鬼神 2
"鬼神"と名乗った少女はゆらりと体を起こして、黒い不思議なモヤとなり消える。その場の空気が歪んでくぼんだように、少女は消えたのだ。そして再び台座のうえにモヤが現れ、人のシルエットを形作るや腰を下ろした状態で現れた。
冷静な光をともした瞳がうすぼんやりと光っている。
前に神社で出会い食われそうになった時の狂気に飲まれた眼光とは訳が違った。
「この前と随分雰囲気が違うね。」
「いつの雰囲気だい?」
「え?この前会ったじゃない。」
鬼神は気だるそうにニヤリと笑った。鋭い牙が唇から除き、人ならざる者だと再認識せる。
「この地に未来も過去もなく、ここは時間という概念が機能しないのだよ。」
「まあ、なんとなく察する。だってこんな空見たことないし。」
非現実的な淡い紫色の光る夜空を仰ぐ。雪が降る冬空とはまた異なる、雲ひとつない晴天である。お誂えした青白い月が弱々しく石畳を照らしていた。
─月がやけに薄ぼんやりとしているように思えた。都内で見た月とは異なる異様な月だった。越久夜町に来てから月はあんな風に弱々しいものに感じていた。
(あれ、私は前も同じ事を言ってたような?)
明瞭としない記憶に辰美は首を傾げる。自らの所持している記憶とは別に、何かが眠っているような…。
「夢を基盤とした異界では、人間をいとも簡単に操れるようだ。君のように無意識の状態で呼び寄せられた。ただし邪魔が入る場合もあるらしい」
先程の干渉者は呼んでいないと。
「何を企んでいるのよ。食べるつもり?」
「食べるつもりは今はないよ。再び"役割"に縛られてしまったからね。」
(役割?)
幼い声音と裏腹に口調は大人びている。神様は子どもの姿で現れるのは本当のようだ。
「少し自暴自棄になっていたんだ。」
少女は憂いを帯びた口調で言う。
「えっ」
「半身を失ってしまったからね。今や私には何もない。希望も、未来も。」
「半身?」
「私には絶望と苦しみ、そして怨恨しかない。そのような存在に時空は変容しない。そう。役割に、駒になったとしても私には何も出来ないのだ。」
彼女は狛犬が座っていたはずの台座の上で、虚ろに言い放った。
「他の時空の私ならば、何かを成し遂げようと躍起になったかも知れないな。」
「アナタも時空の存在を知っているの?」
「ああ、とある者に教えてもらった。傍観者という者に。犬の姿をした不思議な生命体にね。」
ああ、と辰美は納得する。あの犬人間だ。
もしや越久夜町の大体の人に絡んでいるのでは?──そんな考えが過る。
「私も教えてもらったんだ。ソイツに」
あの犬人間は"傍観者という者"であるらしい。傍観者が一体何をするのかは分からないが…。
「──君は余所者のようだね。」
「まあ、都心から来たっちゃあ来たけど…」はっきり言われるとなぜだか傷つく。辰美は苦笑いをしつつも、口を開こうとした。
「私は異国からきた者、だった。」
彼女はポツリと言う。
「はるかな遠い場所からきた。私は………私、は──私は消えるのだ。灰のように、あるいは砂のように。時空よりも先に。」
平生さが崩れ始め、辰美は嫌な予感がした。
「えっ」
「死ぬのは嫌だ。消えるのは嫌だ」気がつけば眼前に鬼神がおり、ガッと右腕を掴まれていた。冷めていた瞳には再び狂気が宿っている。あの見水と出会った時と同じだ。
「いたいっ」
ギリギリとものすごい力を込められ困惑した。骨が折れてしまいそうな握力に人ならざる者のパワーを体感する。
「や、やめて!」
悲痛な訴えに鬼神は少し正気に戻ったようだった。そしてだらりと腕をおろし、絶望した様相で言い放った。
「ならば私を見つけてみせよ。さもなくばお前を喰う。」




