41.何歌ったか判らないんだけどね!
比和さんたちの用意が整うのを待ってからみんなで長い廊下を歩いていくとカラオケルームがあった。
娯楽室とは違う場所だ。
「ここは?」
「防音室ですぅ。
どんなに騒いでもぉ大丈夫ですぅ」
そういえば宝神のカラオケ棟ではトラブルが絶えなかった。
隣り合った部屋を借りた学生さんたちがお互いに五月蠅いと罵りあったり喧嘩になったり。
退学させるぞと脅したら喧嘩は無くなるものの、今度は力の限り大声で歌う人が出たりして。
使用禁止措置とかで解決はするんだけど毎年同じ事が繰り返されて防音工事が面倒だったと信楽さんから聞いた覚えがある。
大変だなあ。
まあいいや。
案内されたカラオケルーム、いやもうカラオケスペースは広かった。
ていうか一部屋じゃなくていくつかあるみたい。
「人数別に部屋がありますぅ。
大部屋はぁ30人くらい入れますぅ」
「それってもうカラオケルームじゃないよね」
「お一人部屋もありますぅ」
ある意味残念な構成だった。
十人くらい入れそうな部屋を使う事にする。
炎さんは物珍しそうに見ているだけで役に立たなかったけど、比和さんががワゴンに載せてきたペットボトルやお摘まみを並べている間にパティちゃんがあちこちのスイッチを入れたりマイクやアンプをセットしたりしていた。
「パティちゃんはこの部屋を知ってるの?」
「カラオケルームだけではないです。
このお屋敷の改装から立ち会っています」
事も無げに説明するパティちゃん。
まだ中学生のはずでしょ!
「私は信楽さんの助手なので」
さいですか。
スーパー中学生だね。
比和さんの直弟子であると同時に信楽さんの副官か。
パティちゃんこそラノベに出てくる女主人公なのかもしれない。
部屋は普通のカラオケルームだった。
もっとも調度は豪華で設備も凄い。
壁に液晶の大スクリーンがかかっていて、その横が小さな舞台になっている。
スポットライトやミラーボールも完備。
壁に沿ってソファーが並んでいてその前には低いテーブルがある。
みんなが思い思いの場所に座る間もなく炎さんがコントローラーを弄っていた。
それにしてもよく歌うよな。
今日の懇親会の後も歌ったはずなのに。
「人が多くてあまり歌ってませんから。
欲求不満です」
そうなの。
確かにみんなで歌うとなかなか順番が回ってこないもんね。
十人もいたら1時間に1曲歌えるかどうか。
宝神の人たちって遠慮というものがないから人に順番を譲ったり歌わなかったりする事は有り得ない。
そういえば僕もさっきは1曲歌っただけだったもんなあ。
「今日はとことん行きまーす!」
炎さんがガ○ダムで出撃する○ムロみたいな口調で言って歌い出す。
でも曲は最近ハマッているという昭和の歌謡曲だ。
中性的なイケメンだから何を歌ってもそれなりに様になるんだけど、どうせなら男サイドのアイドルアニメ曲でも歌えばいいのに。
ふと見ると他のみんなもコントローラーを弄くっていた。
僕?
もちろん待機です(泣)。
そもそも女の子と歌う順番を奪い合うほど心が強くないし。
「ダイチ様。
どうぞ」
隣に座っている比和さんがペットボトルの珈琲を勧めてくれた。
「ありがとう」
冷たくて美味しかった。
さすがは比和さん。
「比和さんは歌わないの?」
「私はダイチ様の次です」
「ならばぁ私ぃは矢代先輩のぉ前に歌いますぅ」
反対側に座っている信楽さんがコントローラーを手に言った。
やっと回ってきたらしい。
信楽さんが曲を予約している間に部屋を見回してみた。
やっぱり豪華だよね。
天井は高いし壁紙も高級そうで、何よりソファーの座り心地がいい。
僕たちが高校時代によく行っていた駅前のカラオケ店とは雲泥の差がある。
思えば遠くにきたもんだ。
舞台では炎さんがノリノリで歌っている。
パティちゃんと静姫様が何か話していて、それを相沢さんがニコニコしながら聞いていた。
平和だなあ。
ちょっとみんな美人過ぎるけどごく普通の女子会だよね。
この全員が人外だとは誰も思うまい。
「矢代先輩ぃ。
どうぞぉ」
信楽さんが渡してくれたコントローラーに思いついた曲を予約して比和さんに渡す。
「はい」
「ありがとうございます。
ダイチ様」
律儀にお礼を言ってコントローラーを受け取った比和さんはさっと入力してテーブルの上に置いた。
「やっぱり曲は決まっているんだ」
「はい。
あれは私の心そのものです」
比和さんっていつも同じ曲しか歌わないんだよ。
少なくとも一曲目は。
持ち歌は結構あるみたいなんだけど、僕は3つくらいしか聞いたことがない。
優先順位も決まっているらしい。
もう比和さんの中では固定されているのかも。
炎さんが歌い終わって舞台を降りるや否やコントローラーを弄りだした。
次の曲のイントロが流れ、静村さんがマイクを手に舞台に上がる。
あの態度は静姫様か。
静村さんはもっと遠慮がちだもんな。
静姫様が綺麗な声で歌い出した。
何かと思ったら20世紀のニューミュージックみたいだった。
結構上手いんだよね。
練習すれば本職の歌手としてもやっていけそうなレベル。
自由形の水泳世界選手権保持者にして歌手というのは売れそうだけど本人にはその気はない。
面倒くさいそうだ(笑)。
まあ、依代だし。
次にパティちゃんが精神世界で繰り広げられる戦いを描いたアニメの主題歌を歌う。
やっぱり拘るなあ。
もう日本語もネイティヴ並で、歌も日本人と区別がつかないくらい上手に歌うんだよね。
曲はやっぱりアニソンばっかだけど(泣)。
パティちゃんが歌い終わると次はいよいよ相沢さんの番だった。
マイクを片手に舞台に上がる相沢さん。
スポットライトも当たってないのに何か本人の周りが明るい上に、周囲に小さな光の粒が舞っている(みたいに見える)んですが。
僕は身体の力を抜くと背もたれに寄りかかった。
比和さんが隣で同じような格好になっているけど、近くない?
「安全の為です」
さいですか。
信楽さんはのほほんとしているけど、他のみんなは僕と同じような姿勢になっている。
発射準備完了。
イントロが流れ、相沢さんがマイクを上げて降ろす。
メロディーが小さくなって消えた。
曲が終わったみたい。
「お粗末様でした」
相沢さんが丁寧に礼をして僕たちは拍手した。
何歌ったか判らないんだけどね!




