。無事に連れ戻せるかはいってみないと分からない」
「曖昧だな」
「ちゃんと見たわけじゃないから判断できないの。生きているのかさえ疑問に思えてくる」
「やっぱ二人だけじゃないほうがよかったんじゃないか? ソアラたちを戦力として数えれば救助者とはやく合流できるはずだ」
「だから、ダメなの。あの二人は魔術主体、あの楯使いの彼は攻撃力に欠ける。あのぼいんちゃんの魔導銃ではダメージを与えるのも難しい」
ひどい言われようだ。
「ちびっ子一人で救助するほうがはやいんじゃないか? 俺はいなくてもいいだろう?」
「ちびっ子言うな。それから紫の遺跡の中では私もろくに力を使えないから、そのつもりで」
「何?」
話が違う。
そんな眼差しでちゃんとを見るクロエ。
「どういうことだ?」
「紫の遺跡の中はそういう場所なのよ。通称【魔力喰い】の遺跡。私が命名したわ。紫の、って何だか味気ないし」
「名前なんてどうでもいい。説明しろ」
「遺跡の中ではいっさい魔術が使えない。少しでも魔力を高めるとあるモノが生み出されるし、遺跡の糧になる。だから魔術を扱う者にとっては踏み入ることは命にかかわる」
「あるモノ? それは白黒の遺跡や【魔堕ち】の森みたいなのか?」
「白と黒の遺跡は魔物を無尽蔵に産み落とすけど、ここのはそれっは違う。もちろん【魔堕ち】の森みたいに人がモンスターになることもない。さっきの破片を覚えているわよね?」
「何かの生物のものらしい破片だろう?」
「そう。実は私、あれが動くところを見たことがあるの。いつ見たか、は秘密ね」
「奇遇だな。俺は見たことがないが、大体は予想ついている。そういう知識は嫌というほどに頭に叩き込まれたからな」
「やっぱ知っているか。リッカ。リッカ・フロッサム。【千杖の魔女】の秘蔵子」
「秘蔵子なんて大層なモンじゃない。俺はあれのただの息子だ。血はつながってないけどな」
クロエは頭を掻いてじっとナナシを見る。
ナナシを観察したところで今のクロエでは彼女のステータスを確認できない。
それをしようなら激しい頭痛に襲われる。
表情をしかめたあとでクロエはため息をする。
彼女の能力は見えなかったが分かったこと━━思い出したことはあった。
「アンタは百年魔女の伝説を知っているか?」
「唐突ね。耳にしたことはあるわ。百年くらい前、とある大国を海に沈めた魔女のことよね? 本当かどうか詳しい記録は残ってないけど彼女は【天災の魔女】と言われていて当事の勇者に封じられたとか。それが何?」
「その魔女が駒として使ったと言われるのが命を持たない、獣だったらしい」
「それってゴースト系みたいな?」
「違うだろう。どちらかというとホムンクルス的な。リッカはその研究もしていた」
「だからどうして私に言うわけ?」
「俺がリッカに聞かされた魔女の特徴とアンタが似ている」
「こんな美少女だった?」
「…………」
「なぜ残念そうに見るのよ!?」
「心当たりないか?」
「くっ」
ナナシは悔しげに唇を噛み、視線を逸らす。
「その魔女と私は人違い。私が彼女のはずはない。『彼女の血血縁者?』と聞かれたら『さあ?』と答える。証拠はないから。調べようはない」
「俺も知りたいと思わないが」
言ってクロエはどこからともなく木刀を取り出してナナシに投げた。
それを受け取ることはせずにちびっ子は避け、
「何のつもり?」
「ギルドに登録してない俺は一般人と同じ扱いなはず。それならわざわざ俺が危険をおかす必要はない」
「私に戦えと? あいにく私は体力なし、肉弾戦不得意。腕力もない。ただの木刀だと力の足しにもならない」
「俺が聞いた【天災の魔女】は魔術の扱いがうまかったから魔女を名乗っていたわけしゃなかった。これだ」
クロエは言葉の途中でナナシに手刀を放った。
それに驚いた素振りも見せずにナナシは落ちていた木刀を拾い、慌てずにクロエの手を受け止めた。
ナナシが機嫌悪そうな表情をするとは逆にクロエはわずか驚愕した表情になった。
「どういうつもりかと聞きたいのだけど?」
ナナシは木刀でクロエを弾き返し、木刀の柄で彼の腹をつついた。
軽く。
そう、軽くだ。
しかしクロエは派手に吹き飛び、危うく地上へと落下しそうになったりして。
「逃がすか」
大樹の根という場所から投げ出されたクロエの手をつかみ、ナナシが引き上げる。
ここから地上に落ちたら大怪我だけではすまなかったというのにクロエは舌打ちした。
「余計なことを」
「やっぱそれが狙いか!」
ナナシはクロエをガクガク揺らした。
「木刀一本でか弱い乙女を投げ出すな」
「百年以上生きているのに?」
「だから人違いだと言っているでしょうが!」
ナナシは吠えるとクロエの足を蹴った。
「まったく、あの人はどういう教育をしたんだか」
「リッカと知りあいなのか?」
「私はあの人に恩があるのよ。まあ、秘密だけど」
「興味ないし」
「まさか男色?」
「どうしてそういう発想になる?」
「私になびかないからそういう趣味?」
「あのな」
「で?」
険をふくんだ声で言ってナナシは木刀の切っ先をクロエに向けた。
「この意味は?」
「紫━━いや、魔喰いの遺跡だったか、魔術の力は受けつかないんだろう? それなら何かが出た時、木刀で超打撃を」
「できるか! 木刀と一緒に私の腕も砕かれる」
「それはただの木刀じゃない。それが力に━━鋭利な刃にするのは持ち手の魔力ではなく、契約をした者の力を増幅させるものだ。そう言えば分かるか? ナナシさん?」
「……私のことをどこまで知っているの?」
殺気立つナナシにクロエは薄い笑みを浮かべつつ、「さあ?」と答えた。
「よくは知らない。アンタと会ったのははじめてだし。そういうことを感じるのは人一倍鋭いだけだ」
「クロエ君は視える人?」
「もしかして妖精のことを言っているのか? 下級妖精くらいならな。中級は影みたいにしか認識できないし、上級は一部はっきりと」
「やっぱりただもんしゃないわね」
「何を納得してるか分からないが期待するだけ無駄だ」
「期待はしてない。でも、アナタってわりとお人好しよね? もし何かあれば助けようとするでしょう?」
「何を根拠にそう思う?」
「私の勘。人を見ることにかんして自信はある」
「じゃあアテにならないな。人を見ることに優れていたら百年前に大それたことを━━」
「人違いなんだから引っ張るな!」
叫んだちびっ子はクロエを足を蹴った。
☆
「この木刀が力を増幅させるものだとして、果たして役に立つか。私が知るそれを傷つけることができても倒せるのは難しいもの」
「ちびっ子が言うそれは現在にはいないものなのか?」
「報告にないくらいだから活動はしてないんじゃない? まさか魔喰いの遺跡に隠されているなんて」
「隠した? 何者が?」
「知らない。知っていれば当時のナンバーズが黙ってないでしょう」
「何か嫌な予感がするんだが」
「奇遇ね。私も」
「引き返すなら今か」
「その選択肢はない。いいからおとなしく遺跡に入りなさい」
ナナシはクロエの腕を抱えるように引っ張り、遺跡の中へと。




