42.僕の体力が持たないから勘弁して(泣)
相沢さんが本気を出して歌うと周囲の人の時間が止まる。
露骨なタイムストッパーなんだよ。
これはもう仕方がないことで今のところ解決策はない。
むしろ更なる奇跡が起こらないように、これでも手加減してくれているらしい。
よって相沢さんは人前で歌う時には極力感情を込めずに「力」を抑える。
本人に言わせると結構な苦行らしい。
そればっかりやっているので抑圧されてストレスが溜まるため、定期的にこうやってある程度自由に歌って発散することにしていると聞いている。
「どうでした?」
相沢さんが舞台を降りて信楽さんに聞いていた。
「良かったですぅ。
歌唱力が上がったように感じましたぁ」
「ありがとうございます。
練習した甲斐がありました」
信楽さんは相沢さんの本気の歌を聞いても時間が止まらないのでこうやって感想を話せる。
そのままマイクを手に舞台に向かう癒やし系美少女。
イントロが流れて次の曲が始まった。
曲はやっぱり昭和のアイドル歌謡だった。
空虚な歌詞がチャラチャラしたメロディーに乗って流れる。
歌い方がたどたどしいけどわざとやってる?
本人も昭和アイドルになり切っているのかも。
そこに寄ってきたパティちゃんが相沢さんに言った。
「新曲でしたね。
アニソンに興味があるんですか」
「アニメ曲ですけど綺麗な曲なので歌ってみたくなって」
そう、パティちゃんも相沢さんの精神攻撃を防御出来るみたいなんだよ。
前世が精神生命体だからなのかと思って聞いてみたら違った。
何でも最初に時間を止められてから世界記録にアクセスしてみたら防御する方法が判ったみたい。
その方法を教えてと言ったら困ったような顔で「普通の人には無理です」と言われた。
やっぱパティちゃんも(泣)。
でもその後、「矢代先輩ならそのうち出来るようになります」と告げられたりして。
僕、普通の人間なんですけど?
いや確かに僕も相沢さんの歌に抵抗は出来る。
なぜだか判らないけど相沢さんと一緒に歌うと時間が止まらないんだよ。
これは僕だけの能力? みたいで他の人たちは一緒に歌おうとすると気を失うことが判っている。
そのまま寝てしまうんだけど。
密着どころか近くにいるだけで精力吸収されるらしい。
聖女様というよりはもう露骨に吸血鬼だよね。
「歌詞がもの悲しかったがメロディーは綺麗だったな。
麻紀はああいうのが好みか」
静姫様が乱入してきた。
ちなみに相沢さんの名前は麻紀さんだ。
依代を名前で呼び捨てに出来るのは同格の依代だけか。
「少し泣かせる歌詞が好きですので。
アニメもなかなかですよ」
相沢さんが微笑んで応えた。
褒められて嬉しそうだ。
もちろん静姫様も依代だから相沢さんの歌に制圧されたりしない。
考えてみたら矢代家のメンバーって相沢さんに影響を受ける人が少ないんだよね。
それだけ人外が揃っているわけで。
ちなみに炎さんは魔王の癖にかなりダメージを負う。
相沢さんが纏う神気だけでも気分が悪くなるため、密閉した室内で歌われたら一発だろう。
案の定、姿が見えなかった。
逃げたな。
何て悲しい魔王様なんだ(泣)。
思わず比和さんを見たら肩を竦められた。
比和さんも、どうも相沢さんの歌に抵抗出来る臭いんだよなあ。
妖精だもんね。
でも時間停止されているように見えるのは、ひょっとしたら僕に合わせてくれているのかも。
悪いから聞いてないけど。
うーん。
ひょっとしたら矢代家って相沢さんの歌に制圧されないメンバーが揃っている?
僕は雑魚だから別にして、その他のメンバーは炎さんを除いて全員、相沢さんの歌に対抗出来たりして。
ああ、それで比和さんが炎さんの事を「炭鉱に連れて行かれる籠の鳥」だと言ったわけか。
警報器代わりって(泣)。
まあそれはいいとして。
(よくないだろう。
魔王様が気の毒過ぎる)
いや無聊椰東湖に言われてもね。
僕自身が生贄に思えなくもないもんで。
そもそも僕がここにいる事自体がどう考えても間違っている。
人外の中の雑魚だよ?
踏みつぶされてお終いだ。
(まあ、メイドさんやお嬢ちゃんに頼るんだな。
世間ではそういう者の事をヒモと言うが)
ほっといてよ!
曲が終わって信楽さんが一礼したので拍手する。
次は僕か。
舞台から降りてくる信楽さんからマイクを受け取りながら「良かったよ」と言ったら嬉しそうに笑ってくれた。
こうしてみると本物の昭和のアイドルみたいなんだけど。
でも信楽さんを含めてみんな凄い人たちだよね。
おまけに全員が美女・美少女。
ラノベの懸賞募集だと一次選考で落ちそうなショボい設定だ。
いくら何でも女の子全員が人外ってないよね。
しかも舞台は現代日本の日常系。
絶対無理(泣)。
心で泣きながらマイクに向かって「あ」と行ってみる。
音量はこのくらいでいいか。
ついでにエコーダイヤルをちょっと回している最中にイントロが終わった。
さて。
「♪I am a GYPSY ○い夜空 こがす炎に照ら○れて……」
好きなんだよね○ーガス。
まあナンパなイケメンが主人公で性格がウザいとか世界設定がよく判らないとか、あるいは続編が悲惨だったとか色々文句はあるけど。
でもジプシーという設定は良かった。
他のアニメみたいに突然どっかに飛ばされてとか逃げてとかに比べて船で移動する理由付けがまともだから。
それに何といってもヒロインがいい。
触覚をああいう風にデザインしたのは正解だと思う。
何でも最初は額に触覚が生えている設定だったらしいとどっかで読んだ覚えがあるもんね。
そんなの「鬼」でしょう!
だから僕はロボットにダーリンが乗っているという設定のあのアニメはイマイチ乗れなかったんだよ。
角が生えたヒロインなんか嫌だ。
「♪○のうのために涙 ○日のためには愛……」
余計な事を考えながら歌い終わると拍手が起こった。
比和さん、そんなに力一杯手を叩かなくても。
「凄いです!
ダイチ様!」
「そう?」
「私もダイチ様と一緒に踊り明かしたいです!」
僕の体力が持たないから勘弁して(泣)。




