後編
私が向かいましたのが、ソフト○ンク社。座敷わらしさんの現在のお住まいでございます。あどけない顔で社長室のソファに座る着物姿の彼女は小学一年生のような姿をしておりますが、もちろん私のおばあさんより長生きなのです。
「先に言っとくけど、私そんな安い女じゃないわよ。この会社の犬が喋れるのだって、私のお陰なんだから」
これはまた厳しい対応をされてしまいました。ある程度予想はしていたのですが、やはり簡単には商談が進みません。
「わかっております。納得できるような給与をお互い相談していきましょう」
「わかってないわね。二言目には金・カネ。いつもそうよね人間は。そんな紙切れ問題視しないわよ、私は」
座敷わらしさんはプライドが高く気難しい方とは存じていました。しかしこれは・・・一筋縄では・・・
「一筋縄でいかなくて悪かったわね」
「えっ―――」
「相手の心ぐらい読めないと座敷わらしなんかやってられないわよ。人間の幸せなんて人それぞれなんだから」
彼女は鬱陶しそうにそういいましたが、その言葉には座敷わらしとしての誇りがあるのでしょう。
「・・・あんたさ、それで幸せなの? ムリヤリ、自分が恵まれてるって思い込んでるでしょ?」
思い込んでる・・・何のことでしょう。もしかして心が読まれたのでしょうか?
彼女は透き通る小さな瞳で私を見つめます。
「自分が今何故仕事をしているのかわからない。出世できたのはいいけど、責任ばっかが自分を追いつめて、何事も丸く収めようとする考えしか出てこない自分がイヤになる。それが本音でしょ?」
私が悩んでいることを彼女は容赦なくズバズバ当てていきます。商談先の相手からそのようなことまで見透かされていたと思うと、驚くのも通り越して感心するばかりです。
「ですが、それが仕事ですから」
自分に言い聞かせるように、私は答えました。この言葉を、一体何度使い古したでしょうか。
「よく言うよね、人間は。『仕事だから』ってやりたくもないことやらされて。理解でいないよ私は」
―――やりたくもないことやらされて・・・
商談先の相手に、迂闊ながら不快感を表してしまいました。彼女は私の心が読めるというのに。
やらされているわけではない。反論しようとは思いましたが、口を噤んでしまいました。では、私は何のために我が社で働いているのでしょうか。
「どうして働いているのか。人間で理由付けが好きだよねぇ。何故自分は生まれたのか、何故自分は生きているのか。そんなの決まってないのに」
「決まっていない、のですか?」
興味深い話だと思いました。人である私にはわからない、妖怪として何百年も生きた彼女だからこそ言えることなのでしょう。
「当たり前でしょ。人間は六十億人もいるのよ、神さんだって八百万しかいないのに。一人一人に理由付けするなんてサービス残業もいいとこじゃない」
「なる、ほど・・・」
わかるような、わからないような・・・
「大体ねぇ。人間ぐらいよそんなに理由付けしたがるのは。そんな妖怪見たことないし。フェアリー共だってきっとそうでしょう?」
ふと日常を思い出します。幻獣たちはとても自分勝手で私はいつも振り回されていますが、彼らはとてもマイペースで自分に迷っている者は見たことがありません。
「河童は川を流れるだけだし。私は座敷わらしだから人間を幸せにしてやる。あんたたちは『人間』だから人間らしく生きる。それだけじゃない」
さすが職人気質、豪快な方だと私は思いました。普段なら「そんな単純なことではない」と一蹴りしてしまいそうなことでも、無視できない気迫があります。
「あんたは、あんたらしい仕事をすればいいんじゃないの?」
「私らしい仕事・・・」
思い出します。初めて幻獣に会ったときを。あれは確かペガサスでした。雪原で会ったその神々しさ。触れ合ったときは天国にいるような感覚で、人では超えられない神秘の力に魅せられたことを、次々と思い出されます。
あの感動を外の人にも味わってほしいと思った。私が魅せられたものをもっと広めたかった。
あの時はその気持ちで心がいっぱいだった。
「ちゃんとあるじゃない。あんたらしい仕事」
彼女は気前良く笑いました。その笑みは表裏無く純粋で、彼女の幼い容姿に似合い過ぎるほどでした。
実年齢を忘れさせる愛らしい笑顔を、私は素直に可愛いと思いました。
「そうですね」
私は明るくはっきりと答えました。
詩的な表現かもしれませんが、大切なものをもう一度見つけ出せたような気がしました。
私がやりたい仕事。私が目指す仕事。
人間と幻獣がお互いに創り合う幸福。
やりたくない仕事もあるでしょう。つらいだけの無益な仕事もあるでしょう。
けれどより大きな目標につながるのなら、私は喜んで頑張ろうと思います。それをできるのが、人間です。
「・・・いい顔するようになったね。今のあんたなら、手を組んでやらんでもない」
「本当ですか!」
彼女は私の顔を見てうなずいてくれました。
「まぁ、人間を幸せにするのが私の役目だし。面倒なことは全部あんたが責任とってくれるんでしょ?」
座敷わらしさんは舌を出して笑いました。その笑みを眺めながら、私はふと考えます。
もしかして今、彼女は私を幸せにしてくれているのではないかと。
「ありがとうございます!」
それから、商談の具体的な内容まで座敷わらしさんとお話しすることができ、社内に帰ることができたのは日も暮れた頃でした。
私は自分のデスクに座り安堵の一息をつきました。黒いディスプレイが私の顔を映します。商談前と違って私は無意識のうちに微笑んでいました。
「先輩、また遅かったですね。座敷わらしの件、長引きそうですか?」
私に話しかけてきたのは、赤鬼担当の部下でした。疲れた顔をしていますが、どこか誇らしげです。
「大丈夫だ。OKもらったよ。どっちはどうだ?」
「はい、お客様も赤鬼もトラ柄デニムで譲歩してくださるそうです。デニムも三日以内には完成するそうで」
「そうか、よくやったな」
私が珍しく褒めるので、彼は喜びも隠しきれない様子で自分のデスクへと戻っていきました。
この時間になると、第一管理部は落ち着きを取り戻しています。
―――ここが、私の職場。このオフィスが私の居場所。
ここから、私らしい仕事が始まります。
座敷わらしの『ハッピーガールプロジェクト』。必ず成功させて見せましょう。
人間と幻獣がお互いに創り合う幸福。
それが私らしい仕事ですから。
・・・では、そろそろ終わりの時間でしょうか。
本日は、私の一日にお付き合いいただき誠にありがとうございました。
私の一日を通じてご覧いただいた我が社は、いかがでしたでしょうか?
『ハッピーガールプロジェクト』。私らしい仕事で皆様に幸せをお届けいたします。
他にも多数の幻獣たちが、皆様のお役に立つことと幸福を保証して、お待ちしております。
我が社、幻獣派遣サービスでございます。