答え合わせ
12/28後書き追加しました。
「じゃあ、似非聖女様、答え合わせをしようぜ」
ケインは器用に床の娘たちを避けながら、魔物と戦っていた。もちろん魔物の爪が娘たちを傷つけることなく。
「さすが下賎の者でありながら、隊長になられた方ですわ」
アイリンは軽く眉を寄せたが、余裕な態度は崩さない。
首を横に振りながらも王后は次々と娘たちに手を伸ばし枯れ木にしていた。ウィルヘムも王后を止めようと動こうとするが、巨体に似合わず機敏な動きをする魔物に阻まれて近づくことさえ出来ない。
「王后様の精霊様が吸収されてから六十日前の下女二人まで贄が必要じゃなかった? そんなわけないな。精霊様は王后様に魔樹を発芽させる餌だ。成樹にさせるには餌がいる。一人目の餌は誰を使った? 魔樹の餌は本来ならもっと必要なんだ。一人目を力のある者を使ったな」
アイリンが眦を上げた。
「そこまでご存知とは…。下賎の者と侮っていましたわ」
「ケイン、魔樹とはなんだ?」
ウィルヘムは初めて聞く魔物の名前に焦りを隠せない。強い魔物なのか、倒せるのか…。倒す…、倒さなければならない。ウィルヘムはこの国の王なのだから、国に害するものは…、たとえ…、ははでも…。
「強い魔物じゃないが、厄介な魔物だ」
魔物の爪を弾いてケインは剣を構え直した。床で寝ている娘たちをどうにかしたいが人数が人数だ。ケインの部下たちが必死に運んでいるが中々少なくならない。空いた場所に王后を誘導しようとするが、アイリンが邪魔をする。
「寄生木、木に寄生し成樹になると甘い臭いで獲物を呼び寄せ喰らう。繁殖期になると獲物に種を植え付け遠くへ運ばせる。苗床となった獲物の屍体の近くにあった木に寄生し魔樹となる。希に苗床となった動物の体を乗っ取ることもあり、そうなると移動するから厄介なんだ」
キィン
甲高い音がして、ケインの手から剣が弾けとんだ。
「よくご存知ですこと」
武器が無くなったケインを見て、アイリンは満足そうに妖艶に微笑んだ。
「ああ、だが、その魔樹は千年前の大討伐で絶滅したはずだ。滅せられなかった種も聖女が封印して…」
武器を無くしたはずのケインはそれでも落ち着いていた。何事もなかったように茶色の髪をかきあげる。
「そうか、封印された種を見つけて…」
ケインはひょいと魔物の爪を避けた。
「似非聖女には封印を解くだけの力はなさそうだが?」
ケインが剣に近づこうとするが、魔物が邪魔をする。ウィルヘムもケインを助けようとするが魔物の動きが速すぎだ。
アイリンはケインの言葉が真実なのか顔を歪め唇を噛んでいる。
「では、何故、母上が魔樹に寄生されているのだ!」
ウィルヘムはアイリンが母である王后を魔物にしたと思っていた。だが、ケインは魔樹の種の封印を解く力がアイリンには無いと言う。
「聖女様…、クリスタ様だよ。魔樹の種は発芽するまで苗床を生き長らえさせる。クリスタ様は王后様の命を少しでも長らえさせるために種を王后様に植え付けた。王后様の精霊様とクリスタ様で発芽を抑えていたが、限界がきた…」
ウィルヘムはそんな…と首を横に振った。クリスタがそんなことをしたとは思いたくなかった。クリスタは聖女の中の聖女なのだから。
「ふふふ、そこまでお分かりですの。ええ、私は王后様の中にあった種に発芽しないようにかけられていた封印を解いたのですわ。すぐに王后様の精霊が発芽を抑えようとしましたが」
アイリンは口元に手をやり嗤い、視線をウィルヘムに移した。
「クリスタが″目″を失って、精霊の力も弱まり良い栄養となっていただきました」
ありがとうございます。と満面の笑みでアイリンに言われ、ウィルヘムは後退った。クリスタの目を切ったことが、いや、クリスタの言葉を信じなかったことが、それよりも母の王后の生を望んだことが始まりだった。
「で、質問に戻るが一人目は?」
ケインは息切れもせずに魔物の攻撃を避けている。床にいる娘たちが巻添えにならないタイミングで。
「あなたは何者ですの!」
アイリンは顔をしかめた。いくら優れた剣士でも魔物の攻撃をここまで避け続けることは出来ない。それも至るところに床に娘たちがいる悪条件で。
「答えを言ってやろうか?」
ケインはどうにか剣の所に辿り着き、素早く握り反撃に出た。アイリンと王后の回りは生気を喰われた娘たちの死体だけになっていた。
ウィルヘムも加勢しようと剣を握り直すが、答えを聞きたくなかった。
「クリスタ様だ、追放された聖女クリスタ様を一人目に喰わせた。なら辻褄があう。今回がたったの百二十六人ですんでいるのが。だが、それでこっちも気付くのが遅れた」
魔物の気配が消されたからな。
ケインは剣を振った。魔物の手がボタッと床に落ちる。
「陛下! ボサッとしてないで」
ウィルヘムも剣を振った。娘に手を伸ばす王后に向かって。
今は何も考えるな。クリスタが死んだなどと。
「陛下、魔樹は必ず滅しなければならない。特に移動出来る魔樹は。その子も移動する魔樹になるからだ」
ケインの剣が魔物を切り裂いた。絶叫を上げ、魔物がドサッと床に倒れた。
「成樹になるとすぐ繁殖期になる。今、倒さないとこの国は滅びるぞ」
アイリンはその言葉に狼狽した。知らなかったようだ。
「成樹は年に数人の餌ですむが、子は違う。成樹になるために多くの餌を必要とする。そして子が成樹となれば…」
ウィルヘムはゾッとした。今回だけで三百人近くの人間が犠牲になっている。魔樹が幾つ種を作るのか知らない。四ヶ月毎に魔樹が増えていくとしたら…。親の魔樹にもまた繁殖期が来る…。国が滅ぶというのは誇張ではない。
「だから、クリスタ様は発芽だけは阻止しようとしていたはずだ」
ケインの剣が王后の体を貫いたが、その体は大きく震えただけだった。
ちっ! 舌打ちし、ケインはすぐにその場を離れた。王后の人とは思えない枝のような腕がその場に床に刺さっている。
「クリスタ様を喰った魔樹に普通の剣じゃ効かねぇ。陛下、陛下の剣で。クリスタ様を斬った剣なら聖なる力が宿っている。
それから、似非聖女、王后様が成樹になったら種を植え付けられるのはあんただぜ」
アイリンは悲鳴をあげて、王后から離れようとした。それを王后から伸びた根のような物が絡み付く。新たな悲鳴をあげる間もなくアイリンは干からびてしまった。
「陛下!」
ケインの叱咤にウィルヘムは剣先を上げた。ウィルヘムがケリをつけなければならない。これはウィルヘムの罪なのだから。
「母上、申し訳ありません」
ケインの援護のもと、ウィルヘムは剣を王后に突き刺した。
「ウィルヘム、よく出来ました」
ウィルヘムが顔を上げると、王后が誇らしげに微笑んでいた。その体が枯れ木のように干からびてバリバリと崩れていく。ウィルヘムはそれを呆然と見ることしか出来なかった。
「娘たちを早く運び出せ。この屋敷を燃やす」
ケインは剣をしまうとウィルヘムに近づいた。
「陛下、見事でした」
「…、いや、勇者殿には迷惑をかけた」
ウィルヘムはケインの正体が分かった。千年前、世界に現れた魔王と戦った勇者。魔王の呪いから不老不死になったと伝えられている。ケインが大討伐と言ったことは千年前に行われた魔王と勇者たちの世界をかけた戦いだった。
ケインは枯れ枝の山のようになった王后を見下ろした。
「魔樹になった者は討伐されるまで生き続ける。餓えで愛しき者も喰らっても生きなければならない。人としての心が残っているのなら地獄だな」
ならば、あなたはどうなのだ?
そう問いかけそうになりウィルヘムは唇を固く結んだ。
千年もの長い間、一人で生きている勇者の孤独は…計り知れない。容易く聞いていいものではない。
だが、ケインはウィルヘムが言いたいことに気がついているようだった。
「俺は大切な友の子供たちが幸せに暮らしているのが見られたらいいんだ」
満足そうに笑うケインにウィルヘムは黙って頭を下げた。ウィルヘムの祖は勇者の仲間だったと伝えられている。その頭をポンポンとケインは慰めるように叩いた。
ケインは国の混乱がおさまると旅立っていった。年を取らない彼は一つの国に長くいられない。
「勇者殿」
「ケインでいい。人は弱い。仕方がないさ」
ポンポンと頭を叩かれて、ウィルヘムは困ったように笑った。この歳で子供扱いされることが嬉しくて照れ臭い。
「クリスタもお前の願いを少しでも叶えたくて、種の封印を解いてしまった。それはクリスタの弱さだ」
それでもウィルヘムが願わなければ、クリスタがその罪を犯すことはなかった。全てはウィルヘムの弱さだ。王という立場のため表立ってそれを責める者は少ない。それがかえってウィルヘムを辛くしている。
「お元気で」
「ああ、陛下もな」
騎乗し去っていくケインをウィルヘムは姿が見えなくなるまで見送った。大切な者を喪った。それも自分の罪で。ウィルヘムはその生が続く限り償っていかなければならない。そのために亡くなった者たちに対しても。
ウィルヘムは生涯婚姻はせず、再従兄弟の子供が成人となると共に王位を譲った。その後は兵として魔物討伐に携わりその生涯を終えたと伝えられている。
この話は、追放聖女が「ざまぁ」をする予定で書き始めました。
ですので、本当はアイリンのみが禁術を使っていました。
蓋を開けてみたら・・・。
魔の森で生き残って「クリスタがざまぁする」も頭にあったのですよ!
自分でも自分の思考回路がよく分かっていません。
捕捉として・・・
アイリンに魔樹の種を教えた魔物は大討伐で逃れた知識のある魔物です。少しずつ魔物の勢力を取り戻そうとしています。
魔樹の種は神殿の奥に保管され、聖女たちの祈りで封印を強化していました。だから、クリスタが手に入れることが出来ました。
勇者ケインは、ウィルヘムに言った通り、友(仲間)たちの子孫が幸せを見るために世界を旅しています。ついでに封印するしかなかった魔物たちの様子も確認しています。魔樹の種が神殿から無くなっていたためこの国に滞在していたところ、剣の腕を買われ警備兵となり出世しました。
勇者とされていますが、たまたま剣の腕が良くお人好しだったため、大討伐で象徴・旗印としてその名を押し付けられた可哀想な人です。




