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新生デオンの暇仕事  作者: kazfel
喜びに満ちた調べに共に声をあわせよう
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会議は踊る

 1814年11月、麒麟は凛々しく成長した。尾は波打つように美しく長かった。

「我の力で必要とあれば神仙界へ赴くのが可能であるぞ」

 麒麟は1本角を突き出した。

「あ、今はいいよ」

「せっかくだから乗ってみなよ」

 白狼にまたがったマシロが誘った。

「あぁ」

 放心していたデオンは麒麟にまたがると空へ駆け上がった。

「そうか、飛べたのだったな。凄いなぁ」

 シェーンブルン宮殿の裏の大庭園とギリシャ神話の彫刻がたくさんあるネプチューン噴水。

 噴水向こうはひらかれた林と高い丘にグロリエッテが威風堂々の姿で見えた。

 回廊式東屋の眼下からは、シュテファン大聖堂の高い尖塔や教会にウィーンの森や星型の城壁が大パノラマで眺望できた。

 

 11月10日、曇天と吹きさらす寒風の中で宮中恒例の(しし)狩りが、王宮庭で行われた。

 囲いの中に詰め込まれた600頭のイノシシを5,6頭ずつ柵で仕切られた長方形の広場へと追い立てる。

 皇帝・国王・大公の順に銃で仕留めるという狩りだった。

 誰でも簡単に狩りができるのにデブ公ことヴュルテンベルク王は30頭並べてた。

 サラマンダーマシロを暖房として右腕に乗せたデオンに自慢した。

「どうだ女男、貴公には手も足もでまい!」

「イノシシ人間がイノシシを殺しまくって、むごいな」

 デオンの返答に周りの貴顕たちが大きくうなずいた。

「あの見た目だから余計、イノシシがかわいそう」

「地獄の王そのものだ……」

 他の王侯らも似た収穫で、500頭のイノシシの虐殺ではしゃぐ王族たちに、ご婦人方にも不評で恐怖を覚えた行事であった。


 11月13日。冬の息吹のウィーンでは、サラマンダーマシロ入りの入浴がデオンにはありがたかった。

「マシロを入れるとお湯が冷めないし、就寝にも暖房が効くし、サラマンダー最高!」

 デオンは涙型サラマンダーの背をなで続けた。

 入浴後、窓辺を眺めるとシェーンブルン門に2頭立ての赤い馬車が通った。

「何か年取った感じの白馬だなぁ」

「噂の赤じいちゃんが来た! 外へ行こうぜ」

 マシロにせがまれて、デオンは毛皮を着て外へ出た。

 緋色馬車から赤服の黒人御者が降りて降車を手助けすると、白マントと赤い軍服の白髪の老人が出てきた。

「おお、ヨーゼフ帝にいた太っちょトカゲか。この方は?」

 杖をついた痩身の老人が尋ねた。

「リッター(騎士)・デオンです」

「ほお、サロンの皆が話していた会議再会の英雄か。これは、べっぴんさんよのぅ」

 老侯ははしゃいでデオンの手を(にぎ)った。老人の朗らかな笑顔でデオンは黙った。

(どうして噂は肝心な部分が伝わらないのだろうか)

「フロイライン(お嬢様)もフランツ様に会いに来たのかい?」

「フランツ帝ならウィーン王宮だぜぃ」

 サラマンダーマシロはデオンの頭上に乗った。

「ローマ王の新しい呼び名だよ。ドイツ式の育て方をして、悪いフランスをとり払っているところだ」

「これはリーニュ侯、良くお出でくださいました。あら、マシロ。この方はどなたかしら?」

「デオン・ド・ボーモンです。男です!」

「まぁ、リーニュ侯がおいたしたのね。私はマリア・ルイーゼよ」

 少しふっくらとした黒服のルイーゼは、男児を連れていた。

「ナポちゃんと目がそっくりだぜぃ」

「わ! トカゲがしゃべった」

「わしも最初はそんな感じでしたぞ。ふてぶてしい奴だが、おや?」


 巻毛の小フランツも門を眺めていると、きらびやかな行列が宮殿近くを通っていた。

「元帥だった自分の葬儀はもっと素晴らしいはず。そのときはしかとご覧くださいませ」

 リーニュの堂々とした立ち回りでデオンは唖然とした。


 11月のある朝、部屋での朝食のあと、デオンは新聞を読み進めていた。サラマンダーマシロはテーブルで転がっていた。

「何が書いていたんだ?」 

「ええと、会議がまとまらないのはザクセン王土簒奪(さんだつ)(くわだ)てるヴィルヘルム3世と、ポーランドを分捕ろうとするアレクサンドル1世のせいだって。

そうしたポーランド、ザクセン問題のせいで物価が上がり続け、市民の(いら)立ちを払拭(ふっしょく)させる文言がド・リーニュ侯がひねり出したとか。『会議は踊る、されど進まん』」

「じいちゃん、やるぅ」

「私も晩餐会と舞踏会ばかりだと疲れるよ」

 スイーツはいいが、デオンには他国の領土問題はどうでも良かった。


 11月中旬以降になると舞踏会、園遊会、晩餐会などの諜報員たちの動きが活発になってきた。

 大ギャラリーでの仮面舞踏会あと、そわそわしているボーイたちをデオンは見逃さなかった。

「これは何かあるな」

 デオンは庭園へ出た。

墺麒(おうき)、来てくれ」

 麒麟がやって来た。

「神仙界に行きたい」

 デオンはすぐにまたがった。

「承知した」

 墺麒は角から一筋の光を発し、円になった部分をくぐると、霧が深く遠くに奇妙な形の山々が連なっていた。

 モダンな大きな山小屋へと着いた。

「やぁ、デオン殿。よく麒麟を成長させましたねぇ」

「リー殿、どこかでウィーンのホテルの1室を真似た部屋をこしらえて欲しい」

「それは面白そうですね。酒でしたらたくさんありますよ」

 彼はウォッカまで用意していた。小屋はロシア貴族の邸宅の趣があった。

「マシロと付き合いが長いのかい?」

「1207年から会っていましたね。エルトリアとは1180年あたりから南宋との交流が始まっていました。マシロさんは侵略国からエルトリアを救ってから、私との交流が始まりました」

「マシロはそんな修羅場をくぐっていたのか……」 

 何度模擬戦に挑んでも勝てないのがやっとわかってきた。

 デオンは神仙界へ通い続けた。部屋の確認と麒麟の術と隠し部屋(離れ小屋)の位相に納得して、リーから贈り物も受け取った。


 公的行事の他に王族らの誕生日や聖名祝日の祝い、各国大使や使節団の晩餐会、舞踏会、昼食会も催された。

 王宮近くのレンヴェーク通りには増築したばかりのメッテルニヒの私邸があった。

 毛皮コート着のデオンはサラマンダーマシロが頭上に乗ったのも気にしないで、昼間にメッテルニヒの執務室へ押しかけた。

「これはデオン殿。ちょうど招待しょうと決めていたところでしたよ」

 デオンは髪留めを解いてコートを脱いだ。

 緑色のドレスを外相に見せた。

 おでこの広いメッテルニヒは大きな目を見開き、鼻の穴を大きくして立ち上がった。

「あなたは本当は女性ですよね!」

 2メートルを超える伊達男が迫って来た。

「断じて違う! ロシアで女装任務を成功させた経験上、私にも何か有効な情報が入手できると思うのだ」

「なるほど。今夜の舞踏会で試してはどうですか。ええと名前は何にしますか?」

「リア・ド・ボーモンでお願いしますわ」

 リアがウインクすると外務大臣は顔を赤らめ、招待状に名前を書いて渡した。

「メッたん嬉しそう。マシロはおっぱい補強係するぅ」

 サラマンダーマシロは胸元へ滑り込んだ。


 夜の10時ごろ、リアは会食の広間に着くと、150人前もの銀食器がシャンデリアの光を浴びながらまばゆく輝いていた。

(う、うらやましくなんかないから!)

 リアは周りの視線を浴びながらメッテルニヒとのアンバランスな舞踊をし、軍人らしき貴人に近づいた。

「もしかして再会の英雄様?」

「デオンの妹でリアと申します」

 リアは軍人と邸宅を出るところまで籠絡(ろうらく)した。

「フロイラインはフランス使節団の関係者かな?」

「はい」

 リアが微笑むと木陰から麒麟が神仙界への道を開いた。

「ずいぶんモヤが多いねぇ」

「邸宅の庭の照明が多いのかしら?」

 麒麟は軍人に幻覚も見せた。

 リアがドアを開いてホテル風の部屋に軍人を通した。

 老酒(ラオチュウ)とウォッカをふるまい、充分な話を聞き出してから、軍人を元の場所へ送った。

 マシロの部屋に帰還して飾ってあるヨーロッパの地図にピンを立てた。サラマンダーマシロはテーブル上でよだれを垂らして眠っていた。

「こいつ普段起きているのか解らなかったが、よだれを見ればいいのか」

デオンはでぶトカゲを観察していた。


 別の日にメッテルニヒ邸で情報を集め、3つ目のピンが揃った日に、人化したマシロと白狼がリアを凝視していた。

「マシロ、明日の日中にピンの場所へ行くから、スケッチ帳持参で手伝ってくれない?」

「うん、行く行く!」


 翌日、デオンは紙にピンを立てた3つの場所を写して毛皮のコートを着た。マシロはスケッチ帳と筆記用具を持ち込んだ。

 白狼と麒麟で曇り空を駆けた。

 オーストリア国境近くにはフランス軍が数十万という兵士が駐屯していた。

 バイエルン軍も即席の駐屯地で国境付近にいた。

 プロイセン軍も、オーストリアとプロイセン兵がいるマインツ要塞近くに、ちゃっかりと大軍を駐屯していた。

「皆、戦争する気なの?」

 駐屯の様子をスケッチしていたマシロが尋ねた。

「するぞって脅しをかけて、翻弄(ほんろう)させているかもな。実際に戦争したいわけでもないし、でないと皆、ナポレオン嫌いにならないし」 

 

 デオンはマシロのスケッチ帳を見せて王宮官房のメッテルニヒに報告した。

「各国がそれぞれ軍隊を隠していると、なるほど。タレイランがロシア皇帝と口論したと聞きます。おそらくは交渉材料のひとつでしょう。まだそんなに騒ぎたてる時期でもないでしょう。これは静観しておきましょう」

 メッテルニヒは笑みを浮かべてスケッチを凝視していた。

「私としても、リアでいられたのは楽しかったな。私はまた適当に遊ぶから、美味しいスイーツの用意頼んだぞ」

 クッキーや菓子、果物、レモネードにアイスクリーム!

 これらを堪能できるウィーン会議はもっと続いて欲しいと願ったデオンであった。


 11月29日、ホーフブルク王宮の宮廷大舞踏場ではサラマンダーマシロを膝に置いたルドヴィッカとお付きのデオン。

 ロシア皇帝、プロイセン王や貴賓客が詰めかけていた。

 ベートーヴェンの「ウェリントンの勝利」(戦争交響曲)作品91が盛大に演奏された。この曲だけベートーヴェンが指揮していた。

 ウィーン会議の祝典曲でタンバリンやトランペットのファンファーレが鳴り響く壮大な交響曲だ。

 次にカンタータ「光栄なる瞬間」作品136の合唱か続き、「交響曲第7番」作品92の哀愁と迫力の曲で締めた。

「凄い曲でしたね」 

「マシロちゃんといると暖かくていいわね。なんか眠くなっちゃた」

 ルドヴィッカはのんきに答えていた。


 12月13日。11日に風邪で倒れてから、死去したリーニュ侯の堂々たる葬儀が行われた。

 侯の遺体を乗せた馬車は、黒と銀色の馬衣を付けた2頭の老馬が付き添い、歩兵・騎兵・大砲大隊・親衛隊ら8000名の将兵がショテン教会へ向けて葬列した。


 デオンは空から麒麟で見送り、ふところにサラマンダーマシロがいた。

「あの方は文筆家だったのか」

 ベルギー名門出のド・リーニュはフランス革命でベルギーにあった財産を没収されてから晩年の生活は質素といわれる。

 フランツ帝によって王宮親衛隊長の閑職が与えられ、文筆活動に専念できるようになった。


 かたやデオンはフランス革命でトンネールの財産が取られ、借金がかさみ、ロンドンで赤貧にあえぐ(みじ)めな晩年となったのだ。


 ラ・ガルド伯爵説によるとリーニュ候はさる女性との逢引きのため、夜遅くまで城壁に立ち尽くしていたという。

 寝込む前日の晩には、寒空のなかマントもはおらず、馬車に乗ろうとするご婦人をエスコートした。


 別の晩に伯爵が芝居の帰りに、白マントの老候を市壁にたたずむのを見かけた。

 伯爵は老候の紅色屋敷までに送らせてもらったが、道すがらご老体はのたまった。

「ねぇ、君、恋の妙味は始まりにつきる。だから私は繰り返し繰り返しおっぱじめるわけだ。君の年頃には相手を待たせた。この年になると相手に待たされる。いや悪くすると待ちぼうけだな」

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