case2# Higher than Higher -4/10
「……A班、八階ゲストエリア、クリア。同エリア九階へ移動中。B班、八階バックヤード、クリア。同エリア九階へ移動開始。C班、八階機械室を確認中。保全作業中の作業員はすみやかに……」
ガラス張りのあの部屋だ。聞こえてきた声に光景は、苦もせず百々の中へ立ち上がってくる。
あいだにもレフとハートはショッピングモールの基礎を横切っていた。ビッグアンプルの中へ入る手前で、レフがラックに並ぶ懐中電灯を掴み上げる。ハートへ向かって放り投げた。
「バジルのBだ」
受け取ったハートの言う意味がわからないはずもない。
「なら俺はアーベンのAだな」
「でしたらぼくは外田のC班担当ってことで」
続くストラヴィンスキーへも「どこがCだ」と言わんばかりに投げる。
無線はそんなやりとりもまた拾うと、百々も遅れて駆け出していた。
「百々さん、聞いてる?」
赤いスーツの女性の声だ。百々のイヤホンから漏れていた。
「あ、はい。聞いてます」
「チーフの指示よ。あなたはレフと行動して」
淡泊な物言いは一択そのもの。余計なことを考えさせない。
「わかりました」
この会話ももちろんオープンらしく、答えた百々へとレフたちは振り返った。
「それからビッグアンプルの図面は端末へ転送してあるわ。操作は教えた通りよ。あとオペレーターの通信は理解できなくても常時モニターしておいて」
「はい」
うなずいたところで百々もその輪に飛び込む。
「じゃ、わたしは百々のDでっ」
「言ってやがる」
ハートがごつい肩をすくめていた。
「担当は持ち回りか」
マイクへレフが唇を曲げる。
「以降はチーフに確認して」
赤いスーツの彼女の声が返したときだ。新たな声は通信へと割り込んでいた。
「ちょっと、セサミストリート諸君、早く上がって手を貸してくれないかしら。わたしたちが相手にしているのはこの気象条件もよ」
常盤華だ。言い分こそ間違いないだろう。呼び起こされて光景もパノラマと、そのとき百々の前へ広がってゆく。それは今日、いやもう昨日になってしまったか。試写で見た作品だった。吹き付ける嵐の中に立つ今だからこそ、美しくも厳しい自然に順応して暮らすしなやかな動物たちの姿は思い出され、むしろ自分も同じ獣になったような感覚に見舞われる。
「……大自然の驚異っ」
脈絡なく握りこぶしで放つも致し方なし。
「ならいくか、アニー」
ハートの肩が翻される。
「ああ。最上階で会おう。ビッグバード」
返したレフが握りこぶしを震わせる百々へも投げた。
「いくぞ、クッキーモンスター」
「ええっ。あたし、あんなじゃないですからっ。どっちかっていうとエルモでしょっ」
駆け出したレフに、百々も急ぎラックから懐中電灯を引き抜く。とにもかくにも後を追った。
「ああ、見にくい」
などと百々に勢いがあったのはそこまでだ。何しろ現状、レフに従っていれば事足りるとして、テーマパークの造りはそこいらの店舗と違い迷路のようだった。どこをどう歩いているのかまったくもって分からない。確かめようと図面を開くがこれまた設計図そのもので、なんとも分かり辛かった。
「そっちじゃない。周りを見ろ」
苦にもせず、地図をスクロールさせながら道を選ぶレフは、外壁に沿うように取り付けられたスチール製の階段と対になるように設置された業務用エレベータへ辿り着く。そのカゴが十三階に止まっていたなら、ゲストエリア九階で進められている捜索へ加わるべく、「上」と書かれた大きなボタンを手のひらで押し込んだ。
「だって、ここがどこなのか分からないと落ち着けません」
「それは俺が把握していればいい。お前はあの男が紛れていないか、それだけを注意して見ていろ」
それでもカゴが降りてくるあいだに、ここが完成すれば十五階建になる事を、現在はその十三階までが組み上がっており、「ゲスト」「バックヤード」「機械室」の三エリアに分断されているらしいことを、百々は地図から読み取る。加えてどのエリアも上下移動は、この作業用エレベータと階段が一組ずつであることを把握した。
「ふむ」
納得して顔を上げればちょうどだ。目の前へカゴは降りて来る。さすが工事現場の業務用、その見てくれは張られた落下防止のネットが四方に上下を覆う檻のような見てくれだった。だからしてガシャン、と止まったところで手動である。フック型の留め具を解いて蛇腹扉を開くと、レフは乗り込んでいった。
「八階到着。C班に合流しました」
ストラヴィンスキーの声がイヤホンから知らせる。
「今、エレベータの中にいる。こっちももうすぐ九階に到着する」
格子扉を閉めたレフが並ぶボタンの中から、「9」と書き込まれた武骨なボタンを押し込んだ。カゴは強風にあおられながらゆっくり上昇を始める。三階をやり過ごし、分厚いコンクリートの床をまたいで四階へと上がっていった。
ワタライの一喝が効いたらしい。その頃には全作業員へ撤収命令が出されたことが伝えられる。そこには「おおむね済んだ」と言われていたビッグアンプル内に残る最後の作業員、クレーンの運転士たちも含まれているようだった。
「ハナ、人数はまだ不明だけど十三階のそこ、彼らはゲストエリアから引き上げると言ってきてるわ。今、レフと百々さんがエレベータを使っている。退避には階段を使う可能性が高いから注意して」
つまり赤いスーツの女性は見逃すな、と言っていた。
「了解」
心得たハナの返事は早く、やり取りを聞いていた百々の目へ、そのとき光景は飛び込んでくる。
「わぁ、すっごい」
いつしか眼下は眩いばかりのネオンの海だ。遮るものがないだけに、ちらちら揺れる街明かりが見える限りを埋め尽くしていた。
「周りを見ろと言ったが、そっちじゃない」
すぐさまレフに注意されてみる。
「す、すみません。高いし、揺れてちょっと怖かったので和んじゃいました」
そんなエレベータはもう六階へ辿り着こうとしている。
どうやらハートもひと足先に九階へ到着したらしい。野太い声が知らせ、続けさまストラヴィンスキーの、同じく九階へ向かう声も飛び込んできた。
耳にしながら自ら高い、と発したからこそだ。意識せずにおれなくなって百々はおっかなびっくり、足元をのぞき込む。
「怖いなら下は見るな。前だけ見ていろ」
これまたレフに食らわされる。
ままに四十五度。
はたまた九十度だった。
百々は己が首を傾げてゆく。次の瞬間、上げた叫び声と共に、すでに狭いエレベータの端の端へ飛びのいていた。鉄格子さながらの壁へ身をすりつけ爪先立つ。
「落ち着けッ……」
背にして絞り出したレフは、むしろ違う言葉を吐きたそうでならない。
だがもう百々にはそれどころではなかった。百々はアゴを振る。震えながらも懸命に振って、全身全霊、足元を見ろとレフへ促した。仕草に振り返ったレフはといえば睨みつけるばかりがおっかない。だが百々は譲らなかった。ならば渋々だ。レフは百々の視線をなぞり始める。軽量目的のパンチング、メッシュと穴が開けられた鉄板の敷き詰められた足元へと視線を落とした。
と、無数に開けられた小さな穴の向こう側だ。街のネオンに紛れて刻々と、赤は時を刻んで灯っている。
「ばぁっ、爆弾ありましたっ!」
知らせる百々の声がマイクを通し四方へ散った。




