case6# He said "SO WHAT ?!" -6/10
赤茶けた大地。枯れたその色が飛ぶように眼下を流れる。
切り裂いてハイウェイは一本、なぞる影と共に地平の果てまで伸びていた。
落として一機のヘリは今、CCT職員を乗せアメリカ合衆国、ネバダ州の上空を飛んでいる。
出立ギリギリまで進められた事情聴取と押収物の調査から、強襲者七名のつながりはサバイバルゲーム愛好者だと判明していた。彼らはリーダーとなる一人の声掛けに名乗りを上げると、当日までは顔すら合わすことのない他人同士だったらしい。
やり取りは、リーダーを中心にメールやチャットを使用。そこから SO WHAT と繋がりを持つ者はリーダー格の一人と断定され、しかしながら家宅捜査も含め手掛かりは、いまだ何一つ得られていない。すなわり全ては証言に頼るしかなく、だからこそ当の本人をはじめ賛同した有志六人は、榊同様、二十四日をご褒美と修行僧のごとくだんまりを続けていた。
こう着状態のまま迎えた二十二日。ついにオフィスの移動は始まっている。オペレーターと曽我、そして乙部がひと足先に現地へ飛んだ。
遅れること翌日の二十三日。百合草を含む残りの面々は日本を発っている。向かったのはアメリカ合衆国カリフォルニア州、ロサンゼルス。さらにそこからほどなく離れたハリウッド地区かと思いきや、赤い大地が示すように実際は違っていた。
それは開催三日前のことだ。アカデミー賞運営委員会は、毎年ハリウッド地区にあるチャダックシアターで行われるアカデミー賞授賞式を、急遽ラスベガスに変更すると発表している。変更はいうまでもなく準備を進めていただろう SO WHAT への攪乱が目的だ。ラスベガスが選ばれたことも、砂漠の真ん中の街へ乗り入れるルートが数本のハイウェイと鉄道、マッキャラン空港に限られているためで、警備にうってつけだった。加えてギャンブルを一大産業に掲げているのがラスベガスだ。普段より治安への配慮も厚く、カリフォルニア州とも時差がないことで組まれたテレビプログラムへの配慮も必要ないという。
しかしながらそんなラスベガスへは直行便だけがなく、おかげで数時間かかるトランジットを端折るべく、こうしてヘリは飛ばされていた。
荷物は後から届けられる段取りだ。そもそも観光でないならオシャレも何も、そこに詰められた物のほとんどが不要だろう。身分証と端末だけを携え百々は、『20世紀CINEMA』で奔走していた十日間の遅れを取り戻すべく資料の読み込みに没頭する。覚えた疲れに、ヘリの窓から一面の赤い大地を眺めた。
機内は、乗り込む前も乗り込んだ後も、気安く声をかけられるような雰囲気はない。
二時間を越えるフライトの中、乙部だけが不意に前を見ろと促す。身を乗り出せば伸び続けていたハイウェイの先だ。砂漠の真ん中に忽然と街は現れていた。
ラスベガスだ。
機体が高度を下げてゆく。大きく傾いで右旋回。着陸態勢へと入っていった。
街のメインストリート、通称ストリップに面して建てられたホテル「メイヤード」は、いわゆるリゾート型の豪華なホテルだった。
着陸したマッキャラン空港から北へ五キロ。仮のオフィスはその三十二階スイートルームに設置されているという。
「お疲れ様でした」
日本を発って一日足らず。迎えてドアを開けた曽我に安心感を覚えるのはもう、条件反射だ。
豪華であるはずの部屋はすでに、運び込まれた機材でその欠片もなくなっていた。カーテンも閉め切られていたなら、進められている機材の最終チェックにはもう既視感さえある。
「各端末、地元警察、消防、連邦局、管制とヘリ、当日、放送局各チャンネル、各所通信を始め、必要なものは全て集まっています」
百合草へ通り一遍を伝える曽我の声を聞きながら、百々もここがこれから二日間、オフィスになることを体へすり込んでいった。
「連邦警察は?」
切り返す百合草は、部屋の隅に追いやられたソファへ向かっている。
「現在、空港と主幹道路からのチェックを続行中。SO WHAT とは別件ですがその際、四州で手配中の容疑者を拘束したそうです」
顛末は警戒網が機能していることを示していた。
「明日は不審者、危険物検知を担当。交通規制、ボディーチェックにかかる地元警察と連携を取る予定に変更はありません」
「中は我々のみか。何かあれば全てこちらのミス、というシナリオにも変更なしだな」
部屋に散らばっていた誰もがいっとき動きを止める。
ただ中で百合草は、どっかとソファへ腰を下ろしていた。
一瞥したハートの手が、カーテンを薄く開いている。並んで百々も真下に横たわるストリップを見た。挟んだ斜め向かいに建つのは巨大な噴水を真正面に据えた「ホテル・ハリウッド・プラネット」だ。隣には、プレハブのような平屋がある。いわずもがなそれが急遽変更されたアカデミー賞授賞式会場、「シアター・ベガスビッグビューイング」だった。
「あれ、だよね」
確かめる声は自然、低くならざるを得ない。
ハートもただうなずき返す。
と、それは百合草だ。
「ギャンブルの街が舞台なら、うってつけの一仕事だ」
声に百々は振り返っていた。
「明日、我々が興ずるギャンブルの最終確認を、ここですませておく」
アカデミー賞授賞式は、ベガスビッグビューイングに三つあるシアターのひとつを貸し切りにして行われる。
リハーサルを含め、会場設営の準備完了は当日の正午を予定し、地元警察による交通規制と立ち入りのボディーチェックはその二時間後、十四時よりレッドカーペット周囲を中心に開始された。
とはいえ地元警察へは蜂起の事実も SO WHAT の存在も知らされていない。カバーして連邦局は動くと、独自の情報を元に危険人物の見出しに専念する。
双方からのチェックをクリアしたプレス陣がレッドカーペットの両脇を埋め終えるのは十六時半。同時刻にレッドカーペットもまた解禁された。
守られて有名監督や俳優陣は現地入りすると、黄色い歓声もひとしきり上がり終えた十八時ちょうど。テレビの生中継と共に式典は始まる。
放送は三時間。
何事もなければセレブたちはそれぞれの結果を手に、会場を後にする予定だった。
セクションCTはその中で、設営中の会場内警備や不審物チェックを、式典が始まってからは式典会場、バックヤード、舞台袖に分散しての警護を担当する。会場内には毎年しかれる警備体制を踏襲し、今年も通常の警備員たちも詰めることから、かいくぐってまで忍び込んでくる可能性は低いだろう、と百合草は語っている。しかしながら現れた時は確実に本懐を成し得る強者であることが予想される、とも付け加えていた。
そうした相手からセレブたちを守れ。
言葉は目的をより具体化し、否応なく士気を高めている。百々もまた思い出すバスボムの舞台挨拶に、スタンリー・ブラック監督を、その作品を守るのだと心に強く焼き付けた。
後にとられたインターバルは一時間だ。
時間ちょうどに連邦局、地元警察、双方の責任者と顔を合わせ、引き連れられてベガスビッグビューイングへ移動する。会場内警備の責任者へセレブ私用のシークレットサービスだと紹介されて、中へ入った。
平面図でしか確認していなかった劇場の、立体と周囲へ広がりゆく光景は新鮮だ。平屋のベガスビッグビューイングは、メインロビーの左右にシアターを配置する造りが『20世紀CINEMA』とよく似ており、すぐにも体に馴染んでくる。
さっそく手分けすると不審物のチェックに取り掛かった。
終了した午前四時三十分。外周、バックヤード、式典会場内部の巡回警備へ取りかかる。百々がテロリストにもまして手ごわい魔物が潜んでいることを知ったのも、この頃からだった。
立ったままで眠りかけ、百々はどうにか踏み止まる。
「っと、危なふ」
なにしろ日本を発ってからそろそろ二日が経とうとしていた。だが移動と打ち合わせが立て込んだせいで、いつ眠ったのか覚えがない。その貴重な仮眠の順番をレフは最後でいいと言っており、放って休めるはずもないなら百々も同行することになっていた。
しこうしてひとたび船は、眠りの海へとドンブラ漕ぎ出してゆく。
「……っと。らめら、限界がきてふ」
再び踏み止まった目をしばたたかせた。
「今晩には終わる」
返すレフは先ほどからあくびひとつ、かみ殺していない。会場は、並ぶ座席を覆って上げ底されると、ベルベット仕立てが豪華な座席が新たに据え置かれている。その後方から絶えず辺りへ目を光らせていた。
「ふぇ。なふか言った?」
などと返したはしから小春日和の窓際そのもの、百々の意識はまたもや遠のいてゆく。
「だ、はっ!」
のけぞりかけて持ち直したその身が取るのは、上段の構えだ。ポーズに我に返った脳内へ、「モウダメダ」の五文字も過ってゆく。
「あのら、眠くならないコツ、教えて」
乞うてみるが、レフに答える様子はない。
慣れ合う気はない。
言わんばかりの視線をチラリ、高みから百々へ投げただけだった。
理由など分かっている。
お前より百々の方がよく分かっている。
その場に居もしなかったくせに、言ったハートがよくなかった。いあつこそ「中途半端」だ。裏で話していたと想像するに容易く、おかげでレフの愛想悪さに磨きはかかっていた。それでいて百々を問い詰めようとしないのは、この場に立てた借りがあるためだ。それがよけいに百々のやりにくさを倍増させている。
進むリハーサルに周囲はいつしか極彩色だ。華やかなメロディーが大音量で鳴り響き、弾けて白く照明が暴れまわっていた。
「慣れだ。本土にいた頃なら一週間程度の不眠不休ならよくあった」
不意とレフが答えて返す。
聞いて百々は腑に落ちていた。本土と言えば消防士の頃だ。だのにうかうか寝ていれば、自分だって燃えかねないのだから仕方ない。
「ひと月だって燃える火事だもんね」
言っていた。
レフの目は、とたん動きを止める。ゆっくりとだ、警戒していた風景からやがて百々へと振り返っていった。
「どういうことだ」
問うものだから百々こそ「どういうこと」とはどういうことだろう、と反芻してみる。電撃は直後、百々の脳天を突いていた。何しろ「その話」はレフの口から聞いていない。だというのに「火事」などと、まったくもってしくじっていた。持て余していた眠気もじゅう、百々の中から干上がってゆく。
「ど、どういう、ことって?」
ぎこちないどころかカクカクとだ。動いて百々はレフを見上げる。
「火事だ」
ピンポイントで繰り返すレフに曖昧さはなかった。
「え、えと。あと、え、え。言ってなかったっけ。しょ、消防士だったって」
とぼけてみるが、それ以上、回転しているのがレフの頭だろう。
「俺は言っていない。店か。そこで聞いたということか」
「だっ、だったっけ。う、あ。その、なんだろ」
などと場所を明かしたのは、ドアを塞いでハートと対峙した時だけだ。よく覚えているなと感心する。いや、そんな所に心を砕くのは単なる現実逃避に違いなく、百々は力づく現実に立ち返った。だがその先、どう答えていいのかさっぱり浮かんでこない。
「お、お店でおごってもらったんだよね」
これでも誤魔化したつもりである。
通じるはずもなく、揺るがぬレフの視線に負けていた。
「な、何も聞いていないよ」
そこで決着は着く。レフの目から、とたん力は抜けていった。さげすむような冷ややかさを、代りににじませ無言となる。
見せつけられて百々は背筋を凍らせていた。己の下世話と愚鈍をただ悔いる。だが時すでに遅く、とどめとレフの口はそのとき動いた。
「お疲れ様です」
遮り、声は背から投げ込まれる。
「休憩の交代に来ました」
ストラヴィンスキーだ。押し開けた分厚い防音扉の前で、あっけらかんと手を振っていた。姿に、レフが吐き出しかけた言葉を飲み込む。これ以上のタイミングはもう一生訪れないだろう。
「た、助かりますぅ」
涙目で百々も命の恩人へ手を振り返した。連なりハナも姿を現せば、引き継ぎは何事もなかったかのようにすまされてゆく。その最後は十一時、通用口前集合、で締めくくられた。
メイヤードの一角に確保された仮眠室のカードキーが、ハナからレフへ手渡されゆく。つまり残るは同様のモノを頂戴するだけと、百々もストラヴィンスキーへここぞとばかりに尻尾を振った。
「六時間ほどしかありませんが、百々さんもゆっくり休んでくださいね」
が、あてがわれたのは有り難くもあり得ぬことに、ねぎらいの言葉だけだ。
「ええと、そのための、あたしの、部屋は?」
飲み込めず、百々は三段階に分けて首を傾げた。なら答えて返すストラヴィンスキーの笑みは、いつも通りが残酷となる。
「ああ、百々さん。それならレフと一緒でラッキーですよ。ハートとだったらイビキがうるさくて眠るどころじゃないですからね」




