43.妖魔大戦は止めて(泣)
舞台を降りて比和さんにマイクを渡す。
「ありがとうございます。
ダイチ様」
丁寧に頭を下げてマイクを捧げ持つように受け取る比和さん。
考えないようにしてるんだけど比和さん、何で僕がいいんだろう。
いやもうこれは「いい」というレベルじゃないような。
これだけの美女で仕事が出来てスーパーメイドさんで前世が妖精とか設定が盛りすぎな気がするけど、それでも間違いなくヒロインなのに。
そんなヒロインが僕を「様」付けで呼ぶなんて、大昔の少女漫画のようだ。
でも男女が逆転しているんだよなあ。
ああいう漫画では大抵、何の取り柄も無い地味顔の普通の女の子に学園の王子様が惚れるんだよね。
もっとも、ああいう少女漫画って美少女アニメと一緒で顔が描き分けられてない上にデッサンやデザイン上の問題で登場人物がみんな美形なんだけど。
だから「地味で普通」な顔のはずのヒロインの女の子も客観的に見て美少女だったりする。
王子様が顔で選んでも不思議じゃないレベル。
でもヒロインの友達や悪役令嬢(笑)もみんな同レベルの美少女だから、誰を選んでも同じなんじゃないかなあ。
まあいいや。
イントロが流れる中でソファーに腰を降ろすと隣の信楽さんが言った。
「私ぃは踊り明かすのは無理ですぅ。
せめて一緒に放浪するですぅ」
「いや僕、放浪なんかしないから。
大体ジプシーの暮らしなんか僕に耐えられるはずないでしょ」
馬車で移動してテントで寝て大道芸で稼ぐとか絶対無理。
「僕はベッドで寝たいから」
「了解ですぅ。
何とかしますぅ」
信楽さんの台詞に頷いてから、はたと気がついた。
何とかするって何を?
信楽さんの事だから無人島に漂流してもベッドがありそうだ。
気にしない気にしない。
僕は気を取り直して歌う比和さんに集中した。
いや上手いし綺麗で見ていて楽しいからなんだけど、それ以前に比和さん、歌いながらずっと僕を見てるんだよね。
僕がよそ見していたりすると何も言わないけど傷つくみたい。
後で「私はダイチ様を退屈させてしまったのでしょうか」とか暗く言ってくるからそれを避けるためにガン見している。
信楽さんもそれは判っているのでそれ以上話しかけてきたりしなかった。
それにしても比和さんが幸せそうな顔で歌っている曲の歌詞が酷い。
ヤクザ者にもなれない性格破綻者な男が酒浸りで女房を殴ったり平気で浮気して女を家に連れ込んだり、女房が内職してやっとためたお家賃をバクチに注ぎ込んでなくしてまったりするんだよ。
それでも女房はそいつについていくどころか幸せだったりして。
「あれ、本当にあり得ると思う?」
つい信楽さんに聞いてしまった。
「昔のぉヤクザ映画にはよく出てきますぅ。
もっともぉ主役やぁヒロインじゃなくてぇ悪役とその女ですぅ」
信楽さんは何でも知っているなあ。
「僕には理解出来ないんだけどなんで女房は我慢、じゃなくてむしろ喜んで従ってるんだろう」
「私ぃにも理解は出来ないですぅ。
ただぁそういう愛の形はありそうですぅ」
信楽さんが玉虫色の模範解答を寄越してきた。
うーん。
愛と言われてしまうとね。
「愛が必要だ」と言いながら人類? を皆殺しにしようとするアニメの大帝もいたし。
まあ僕には一生判らないと思うし別に構わないんだけど問題は比和さんだ。
何であんな歌を喜んで歌うんだろう。
ひょっとして歌詞の女房になりたがっているとか?
比和さんから見て僕、女好き酒好きでバクチ狂いの性格破綻者に見えていたりして(泣)。
「そういうことじゃないとぉ思いますぅ」
信楽さんが言った。
「サトリの親玉」は健在だ。
信楽さんの頭の中には多分、僕の人格データベースがあってシミュレーションしているんだろうな。
人外は怖い。
「というと?」
「断言はぁ出来ないのですがぁ、あれは比和先輩のぉ防衛本能かもしれないですぅ」
「よく判らないんだけど」
「つまりぃ比和先輩は矢代先輩にぃついていくと決めているわけですぅ。
矢代先輩がぁどんな人でもですぅ。
なのでぇ」
うん、もういいから。
何か物凄く深くて暗い穴を覗いてしまった気がする。
実際の僕はあそこまで酷くないしそうはならないと思うけど、比和さんは万一そうなったとしてもついてくる気だ。
(だから言っただろう。
もう逃れられんと)
無聊椰東湖に言われなくても判ってるよ!
でも何というか背筋が凍る気がしてしまった。
(まあ、判る。
人間は誰でも死ぬ事は「判っている」が本当に死ぬ事をはっきり見せられたようなもんだからな)
よくもまあ平気でそういう事を言うよね。
他人事みたいに。
(他人事だ)
さいですか。
無聊椰東湖には期待してないけど堪える。
舞台では比和さんが恍惚とした表情でクライマックスを歌い上げていた。
男に殴られて倒れた女房が、出ていった男の着物を丁寧に畳んで仕舞った後、淡々と夕食の仕度を始めたシーンだ。
いやもう完全に理解不能だから!
比和さんの底知れぬ深い闇を見てしまった気分で溜息をつくと、視界の隅に炎さんが映った。
こっそり戻って来たみたい。
相沢さんが静村さんと談笑しているのを確認してほっとした表情で身体をゆったりとソファーに預けて座る。
そうしてみると中性的なイケメンが物憂げに寛いでいるようにしか見えない。
さすが。
色々と残念な魔王様だけど宝神内での評判はいいんだよね。
男女共に人気がある。
魔王軍の支配者? だし公にはなってないけど末長家の棟梁でもあるからね。
領地? では殿様扱いだ。
にも関わらず気さくで親切で明るくて、という大昔の少女漫画のヒーローみたい。
まあ矢代家では本性表して色々残念なんだけど。
比和さんが歌い終わって一礼する。
僕に向かって。
僕は全力で拍手した。
歌詞はアレだけど歌は上手いし比和さん自身も綺麗だしね。
振り袖を着て舞いながら歌ったら演歌歌手としても大成出来そう。
比和さんがさすがに息を切らして舞台を降りてきた。
何か言いかけた途端、比和さんの手からマイクを奪っていく炎さん。
「次は私ですね!」
意気揚々と舞台に向かう魔王様の背中に注がれる冷ややかな妖精の視線。
妖魔大戦は止めて(泣)。




