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第十一話

 巨大なる洞窟の主の声が、響き渡る。




 ……なかなかに、面白い余興であったぞ、半人半魔の娘よ。

 ……我は今、機嫌がよい。

 ……今すぐ立ち去るのであれば、なんじらのはかなき命、見逃してやってもよいぞ……。




 ドラゴンの口が開き、地響きのように鳴り響く声を発する。

 トリーシャはしかし、その提案を決然と否定する。


「断る。ボクはここに、人でないものに成り下がらないために来たんだ。……でも、もしお前がこれ以上、人の命を奪わないと誓うなら、ボクも無用な殺生せっしょうをするつもりはない」


 このドラゴンの暴虐ぼうぎゃくで、すでにこの火山の近隣の村が二つ、壊滅したという。

 それによってすでに奪われた村人たちの命は、帰ってはこない。


 しかし応報による殺戮さつりくを繰り返すことが、人の道とも思いたくはない。

 今現在、怒りや憎しみに囚われているわけでもないトリーシャにとっては、そこが引くべき一線だった。


 だが、トリーシャのその提案は、竜の誇りをないがしろにするものであった。




 ……思い上がるな、小娘。

 ……矮小なる者の分際で、我が行動を束縛しようなど、不遜ふそん極まる。

 ……興も削がれた。……死ね。




 そしてドラゴンは、耳をつんざくような莫大ばくだいな音量の雄叫びをあげた。


「──来るぞ! 散れ!」


 アシュレイが叫ぶが、それはドラゴンの雄叫びにかき消され、ほとんど声にならない。

 しかしリーダーの意図は通じ、四人の冒険者はそれぞれ、広間の左右前後へと散開した。




 冒険者たちの中でも、魔族の姿を現したトリーシャの動きは、格別だった。

 弓から放たれた矢のような人間離れした速度で一足飛びにドラゴンの懐へと飛び込むと、立ち上がったドラゴンの後肢うしろあしの片方へと、剣で切り掛かった。


 ──ガキンッ、と、金属同士がぶつかったような音が響く。

 トリーシャの剣による一撃は、その力をドラゴンの鱗によって大きく減殺され、後肢の肉に浅く食い込んだだけの結果に終わった。


「──ぐっ、硬い……!」


 トリーシャはドラゴンの肢から剣を引き抜き、すぐさま大きくバックステップを踏む。

 直前までトリーシャがいた場所を、ドラゴンの前肢の鉤爪がぎ払った。


 ドラゴンの鱗の硬さは、騎士が身に着ける完全鎧プレートアーマーに匹敵するか、あるいはそれ以上であるとも言われている。

 並の人間の剣では、その肉体に傷一つ付けることすら及ばないのである。


 しかしそのとき、トリーシャが手にした剣に、青白い魔法の光が宿った。

 それは剣の周囲の大気中の水分を氷結させ、剣の軌跡にキラキラとした輝きの粒を舞い散らせる。


「トリーシャさん! 剣に冷気を与える魔法をかけました!」


 トリーシャの背後から、メイの声が聞こえてくる。


「助かる!」


 トリーシャは再び前へと踏み込み、先ほど切りつけたのと同じドラゴンの後肢へと剣を叩きつける。

 その剣は先ほどと同じく、その肉に深く食い込ませることはできなかったが、しかし剣が食い込んだ傷口が、ピキピキと音を立てて霜に覆われてゆく。


 ドラゴンは苦悶くもんの叫びをあげ、暴れ回った。

 ドラゴンの肢から剣を引き抜いたトリーシャは、むちゃくちゃに襲い掛かってくる二つの前肢による嵐のような攻撃をどうにか回避し、さらには噛みついてくる巨大なあぎとをもバク転をすることですんでのところでしのいだが、そのあとに横殴りに襲い掛かってきた巨大な尻尾の一撃を、直撃で受けてしまった。


「がっ……!」 


 木の幹を振り回したような一撃を横胴に受けたトリーシャは、そのまま猛烈な勢いで吹き飛ばされ、洞窟の横手の壁へと激突した。

 城門に破城槌はじょうついを打ち込んだような轟音ごうおんを立て、洞窟全体が振動する。


「──トリーシャっ!」


 暴風のように大暴れするドラゴンに近付けずに、その近くで飛び込む隙をうかがっていたアシュレイが叫ぶ。


 トリーシャのような人間離れした俊敏さを持つのでなければ、ドラゴンに近接戦を仕掛けるには、よほどの好機を待つ必要がある。

 そうでなく懐に飛び込んだなら、それは勇敢ではなく、単なる自殺だ。

 しかし、そうであると分かっていても、アシュレイは自分の無力さに苛立っていた。


「がはっ、げほっ……はぁっ、はぁっ……だ、大丈夫……なんとか……」


 横胴に絶望的な重撃を受け、さらに洞窟の壁に背中と頭をしたたかに打ち付けたトリーシャだったが、それでも致命傷にならずに済んでいるのには、二つの原因があった。


 一つは、トリーシャの裸身をとぐろを巻くように覆っている、魔族の力による防御。


 そしてもう一つは、同様にトリーシャの全身を覆っている、淡く白い光の膜による防御だ。

 これはリネットが行使した、防護の魔法の効果である。


 しかし、それらの防御があってなお、ドラゴンの一撃を受けたことは、重大なダメージになる。

 手で片腹を押さえつつどうにか立ち上がったトリーシャは、大丈夫と言いながらも苦悶の表情を浮かべていた。

 その実、肋骨ろっこつが数本折れ、後頭部からは血を流しているのである。


 そのとき、トリーシャの頭上から、暖かい光が降り注ぐ。

 その光はリネットが使用した治癒の魔法の光であり、トリーシャが受けたダメージを癒してゆく。


 完治ではないが、満足に動ける程度に回復したトリーシャは、地面を蹴り、再び矢弾のようにドラゴンへと向かってゆく。


 そのトリーシャに、新たな魔法の力が宿る。

 メイが行使した、敏捷性を向上させる魔法である。


 ──熾烈しれつな戦いはまだ、始まったばかりであった。


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