第十話
「その姿……トリーシャ、魔族だったんですの……?」
さしものリネットも、驚きを隠せなかった。
「人」と「魔族」との関係で言えば、エルフや獣人は「人」に属するのである。
人にとって、魔族と対峙することは、すなわち「死」を意味する。
自分の命をたやすく刈り取れる存在を目の前にして、恐怖をするなというのは、無理な要求でしかない。
「……今まで黙っててごめん。でも、できることなら、ずっと黙っておきたかったんだ。ボクはずっと、ただの冒険者でいたかったから」
そう語るトリーシャに対し、リネットは、かける言葉を見つけられなかった。
魔族だろうが人間だろうが関係ない、トリーシャはトリーシャだ──そう言ってやりたかったが、リネットはそれを、心からの本音で言えなかったのだ。
トリーシャという少女は、常に心に壁を作っていた。
自分の心の領域の、一定の場所から先には、絶対に他者を踏み入れさせない。
無理やりこじ開けようとしても、彼女はそれを許さない。
だからリネットにも、トリーシャという少女の心の底が見抜けなかった。
そしてゆえに、トリーシャという少女の本質を信じ切れずにいたのだ。
気のいい友人だとは思っている。
いや、そうであってほしいと思っている。
だけど、あの魔族の姿で、突然口元をつりあげ、その手刀でリネットの胸を貫き心臓をつかみ取ろうとも、それもおかしくないと思ってしまう。
リネットにはそれぐらいに、トリーシャの本性が見えていなかった。
だから、言えない。
あなたが何者であっても、私はあなたを信じると──そう言ってしまえば、それは嘘になってしまうから。
だけどそのとき、リネットの前に立つ、赤髪の少年が叫ぶ。
「──嫌うわけねぇだろ!!」
それは力強い言葉だった。
心からの、本心からの、疑いのない言葉だった。
「どんな姿になろうと、トリーシャはトリーシャだろ! そりゃあお前のその姿を見たら、心無い言葉をぶつけてくる奴だっているかもしれない! でも、俺たちをそんな奴らと一緒にするなよ!」
ああ……とリネットは感嘆する。
彼は、アシュレイは間違っている。
「俺たち」と言った中には、自分やメイも含まれているのだろうが、実のところ自分は、「そんな奴ら」と一緒なのだ。
だけど、と思う。
今のトリーシャに向けてやるべき言葉は、間違いなくあの言葉なのだ。
そしてそれには、疑いを持たせてはいけない。
そう思ったときに、リネットは嘘をつくことを決めた。
「アシュレイの言う通りですわ。あまりわたくしたちのこと、侮らないでいただけます?」
そしてそのリネットの言葉に、メイも続く。
「……魔族は、怖いです。でもトリーシャさんは、魔族でも大丈夫です!」
魔族の姿のトリーシャは、しばしの間、何も言わなかった。
その間に、彼女は何を考えたのだろう。
そして、背を向けた彼女から涙声で発せられた次の言葉は、こんなものだった。
「……でも、ボクの仲間だと思われたら、みんなだって、魔族の仲間だと思われるかもしれない……」
──ネガティブすぎる!
リネットはだんだんイライラしてきた。
あの娘は、どうして自分から自分を不幸にするための理由を、一所懸命に探そうとするのか。
だが、リネットが口を開こうとしたとき、アシュレイがそれに先んじた。
「──ああもう! だったらこう言ってやるよ! ──トリーシャ、俺はお前のことが好きだ!」
──うわぉ。
リネットは心の中で、快哉のラッパを吹いた。
背を向けていたトリーシャが振り向く。
アシュレイが、魔族の姿をした少女の元につかつかと歩み寄り、その少女の半裸の体を腕ごとぎゅっと抱きしめた。
瞳に涙をためた少女の顔が、ぐちゃぐちゃに歪んでゆく。
「トリーシャと一緒に冒険がしたいんだ! お前と一緒にいたいんだ! だからもう、『ボクはボクでどうするかを決める』なんて、他人事のように言わないでくれよ──同じパーティの、仲間だろ!」
論理はめちゃくちゃだった。
というか、モノを言う順番が相当おかしい。
でもリネットは、ああ、アシュレイらしいなと思った。
そして、効果は覿面だろうな、とも。
こういうときは、理屈よりも勢い、そして心が正義なのだ。
「……ボクを……受け入れてくれるの……?」
その問いに、アシュレイは腕の中から少女を解放してから、力強くうなずく。
トリーシャは、完全に恋する乙女の顔をしていた。
落ちたな、とリネットは直観する。
ならばもう、この件でやきもきするのはおしまいだ。
リネットはパンと一つ、手を叩く。
「はいはい、恋愛物語はおしまいにしましょう。──お客様が、首を長くしてお待ちですわ」
リネットはその視線を、二人の先へと向ける。
そこには、小さき冒険者たちの一幕を、悠然と眺めている大いなる存在の姿があった。
トリーシャが、アシュレイが、毅然と前を向く。
顔を赤らめて二人の様子を鑑賞していたメイも、表情を引き締めて杖を握りなおす。
四人の冒険者の顔からは、恐怖が消え去り、決意だけが満ちていた。
何としてもあの敵を打ち倒し、みんなで一緒に、あの街の酒場に帰るのだと……。




