第九話
巨大な洞窟は、その距離においても、長大なものだった。
四人の冒険者は、まるで自分たちが小人になったような心持ちで、うねり続く巨大な赤土のトンネルを歩み、進んでゆく。
この洞窟に足を踏み入れ、少しした頃から、その音は聞こえていた。
奥に進むにつれて徐々に大きく聞こえてくるようになる、その暴風の呻き声のような音は、あるいは巨人のイビキのようにも聞こえ、洞窟の主がこの奥に確かにいることを、冒険者たちに悟らせる。
冒険者たちが慎重に注意深く、分を十ほど数えるぐらいの時間をかけて洞窟を進んだ頃、彼らの視界に、その恐ろしい生き物が姿を現した。
そこまでの洞窟のトンネルすらも、冒険者たちにとっては巨大なものだった。
しかし、たどり着いたその終点にあった空間は、その巨大トンネルすらも確かに通路でしかなかったのだと、あらためて思わせる広大な場所であった。
大貴族の城の舞踏会場のように広い、その赤土の大広間の奥に、赤くて巨大な生き物が、とぐろを巻くように鎮座していた。
その生き物は、小さな虫けらが数匹、自分の棲み処へと入り込んできたことを知り、静かにその瞳を開く。
ドラゴンであった。
全身を赤い鱗に覆われたそれは、人を握りつぶせるほどの巨大な鉤爪と、牛馬を咬み千切れるほどの獰猛な牙と、家屋を叩き潰せるほどの凶悪な尾を備えていた。
このドラゴンによる被害は、まだ近隣の村落が二つ壊滅しただけだというが、この生き物がその気になれば、数千や万という数の人が住む大都市ですら、瞬く間に灰塵に帰するのではないかと錯覚させる。
そのドラゴンが、開かれた金色の瞳で矮小な人間を見下しながら、ゆっくりと身を起こす。
巨大な空間の入り口で、赤髪の少年がぶるりと一つ震え、エルフの少女が半歩わずかに後ずさり、獣人の少女がその手にした杖をぎゅっと握りしめる。
ただ、銀髪の少女だけがその腰から剣を抜き、前へと歩み進んでゆく。
十分に身を起こしたドラゴンが、目の前の小さき存在たちに向けて、その口を開く。
人間ども……我が領域に足を踏み入れたこと、万死に値する……。
地が震えるほどの声が、その場を支配する。
これにはさしものトリーシャも身震いをするが、だからと言って、それを恐れることはない。
死の恐怖への覚悟は、とうに済ませていた。
少女はもう一つの恐怖に立ち向かうべく、口を開く。
「アシュレイ、リネット、メイ……お願いがある。何があっても、何を思っても──この戦いの最中だけは、ボクに協力してほしい……」
三人の冒険者に背を向けて歩む銀髪の少女。
その鈴のような美しい声は、しかし少し、上擦っている。
一体何を当たり前のことを言っているのか──そう訝しむ三人に、トリーシャは二の句を継ぐ。
「この戦いの間だけでいいんだ……お願いだから──」
少女の内側から、禍々(まがまが)しい紫色をした何かが、あふれ出す。
それは少女が身に着けていた軽装鎧の留め金を弾き飛ばし、その衣服をすべて焼き切った。
頭部からは、湾曲した二本の黒い角が生える。
背中の肩甲骨付近からは、蝙蝠の翼を拡大したような一対の黒い翼が。
尻の上からは、太く逞しくしなる黒い尻尾が。
服が焼き切られ裸身となったその肢体には、紫色の昏い光の渦が、蛇のようにとぐろを巻いて絡みつく。
そうして、完全に変貌を遂げた銀髪の少女は、三人の冒険者たちに背を向けたまま、少しうつむいて呟く。
「お願いだから──ボクを嫌わないで」