鬼神 3
「鬼神、は死霊や万物の神、などを指す。なるほどねえ。」
分厚い辞書を読みながら辰美は独り言ちる。
(あの子が祟り神なら、地主神は………。もういないのかも)
越久夜町にある唯一の小さな図書館はまばらに人がいる程度で、辰美のいる端のスペースには誰もいなかった。
少し大きめの公民館に増設された田舎の図書館である。いつもならだらだらと何もせずに過ごしているが、今日は少し調べ物をしようと思ったのだった。
(見つける、ってどう見つければいいのよ。)
あれから鬼神と対面した夢は見なかった。夢、というのも怪しいが現実世界であのような出来事は早々起こりはしない。現実でない異なる世界に辰美は連れられたのだろう。
子供向けの妖怪の本などを漁りながらも、辰美はさらに詳しい説明がされた鬼神についての記述を見つけた。
(ラッキー!)
〈鬼神とは悪しき神、または悪しき者とされ…朝廷に逆らう存在を表したものである。また鬼神は人と神との中間に位置する者、目には見えない精霊、または荒々しく恐ろしい神である。………〉
鬼の一般的なイメージとしては、赤い肌に毛むくじゃら、虎のパンツを履いた妖怪だとばかり思っていたが、どうやら違うようだ。
魂、そして悪しき存在。
鬼の話は惨たらしい伝承であったり、または有名な退治話であったり…さまざまなものがあったが、一口で食べられてしまうのは間違ってなさそうだ。
(私、食われんのかな…。)
ゾッとして本を閉じる。夢とはいえ、これまでの経験からして鬼神に言われた言葉は有限であり、現実になりそうな予感がした。無視はできない─
(ああ、どうしよう。)
携帯をそぞろに開くと、ハッと時間に気づく。
今日は辰美が住んでいるボロアパートに見水がやって来る日だった。課題を終わらせるために二人で勉強会をしようと言う話になり、ならばお菓子パーティーをしようとなったのだ。
(帰らなきゃ…!)
慌てて自宅に帰るや、事前に隣町のスーパーで買ったお菓子を眺めているとチャイムが鳴った。扉を開けると紙袋を抱えた見水がいた。
母が嬉しがってシフォンケーキを作ってくれたと、見水は照れくさいと苦笑する。一人暮らしをしている辰美には羨ましい限りである。
シフォンケーキを食べながら、二人はいつも通りたわいもない会話をしていた。自然と大学の話になり、見水は卒論をどうするのかと聞いてくる。
「卒論かぁ~なんも考えてなかったっ!」
べったりとテーブルに突っ伏した友人を前に見水は恥ずかしそうに頬をかいた。
「わたし、もう決まってるんだよね。」
「えっ!なにそれ!裏切り者ぉー!」
「町のフォークロアをまとめてみようかなって。気になったんだ。自分の家の歴史とか、町の伝承とか…。辰美が助けてくれなかったら、今もこうしてケーキ食べてないしさ。」
「そっか。あたしのおかげか!」
「調子いいなあ。」
困った笑いをうかべる見水に、辰美も笑った。
「──そういえばあの神社、かなり昔からあったみたい。ほら、あの……」
挙動不審に声を小さくして彼女は言った。
「ああ、怖い思いした神社?」
「平安時代あたりからあるらしくて、越久夜間山にある神社と同じぐらい歴史があるみたい。」
「へえ、すごいじゃん。調べたの?」
赤目のカラスにそそのされて訪れた越久夜間山。あの神社も時代を感じさせるものがあった。
ワビサビというものだろうか。時代を重ねた威圧感、そんなものが宿っているように思えた。
「うん。図書館の郷土のコーナーに本があって。で、土地を守る神さまが祀られているみたいで─私が考えたんだけど、怨霊を封じるために祀られたんじゃないかな?」
「じゃあ、怨霊は平安時代の人ってこと?」
「そうかもしれない。でも、なんで今の時代にいきなり現れたんだろう?」
二人で目撃した鬼神。今まで(辰美が引っ越してからになるが)あの神社に変わった出来事はなかったはずだ。それがこの時期に突然、狛犬が破壊されたのだ。
「それに子供だったし、よくわかんないよね。」
「平安時代の事がかかれた本を探せばいいんじゃない?」
「いつになく乗り気だね。」
「ま、まあね。」命がかかっているのだ。
「…郷土史のコーナーにはなかったから、やっぱ緑さんに聞くしかないかなあ。」
見水の緑に対する頼る行動が日に日にエスカレートしていくが、本人は気づいてるのだろうか。辰美はあいまいな笑みを作ってみせたが、それを同意と受け取ったみたいだ。
「じゃあ、シフォンケーキ食べたら行こう!」
「うん。」
(課題、今回も終わらなそうだ……。)
川口謙二著『日本の神様 読み解き辞典』を参考にしました。




