第十二話
トリーシャは、メイの魔法によって強化された敏捷性を最大限に活用して、ドラゴンを翻弄して回った。
後肢への三度目の切りつけで、ついにドラゴンの体勢を崩させたかと思うと、さらにトリーシャは背中の翼を羽ばたかせて飛び上がり、ドラゴンの翼、首筋、前肢などを手当たり次第、縦横無尽に切りつけてゆく。
そしてその都度、ドラゴンの切られた肉体が傷口から氷結し、ドラゴンの生命力を徐々に奪ってゆく。
──トリーシャは、目まぐるしく動く景色の中、どこか楽しさのようなものを感じていた。
これほどの速度で飛び回るのは、初めての経験だった。
仲間からの魔法の援護で、自らの力が向上する。
その力でトリーシャがドラゴンを引きつければ、隙を見出したアシュレイがドラゴンの足元へと切りつける。
アシュレイの剣にも氷結魔法が掛けられており、トリーシャの一撃ほどではないにせよ、無視できない程度の傷を与えてゆく。
ドラゴンはがむしゃらに鉤爪や牙、尻尾を振り回して攻撃してくる。
トリーシャは空中で、それらを悠々と、ときにはギリギリで回避してゆく。
ゴウッという唸りをあげて、巨大な鉤爪が、トリーシャのすぐ目の前の空間を薙いでゆく。
トリーシャはそれに冷や汗をかきながらも、一方でその口元は、楽しくてたまらないという風に緩んでいた。
一つ動きを間違えば、トリーシャの体はドラゴンの攻撃に捉えられ、今度こそ命にかかわる重傷を負うかもしれない。
そのひりつくような緊張感の中で、しかし、トリーシャの興奮は高まってゆく。
仲間たちからの魔法の援護が、さらに重なる。
メイからは筋力を強化する魔法が。
リネットからは炎から身を守る障壁が与えられる。
トリーシャはドラゴンの上空を飛び回り、その巨大な翼を氷結剣でズタズタに切り刻んでゆく。
そしてトリーシャに気を取られたドラゴンの隙を的確に突き、アシュレイがさらなる追撃を叩き込む。
足元の雑魚を、いい加減潰そうと考えたドラゴン。
その意識が、わずかにトリーシャから外れる。
トリーシャはその隙を見逃さず、ドラゴンの頭部目掛けて、燕のごとく滑空する。
そしてその勢いで、ドラゴンの眼球に深々と剣を突き立て、引き抜いた。
片眼を潰されたドラゴンは、ひと際大きな絶叫をあげ、のたうち回る。
やみくもな攻撃の巻き添えを食うまいと、トリーシャとアシュレイの二人は一時退避し、ドラゴンから距離を取る。
地上のアシュレイが親指をグッと立てて見せてきたので、空中のトリーシャも満面の笑みで、同じようにサムズアップを返す。
(──ボクは今、一人じゃない……! みんなと一緒に戦ってるんだ……!)
それはとても気持ちのいいリズムの、ダンスを踊るようだった。
命懸けの戦いを、命を奪う戦いを楽しいと感じることは、不謹慎かもしれないし、魔族的な本能であるのかもしれないとも思う。
しかし、だとしてもトリーシャは、一人で戦っているときには感じえなかったその楽しさを、愛おしく感じていた。
──戦いの趨勢は、確実に冒険者の側へと傾いていった。
片や、時間の経過とともに魔法で重層的に強化が積み重ねられ、負傷をしても魔法で治癒される。
対するドラゴンは、莫大な攻撃力と鉄壁の防御力、それに膨大な生命力を持っているとはいえ、その力も有限である以上は、やがては尽きるしかない。
そしてついに、その時がやってくる。
ドラゴンが最後の力を振り絞り、その口から灼熱の炎を吐き出す。
狙いは、ドラゴンの前をうろちょろと飛び回っていたトリーシャだ。
(まずい──かわしきれない……っ!)
トリーシャがそう直感したときには、少女の全身は劫火に包まれていた。
それを見た仲間たちが、喉が枯れんばかりの悲鳴を上げる。
──しかし。
「──うあああああああっ!」
炎の中で発せられた少女のその声は、悲鳴ではなく、雄叫びだった。
魔族の姿の少女は、岩をも溶かすドラゴンの炎の中を逆進し、その大きく開いた口の中へと自ら突っ込んでいった。
そしてドラゴンの口の中に侵入した少女は、その手の剣を、頭上目掛けて思い切り突き立てる。
冷気をまとった剣先がドラゴンの上顎を貫通し、その上部にあった脳を貫いた。
ドラゴンはついに力を失い、地に伏し、動かなくなった。
トリーシャは、動かなくなったドラゴンの口を内側から怪力で無理やりにこじあけて、どうにか外へと転がり出る。
そうしてばったりと、大の字姿で仰向けになった少女は、へとへとになり、全身には大やけどを負っていた。
リネットが急いで治癒魔法をかけると、そのやけどが癒やされてゆく。
同時に、気を抜いたトリーシャの体から魔族化が解け、まっさらな人の姿へと戻っていった。
「えへへ……やったね、みんな」
トリーシャはぐったりと仰向けに倒れたまま、駆け寄ってきた仲間たちに向けてVサイン。
トリーシャが仲間たちと、初めて勝利を共有した瞬間だった。
ところで、そのトリーシャの姿を見て、なぜかアシュレイは、顔を赤くしてくるりと後ろを向いてしまった。
「ん……?」
トリーシャは疑問に思って、自分の体を見る。
するとそこには、白い肌を惜しげもなくさらした、完全に素っ裸の少女の姿があった。
「ひっ──いやああああああああっ!」
巨大洞窟の中で、少女の悲鳴がこだました。




