魔女ナナシ
☆
宿屋を出たクロエたちが見たのは何もない中空、はるか上空に浮かぶ奇妙な物体だった。
まず頭に浮かんだのは大樹である。
巨大な樹は枝が好きなように伸びているが葉が一枚もなかった。
室と思われる樹の股━━と表現したらいいか、そこに小屋を思わせるような小さな建造物がわずかに見えた。
一見だと迷宮や遺跡には思えない。
どういう仕組みで浮かんでいるか、分からない。
「あれ、何だ?」
「さっき言ったはずよ。紫の遺跡。新たに発見された、ね」
疑問を投げるクロエにナナシが答えた。
「どうやって浮いているんだ?」
「紫の遺跡を包んでいる大樹が見えるわよね? あれ、あんな形はしているけど一応巨大な魔導石よ」
確かにそれらしいものが見えるが、それを大樹と表現したらいいか怪しいものである。
手を伸ばしても届くような距離ではない。
どこかの家の屋根上からジャンプしても届かないだろう。
クロエはあたりを見回す。
「あそにはどうやって行くんだ?」
近くには転移システムらしきものは見当たらない。
「風で飛ばすのよ。私の風で、ね」
言ってちびっ子は人差し指で弧を描いた。
自然の風が吹いているわけではないのにちびっ子の髪が揺れる。
クロエはわずかに眉をひそめた。
「お前、属性はいくつある?」
「秘密。それを言う必要、ある?」
「ないな」
クロエは頷く。
「私は魔女。魔女ナナシ。属性を統べる者」
そう言って何やらポーズを決めるちびっ子を冷めたようにくらいのを見、
「何か危ない病でも患っているのか? 小さい時、痛い子は奇妙なポーズをするって聞いたことがあるが」
「失敬な。私は正常だ!」
地団駄を踏む彼女はやはり見た目子供だ。
中身も大人とは言えない。
「風で飛ばすって言ったが、それは可能なのか? いや、仮にも魔女というくらいだからできるんだろうが、この人数を上の遺跡に運べるのか? 一人だとすれば。だけでも相当、魔力消費するだろう?」
そう聞いたソラをナナシは「はあ?」という感じで呆れたように見た。
「誰がアナタたちも連れていくと言った? アナタはお留守番。連れていくのは彼だけ」
ナナシはクロエを指差し、鼻を鳴らす。
「はぁ。なぜ俺だけなんだ? 戦力なら多いにこしたことないだろう? 魔力値の問題か?」
「この人数くらいはどうってこともないわ。ただ必要ないだけ」
「戦力として見れない?」
ソアラは剣呑な感じでちびっ子を睨む。
「実際に確かめたわけじゃないけど、アナタたち二人は強いわよ。魔術の威力なら、私以上に」
「だったら」
「ただの救出だったり魔物討伐だったら連れていったかもしれない。盾役として」
ヒドイ言い方だ。
それは戦力として数えてないのと同意。
「紫の遺跡の中なんて黒や白の遺跡以上に何がおこるか分からない。それなりに経験がある冒険者が戻るのも困難なのよ?」
「危険なのは承知だ。覚悟なしにギルドカードを欲しはしない」
「それなら」
「やめ━━」
ナナシから何かを感じたらしいフレデリックが声をあげるよりはやく。
その場に殺気が落ちた。
☆
「冗談じゃない。不意打ちであれほどの殺気、耐えれるか!」
床に座り込んだソラは文句を口にした。
「命がいくつあっても足りないわよ」
ソアラも額に汗を浮かべている。
「大抵はそんな反応ね。意識が保てただけましよ」
「じゃあ、クロエは? あれを浴びて平然としている」
一同の視線にさらされ、クロエは「あぁ」と呟く。
そしてわざとらしく床にへたれこみ、肩で息をする。
「俺も流石に驚いた」
「どこが! ちったあ演技でもしたら!?」
ソアラは言葉を叩きつける。
「彼の反応が異常なだけ。あるいは……そういった感覚が麻痺しているだけね」
「危機回避能力がなってないか?」
「そうかもね」
「それなら俺こそ留守番じゃないのか? 仲間を危険にさらす」
「でもそれ以上の経験がある。アナタにならあの遺跡にいるあれをどうにかできるかもしれない」
「あれ?」
「戦うのは私たちがするとして、アナタには回収してほしいのよ」
「回収? 何の?」
「これを見たら分かる?」
そう言ったちびっ子はクロエに何かを投げて寄越した。
クロエは渡されたものを見、渋い顔になる。
「それ、何だ?」
「緑色の光沢……まさか、ミスリル鉱石?」
クロエの手の中にあるそれをのぞきこんだソラは呟きソアラは首を傾げる。
クロエが渡されたのは緑色の破片だった。
ソアラが口にしたミスリル鉱石は誰もが知っていたり耳にしたことがある、珍しい鉱石の一つである。
非常に魔力を通しやすく頑丈。
それで武器を造ったら普通の得物より斬れ味は抜群、それに魔力を付与、上乗せすれば威力が倍増。
ちょっとは名の知れた名剣はミスリル鉱石から出来ている。
魔導具は主を選ぶと言われているがミスリル性の武器は魔力とその属性、相性さえあえば誰もが扱うことはできる。
「この塊だと高級ホテルに半月は泊まれるわね」
「これが本当にミスリルなら、ですね」
カノンは小さく呟いてから魔導銃を緑色の破片に向けている。
「嫌な気配がします。それ……何かの生物の一部では?」
「正解。その生物の欠片。これでもまだ生きている」
「はじめて見ましたけど、何です?」
「あの紫の遺跡に在った。この欠片だけね」
「生物の欠片……動く様子、ありませんけど?」
「何らかの原因で機能停止しているけど、この破片……厄介なことに魔物を生むのよ。現に昨日も魔物がここに出現したし。まあ、それは私たちが倒したから思った以上の被害はなかったけど」
「その欠片を処分するのは?」
「試した。火で焼いたり凍らせたり。電撃放ったり、色々。でも無駄だった」
「そんな生物いるのか?」
「分からないから冒険者たちを救出して簡単な調査をする」
「救出者対象の冒険者は生きているのか?」
「それま分からない。冒険者たちは勝手なことをしたからそれで命を落としても私たちのせいじゃない」
ちびっ子はクールだ。
「クロエだったわよね? アナタは私についてきて。それは絶対。拒否権はなし」
その傲慢というか、自分勝手なところは誰かさんを思い出させる。
「クロエを自身のそばに置いときたいというのはまさか」
「死にたいなら前に出なさい」
「……いえ」
ソラはソアラの後ろに隠れる。
そんな彼にソラは「バカ」と小さく呟いた。
「連れていく理由はこれから考える。危険だと判断したらすぐに戻す」
「転移も使えるのか?」
「あいにく私は空間属性はない。何かあれば私が時間をかせぐ。OK?」
「いや、OKなわけないだろう。劣等生の俺の何がいいんだ?」
「目。それと属性。アナタは珍しい属性所有者でしょう? 私の勘が囁いたの。アナタと一緒のほうが効率よく仕事ができる」
クロエは頭にやって半眼でちびっ子を眺める。
「その勘、あてにならないぞ?」
「そうかしら? 私は私の力を信じている。それを信じて数百ね━━ううん。何でもない」
ふくみの笑みを浮かべながら口にしたちびっ子はパチン、と指を鳴らして特大の火焔をうみおとす。
それにソラたちは警戒して身構えるがクロエだけは涼しい表情だ。
「ちびっ子もいい目をしているな」
ナナシの右目だけ紫色に変化し、その瞳に出現したそれを見てもクロエは驚かなかった。
「それはありがとう。実は気に入っているの。たとえ呪いの烙印だとしてもねー」
ちびっ子は右目に触れておかしそうに笑い、火焔をソラたちに近づけた。
「この炎に焼かれる覚悟があるなら、連れていくけど?」
それを聞いてソラとソアラは両手をあげ、フレデリックはため息、カノンは魔導銃をおろした。
「分かりました。ですが彼は一応学園の生徒ですから無茶なことは」
「分かっている。私は魔女。名前はナナシ。約束だけは守るわ」
ウインクしたちびっ子は火焔を消した。




