その28
「ラルー!元気だった!あんたちょっと痩せたんじゃないの?ちゃんと食べてる?」
サルン家の屋敷に入った途端、母様の豊満な胸に抱きすくめられて息が出来ない。
母様…く、苦しい…
「まあまあ!ラルー!綺麗になって!おばーさまに顔をよく見せて」
「ラルー姉様!逢いたかった」
「ラルー姉様!、僕も逢いたかった!」
母様の力一杯の抱擁に白目になっているところに今度は、おばーさまに顔を挟まれ、ラインとカルに両手に抱き着かれ、代わる代わる家族にハグされまくった。
熱烈歓迎ぶりは、有り難いけど、きついわ…
ハァハァ息をついていた所に後ろから抱き着かれ振り返ると同い年くらいの綺麗な女の人がいた。
「えっと、どなたですか?」
「うふふ、お帰りなさい。ラルー姉様!シャランよ!ラルー姉様に逢える日をずっと待ってたわ!ねぇねぇ、私、また大きくなったでしょ」
「シャ、シャランなの!見違えちゃった!綺麗になって…どこのお嬢様かと思ったわ」
シャランはな栗色の髪を後ろに緩く結い、緑の瞳をキラキラと光らせ、どこから見ても絶世の美人に見える。
「姉様こそ大人っぽくて素敵な感じ!」
嬉しそうにシャランに抱き着かれた。
シャラン、あんたの方が誰が見たって素敵だよ。
私にくっついて離れないシャランは、最近起きた出来事を嬉しそうに話してくれる。
その話の中に『ベイル』という単語が入る度に胸が疼いて笑顔がひきつる自分がいる。
皆と同じように心の底から笑いたいのに、どうしてもベイルとシャランの事が引っ掛かりうまく笑えない。
参ったな…覚悟して来たのに。本当に弱いな…私。
「ラルー、よく戻ったな。」
「おじーさま、只今帰りました。」
おじーさまが現れてシャランから離れられた事にちょっと、ほっとした自分に再び自己嫌悪に陥りながら、おじーさまに抱きしめられ安心する複雑な心境。
本当、子供だな私って。
「遠い所から、わざわざ来てくれてすまなかった。お前の元気そうな顔を見て安心したよ」
「私もおじーさまや皆に逢えて嬉しいわ」
「そう言ってくれると私も嬉しいよ。お前の話しを風の噂で聞いたが、人間界で評判の薬剤師になっているそうじゃないか!自慢の孫娘だ」
おじーさまの腕の中は、暖かく嫌な自分が消え去り素直な自分になれるような気がする。
「おじーさまに抱き着いて、ラルーはまだまだ子供だな」
「フィーダ、お前、何おじいさまにヤキモチ焼いてるんだ。ラルーは久しぶりにおじいさまに逢えたんだから、当たり前だろ?」
「俺との再開の時にはこんな顔しなかったぜ」
「あんたとは、重みが違うのよ」
「母様ひどいな!実の息子なのに重みって…」
一斉に皆が笑う
あぁ、久しぶりの我が家が嬉しいな!皆と一緒にいる暖かさが凄い心地いい!
すると、バタンと扉が開く音がしたので振り返るとそこにベイルがいた。
「ラルー、逢いたかった!」
おじーさまの腕から引き離されいきなり抱きしめられた。
え!!何?何!ベイル?すっごい嬉しいけどいきなり過ぎて、久しぶりの再開と今まで胸にため込んでいや色んな気持ちがごちゃごちゃになって言葉が出てこない。
「ちょっと、ベイル。ラルー姉様がびっくりしてるじゃない。離れなさいよ」
シャランが間に割って入る。
「あ、ラルー、ゴメン驚かせちゃって…。ラルーを迎えに行くってクラスから聞いていたから、どうしても逢いたくて、公務を急いで片付けて来たんだ。」
「あ、ありがとう。私も久しぶりにベイルに逢えて嬉しいわ」
私の為に急いで逢いに来てくれたベイルに思わず赤面する。
「もう、ベイルったら!私と逢う時には公務があるからって中々逢わないくせに、ラルー姉様には、時間を割いて駆け付けるなんて!」
そう言いながら、シャランはベイルの腕に自分の腕を絡め、キラキラした瞳でベイルを見つめる。
私の知っているシャランは、ベイルを兄のような感覚で接していたが、私の知らない5年の間にシャランのベイルに対する気持ちが兄から婚約者という気持ちに変わった事が嫌と言うほど態度でわかる。
「え!?あ、……そうだね。シャラン、ゴメンよ。」
「ベイルは、ラルーの事になると目の色が変わるからな」
フィーダが囃し立てる。
「ラルー姉様の事も大事だけど、これからは私との事を1番に考えて貰わないと困るわ!」
シャランがベイルに向かってふて腐れたようにいう。
「姉様には、話してなかったけど今度の新年パーティーに私とベイルが晴れて婚約を発表する事になったの!だから、姉様にもわざわざ来てもらったって訳なの。」
「そ、そうなの。おめでとう!ベイル、シャラン…。ベイル、シャランの事、大事にしてあげてね。」
突然の告白に胸が締め付けられるが、顔は平然としてあえて笑顔で答える。
けど、自分の声が自分の声に聞こえないくらい上擦っていた。
フィーダから、ベイルはシャランとの婚約を無しにしようと王様に掛け合っていると聞いていたのに……。
やっぱり、王様には逆らえなかったんだね。
「お前、本当にそれでいいのかよ?」
フィーダがベイルの肩を掴む。
「フィーダ!やめろ。立場をわきまえろ。ベイルが決めた事だ。」
クラスが止めに入る。
「お、おめでたい事じゃない!パーティー必ず行くわ!おばーさま、ドレスのお見立てよろしくね」
場の雰囲気を変えようと胸の痛みを押さえながら、必死に明るく振る舞うと、なんとか再び場が明るくなったがフィーダだけは、釈然としない表情でベイルを睨んでいた。。
その後、昨日から慌ただしくて少し疲れたと言って夕食を取らずに自室に早々と戻った。
やっと一人になれたのに泣きたいけど、ショックが大き過ぎて涙が出ない。
これが世に言う失恋ってヤツですかね…
失恋に効く薬は、生憎どんな腕のいい医者や薬剤師でも作られていないが、今度研究してみよーかしらと皮肉にも思ってしまう。
中々寝付けずにいるところに、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。
「どなた?」
「フィーダ。中に入るよ」
そう言って神妙な面持ちでフィーダが部屋に入ってきた。
「どうしたの、フィーダ?」
「どうしたじゃねぇーよ。ラルー大丈夫か?」
思わずギクリとするがポーカーフェースを貫く。
「なんの事?」
「とぼけたって無駄だぞ!お前、ベイルの事好きだろ?」
いきなり核心を突いて来る。
フィーダは、時々核心を突くのでびっくりするが、これ以上取り繕っても仕方ないので正直に話す。
「うん…」
「ベイルもお前の事、好きだと思ってたけどな…。婚約の事、俺もさっき聞いてびっくりしてさ、ラルーが心配になって来てみた。大丈夫か?」
フィーダがベッドの脇に腰掛けて優しく抱きしめてくれた。
「あはは・・・。大丈夫・・・とは・・・言えないかな。今は。だけど仕方ないじゃない。前から決まってた事だしさ。来るべき物が来たって感じ。私が横から勝手にベイルを好きになっただけだから…」
「ラルーはさ、自分の事、地味って思ってるけど、俺の姉貴だけあって、癖のある美人なんだぜ?自信持てよ。必ずベイルより良い男が現われるから!俺が保障する!」
「何よその癖のある美人って?」
「パッと見は地味な感じだけど髪や目の色が妙に雰囲気出してて、更に付き合ってみると魅力的って意味」
「何よそれ?全然褒めてないじゃない」
ポカポカとフィーダの頭を殴りながら少し心が和らいでいるのを感じる。
「ありがとうフィーダ」
「どういたしまして。あ、あとお前、胸は母様に似てあるんだから、もっと強調しろよ!」
「お、お前は何見とるんじゃー!」
とりあえず、力いっぱいボコってやりながらもフィーダの心遣いに感謝した。