case3# バスボム -6/8
「なんですってっ。車両不備って爆弾のこと、なんですかっ」
恐る恐ると見上げたそこに、見下ろす運転手の顔はある。
そらそうだ。声は大きすぎた。
だからしてノー、と言いた思いは山ほどに。しかしながら言ったその先こそ続きそうにないのだから、追い詰められて百々は笑った。
「え、えへっ」
しかもめいっぱい可愛く。
そのわざとらしさに運転手のまぶたが痙攣する。収まるのを待たずして、ハンドルへとしがみついた。
「今すぐバスを止めます!」
判断は正しい。だが正しくないのだから百々はステップを駆け上がっていた。
「ダ、ダメっ。爆発するっ」
声に今度は年寄りたちが、座席の間で振り返る。つんのめるような勢いで運転手もまた、アクセルを踏みなおしてみせていた。
「と、止まったら爆発、するっ?」
様子に今度、こめかみを痙攣させるのは百々の番となる。
「あ、れ……。あたし、何しに来たんだっけ」
もちろんパニックを避け、迅速かつ安全に一般市民を避難させるためだったが、もうどれもを己が手でブチ壊しにしていた。ならもう小細工などするだけ時間の無駄となる。
「ごめんなさい、車両不備はウソです。このバスには爆弾が仕掛けられています。乗客を避難させければなりません。協力、お願いしますっ」
運転手へとぶちまけた。次いで年寄りたちへも両手を広げる。
「おじいちゃん、おばあちゃんっ、あたしはバスガイドじゃなくてCCTってところから来ましたっ」
が、セクションCTは匿名ゆえ知名度ゼロの組織だ。ここぞで悲しいほどに通じない。
「なんだ。バカげたことをいいおって」
「しーてー? そら先月、撮ったわっ」
「忘れ物たぁ、おかしいと思ったぞ。さてはあんた、わしらを邪魔しに来たなっ」
「そうだ、いい年をして、ですてにーすたじおへ行く言うたもんで、タケシに頼まれて止めにきたんだろ」
せっかく得ていた協力体制も総崩れだ。
「運転手さん、お金払っているのはあたしらだからね。止めちゃだめよ。ですてにーまで行ってちょうだい!」
運転手さえけしかけて、帰れ帰れの大合唱は巻き起こった。
「ち、違いますっ。邪魔なんかしに来てませんっ」
「だったらなんだぁ」
「帰れー」
手を振り上げて百々は制するが、多勢に無勢だ。どうにもならない。
「このまま行って欲しいくらいだけどっ」
ついに百々も爪先立つ。
「爆弾は本当なんデぇすっ。止まると爆発ジまぁすっ。だから言うこと、聞いてくだザぁいっ!」
ぜえぜえと、切れた息に肩を揺らした。それでもバスは走り続け、年寄りたちはといえば、夢から醒めたかのごとくひとたびぴたり、と口をつぐむ。
「……なんと、あんたはですてにーすたじお行きを応援してくれるんか」
やおら聞こえてきたのは感心したような声だった。
いや、そうじゃない。
百々は思うがそれが全てのきっかけとなる。
「タケシ君とは違うのねぇ」
「ツメの垢でも煎じて飲ませてやらんといかんっ」
そぞろに拍手は湧き起こり、みあげたもんだと気づけば、やんや、やんやで持ち上げられてゆく。
「え、えぇ?」
だとして理由など、もう何だってかまわなかった。
「あ、あたしだって行きたいんだもん。年なんか関係ないっ。みんな同じでぇすっ。そのタケシが間違ってるぅっ」
そいつは誰だ。過ろうと、百々は握る拳で便乗する。様子に「おお」と年寄りたちもわきかえり、ご声援ありがとう、で選挙にでも出る勢いで百々はうなずき返した。なら次に放つセリフはもう決まったも同然となる。
時を同じくしてそのとき、オペレーティングルームのモニターで赤いランプは点灯していた。皮切りに、それまで順調な運行を示していた青一色だった画面もオセロよろしく反転してゆく。
見て取った曽我の視線が迷走するバスのやり取りから跳ね上がっていた。
高速道路監視センターの通信を追っていたオペレーターの瞳も、止まった瞬きの中で揺れ動く。
やがて一通りを聞き終えたオペレーターが、ヘッドセットのマイクを握りしめた。ままで曽我へ知らせて声を張る。
「四十八キロ先、トンネル内で玉突き事故発生」
「ディスティニースタジオへ、いきたいかぁっ」
百々は拳を高らか突き上げた。なら某クイズ番組よりワントーン低い声は、年寄りたちからすかさず、おー、と返ってくる。
「爆弾があったって、いきたいかぁっ」
重ねて煽ればなお返事は勢いを増した。だが移送準備完了を知らせ、襟元のマイクを引き寄せた瞬間だ。
「みんな、落ち着いて聞いて」
曽我に先を越される。
「四十八キロ先のトンネルで玉突き事故発生。いい、渋滞に巻き込まれるわ」
さらりと言うものだから驚くタイミングを失う、とはこれいかに。
「三十分で現場を撤収。処理班到着は諦めて」
同時に、なにを、と振るのは視線でしかない。そこで早くもワゴンはブレーキを踏むと、吸い込まれるがごとく並走していたバスから後退していた。
「聞いたな、ドド。時間がない。誘導を開始しろッ」
レフの指示に、移送車もすかさずワゴンの位置へと下がってくる。
「て、自分っ。レフはどこ行くのよぉっ」
しかしながらのノーリアクション。
「ああっ、逃げるなぁっ。この薄情者ぉっ」
だからして残された運転手へと振り返った。そこでヘッドセットへかぶりついていた運転手と、がっちり視線を絡ませる。ままに運転手が繰り出したうなずきこそぎこちなく、そのぎこちなさで一蓮托生、やるしかない、を百々へビリリ、伝えよこした。
もう薄情者のことなどどうでもいい。何より頼れるのは目の前の運転手であり自分自身だ。百々は持てる限りの集中力を今ここに集結させる。命かけると全身全霊、振り上げた手でビシリ、扉を指した。
「ということでっ、ディスティニースタジオへ行くための新しい車は、あっちでぇっすっ。皆さんには今から、あちらの車に乗り換えてもらいまぁすっ」
ならどんぴしゃだ。併走する移送車のドアは開放されて、中からオレンジの作業服にキャップをかぶったレスキュー隊員も姿を現す。目にした年寄りの間から、おおっ、とどよめきはもれ、隊員はそんな年寄りたちのお手振りを受けながら、さらにバスとの距離を詰めていった。やがて開けろ、と扉を叩く。
「百々さん、移動を開始させて。速度はぎりぎりまで落とさせるわ」
曽我も指示する。
「待て、待て」
押し止めてハートが連呼した。
「今、春山が参考にした裏サイトへ目を通した。遊び半分のサイトだ。そうまで厳密に作動するとは思えん。起爆装置は風力計の電圧変動と連動。上げても速度はむやみに落とすな。誤作動の保証はないぞ」
だが百々こそこの速度の中、飛び移ってきた張本人である。
「おじいちゃんたちには無理だよぉ」
呻けば、進み出てきたのは百々を不審者扱いした年寄りだった。
「大丈夫だ。ですてにーすたじおへ遊びに行こう言うとるわしらの足腰を、見くびってもろうたら困る」
そうしてバス後方へ下がったレフは、ついに高速機動隊の白バイにワゴンを並べていた。警戒して何度もワゴンを盗み見る警官は初対面で間違いない。だからして挨拶の一つも挟んでおくことが、これからのやり取りを潤滑にするための秘訣であることくらいは心得ていた。だが生憎そんな状況でもなければ、生来の性格がそれを許そうとしない。
向かってレフは窓を下ろす。藪から棒と声を張った。
「貸してくれッ」
「で、できますか?」
睨みつけるように百々は聞き返す。
「あまり時間がありません。荷物は全てその場に残して前の方から順番にお願いします」
すでにバスの入口へ片足をかけレスキュー隊員も、年寄りたちを急かした。そう、出来る出来ないではなく現状、やるしかないのである。
「一番はあんたからだ!」
心得て年寄りもバス後方へ呼び掛けた。ならあっけらかんとした女性の声は見えない位置から返される。
「あら、あたしなら最後でいいわ。一番後ろに座っているし。前から順番に出てちょうだい。できるわよね」
「けど、あんた……」
聞いた年寄りが表情をくもらせた。
「順番ならあたしが一番わかっているわ。タケシにも一言、言いたいしね」
「急いでください」
レスキュー隊員が再び急かす。状況に年寄りも心を決めたらしい。
「わかった。前から順番で行こう」
さっそく最初の一人目が、おっかなびっくり移送車へと移っていった。その体を掴むレスキュー隊員に危ういところはなく、今やバスの運転手も並走するためのプロと化す。目にしたなら百々もこれはいけそうだ、と閃き、繰り返すうちにレスキュー隊員のみならず、年寄りたちも見よう見まねで次第と要領をよくしていった。おかげで移動は想像以上に順調と進む。あっという間だ。満席となった一台目の移送車は後方へと下がっていった。すかさず二台目が横に付く。
その頃、移動を待つ列に並んでいたのは気おくれして列の後ろへ回っていた女性陣のみとなっていた。
しかしながらその中にあの声は混じっていない。
探して百々は後方へ向かうことにする。並ぶ座席の背を手繰ると、おっかなびっくり爆発物を貼り付けたハッチをまたいで行った。




