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14話 大橋

 ひんやりとした空気。地上から降り注ぐ数少ない太陽の光。

 目蓋を擦り、あくびを何度もしながらも僕は朝を迎えたので起床することにした。寝不足のモヤモヤ感と昨日の心残りが入り混じり、気持ちの良い寝起きではなかった。でも、僕はそうした不調要素を押し殺して白野さんに出発の挨拶をすべくゲストハウスを後にした。

 白野さんの家の前で白野さんと篠原さんが僕のことを待っていた。手術のお礼を再度述べた後に改めて出発することを告げた。白野さんは『名残惜しいね。もし、目的が済んだとしたら、またここに遊びにおいで』と言い、僕らの姿を見えなくなるまで手を振り続けてくれた。


 「初めてここに来たときはどうなることかと思ったけど、白野さんが優しくて良かったね」


 「えぇ。あと、去る直前に住んでいる住人の方からも食べ物の詰め合わせのおみあげを頂いたことにはびっくりしたわ。私たち、あまり歓迎されてない感じだと思ってたから」


 「僕も昔あったこととかを考えると嫌われていると思ってた」


 「でも、そうじゃなかった。姿は変われど、あの方々は人間だった」


 篠原さんは足を止め、白野さんたちの集落の方向を眺めた。


 「……小野寺君。私、手術やおみやげ以外にも大切なものを貰った気がする」


 「うん。僕もそう思う」


 僕らは再び足を動かし始め、検問所まで向かった。





 

 

 検問所に到着して目に入る物騒な兵装に身を包む兵士と建物。以前の騒然とした現場の記憶が蘇り、頭と心がズキズキとした鈍痛に襲われた。気分が悪い、腹が立つ。嫌な感情しか湧いてこなかった。しかし、僕には通過審査を受ける長蛇の列に潜り込み、僕たちの番を静かに待つしか選択肢がなかった。その待ち時間は今までで一番時間の流れが遅く感じた。

 日が少し傾くほどの時間を待った頃。ようやく僕たちの番になった。二人の検査員が一人ずつ対応をして、布越しからのボディーチェックと口の中の粘液を採取が行われた。その後、5分ほど結果待ちで待機した。そして、あっさりと検査をクリアしてしまった。あまりにも簡単に通過できてしまい、拍子抜けしてしまった。別の場所で検査を行っていた篠原さんも無事クリアを果たして僕と合流した。


 「篠原さん、検査の方はどうだった?僕の方は特に質問もなく通されたんだけど」


 「私の方は皮膚や義眼のことに気付いてもいなくてそのまま通行許可がおりたよ」


 「あっさりしすぎて腑に落ちない点もあるけど、無事お互い通過できてよかった!」


 「そうね。はやくこの大橋を渡りましょう!」


 車両の通行は制限されていたので、僕たちは橋の中央を他の検査通過者とともに向こう岸を目指して歩いて行った。海側から吹く冷たい潮風が耳をメインとして僕たちの身体を一気に冷やしてくるように感じた。更に飛び交う砂埃が目を襲い、通過できた喜びとは裏腹に悪天候が僕たちを歓迎した。

 僕たちが黙々と歩き、橋の中央付近まで来たところ。何やら十数名ほどの人物が待機している姿が見えた。服装を見ると検問所にいた兵士と同じもので一人だけ服装が異なり、軍服の上にトレンチコートを羽織り、胸にはいくつかの勲章が付けられていた。この人は後ろに従える兵士の上官の方だろうか。

 僕はそう思いつつ、彼らとの距離を近づけていった。彼らは微動だにせず只々、この橋を渡る人たちを眺めているだけだった。すると、上官らしき人物に反応が見られた。髪を整え、細身で眼鏡をかけてどこかしら知性的な面持ちを感じさせる男性だった。ドラマなどで出てきそうな官僚のような風貌だった。そして、僕たちの方に歩み寄ってきた。その足取りはどこか重く感じ、あと厳粛な面持ちを感じさせた。


 「こんにちは。私は第一陸軍所属の牧瀬という者です。あなたは、もしかして篠原リセさんでしょうか?」


 「はい……、そうですが」


 彼の問いかけに僕は驚き、篠原さんも動揺した素振りを見せながら答えた。


 「な、何で私の名前を知っているのですか?」


 「実は、あなたのご両親から安否不明者の届け出がありましてね。軍として届け出があった人物はすぐ再会できるよう配慮しているのです。だから、こうしてお迎えにあがったわけです」


 「国を支えるとなる国民は財産。その財産を守ることが我々軍の使命であります」


 牧瀬と名乗る人物は礼儀正しく丁寧に説明をした。


 「良かったね、篠原さん!ご両親が待ってるって」


 僕は今の状況に心底喜びを感じていた。やっと、篠原さんの思いが報われるのだと。


 「小野寺大地さんも今までの切迫した環境でお疲れでしょう。私たちと一緒に安全な場所へ参りましょう」


 牧瀬と名乗る人物は手を差し伸べた時、


 「ちょっと待って」


 篠原さんが足を止めた。


 「牧瀬さん。何故、小野寺君のことを知っているのですか?私は両親に一度も小野寺君の話をした覚えはありませんよ。あと、この一大事に一市民のための対応としては過剰に思えるのですが」


 一度も話したことがないという部分に悲しみを感じたが、その事実からは先ほどの発言と辻褄が合わないと感じ、一歩後退をした。


 「……身辺情報の担当は枢木二等兵でしたね」


 紳士な態度の面影が薄れ、牧瀬と名乗る人物の眼が鋭くなっていった。そして、腰に繋いでいた拳銃で部下の頭部に躊躇なく発砲をした。撃たれた部下は反動で吹き飛び、大きく半円の血しぶきをあげながら倒れていった。その行為に僕たちはもちろん、周りにいた他の通過者も大きな衝撃を受け、どよめきが起きていた。


 「疑問を抱かせず、平和的に遂行したかったですが仕方ありませんね。彼らを拘束しなさい」


 牧瀬の言葉で部下たちが動き出し、僕は何も抵抗ができないまま拘束されてしまった。


 「どういうことだ!何のつもりだ!」


 「小野寺君!!」


 僕の姿を見た篠原さんが持ち前の怪力で周囲に群がる兵士を吹き飛ばして、僕を開放すべく向かってきた。だが、


 「なるほど。出来損ないとしてはなかなか良い動きをするね」


 飛び掛かる篠原さんを牧瀬の変化した腕が轟音と共に吹き飛ばした。その腕は通常の人の4、5倍ほどの大きさに膨れ上がっているが、皮はなく筋肉組織が群がっているかのように腫れあがり、脈打ち、血が滴り落ち続けていた。


 「篠原さん!!」


 僕は篠原さんに向かって叫ぶが、彼女は橋の鉄骨に強く打ちつかれたせいか気絶をしていた。


 「小野寺君も、少し静かにしてもらおうか」


 兵士の一人から銃身か何か硬いもので頭を殴られ、僕の意識は薄れていった。

 

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