case1# SHAKE HANDS -8/9
「……は」
こぼすだけが精一杯だ。そもそも、である。日本でテロが起きているなど、百々は聞いたことがなかった。しかも相手にした対テロ組織が、それが病院の地下で活動しているなどと、映画でも最近見ない。
「うそ、ですよね」
冗談にすら受け取れず、真顔で返す。
だが言い切った百合草の表情は変わらなかった。
「ごもっともです」
言葉がヒヤリ、百々のどこかを鷲掴みにする。
「本テログループに関する情報は現在、その一切が公表されていません。理由はテロのターゲットにあります。彼らが攻撃対象としているのは様々な『娯楽』。公にすれば大衆の不安をあおるだけでなく、いつ起きるかもしれないテロを避けて利用者が激減。伴い引き起こされる経済的混乱を避けるためです」
「客商売には致命傷だねぇ」
説得力は嘆く水谷にこそあった。
「たとえば北欧での温水プール天井崩落。北米での氷山崩落による事故。インドネシアでの吊り橋落下。国内ではジェットコースターのトラブルやケーブルカー事故。他にも世界各地で確認された事故、事件は三十三件。全て人為的なミスから引き起こされたものと報道されていますが、未然に防ぐ事ができなかった例の一部です。経てもなお、彼らの要求はいまだ不明。現在、把握できているのは『全ての娯楽に粛清を』の一文を掲げ、爆発物を使用するという手口と、もう一点」
百合草はデスクの向こうへと戻ってゆく。腰を下ろしたところでちらり、片側のドアへ視線を流した。ならばどちらが見計らったのか、ドアは開いてあの赤は姿を現す。女性は一人、男へ紙を渡すと再びドアの向こうへ戻っていった。その紙が似顔絵のコピーだと分かったのは、知る顔が透けて見えていたからだ。
「確かに、似ているような気はするが……」
眺めて男は呟き、今度は廊下側のドアが開いていた。
「失礼します」
入って来たのはお兄さんを追いかけ飛び出して行った黒髪の女性だ。
「申し訳ありません、見失いました」
後ろには百々の知らない細身の男性もいる。
「聞いている。監視カメラにもまだ反応はない。見逃したとは言いたくないが、経過時間からしてすでに逃亡したのではないかとみているところだ」
百合草は応じ、似顔絵は男の手から黒髪の女性へ渡された。受け取った女性もしばし描かれた顔を凝視する。
「たく、あれじゃ、シコルスキーの意味がないね」
ぼやく声は、ドアを閉めた細身の男性のものだ。
「ここは市街地だ。砂漠のど真ん中とは違う」
返す百合草の一瞥は厳しく、百々はといえば、向かいで似顔絵へ首をひねる女性へ身を乗り出していた。
「え、違いますか?」
なにしろ描かせたのは自分である。
「そうね。あたしが間近で見てないだけかもしれないけれど」
「ちょ、ちょっと貸してください」
半ば奪い取るかっこうで手にしていた。百々も似顔絵を凝視する。
「ああこれね」
細身の男性も言って背後からのぞき込んだ。
「俳優のオオタジじゃないのか?」
言葉にポンと手を打ったのは水谷だ。
「ああ、そうそう。そう見ればよく描けてる」
とたん、百々の全身から吹き出すのは「変」な方の汗で間違いない。いや確かに似ているなとは感じていたのだが、しかしそう思って見れば見るほどしっくりくるということは、そうじゃなかった。
「いや、あれ? って、似てはいたんですけれど。んん? あは、あは、はは……」
笑って済むのか。いや、済まないだろうから全力で笑うことにする。
「わたしだ。手配中の似顔絵は保留だ。かわりに、あくまでも俳優のオオタジに似ているとだけ伝えてやってくれ」
デスクの受話器を取り上げた百合草だけが、至って冷静に事態を処理していた。
「す、すみません」
とドアは廊下側で再び開く。タンクトップは部屋へ飛び込んで来ていた。




