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13話 ベンチ

 僕は公衆の場に置かれているベンチに座り、地上から地下まで大きく吹き抜けている空間と夜空を眺めていた。白野さんの話を聞き終わった後、善は急げということで篠原さんの皮膚と喉の手術を行うことになり、公園で時間を潰すリストラされたサラリーマンのように無為な時間を過ごしていた。手術が始まって約半日が経とうとしていた。


 「篠原さん、大丈夫かな」


 白野さんは信用しているが、流れ続ける時間の量が不安へとどんどん変換されていく気分だった。

 篠原さんに会うまでは僕は一人で生き長らえてきた。しかし、彼女と出会い初めて違う居場所にいることがここまで心苦しいと感じるようになるとは思いもしなかった。あの時、彼女は僕が同行すると言った事に感謝をしていたが、それは僕が言うべき言葉だったのかもしれない。

 物思いに耽りながら地面の小石を蹴り続けていると、その小石が思いのほか遠くへ転がっていた。勢いよく飛んでいく小石の行く様を凝視していると、誰かの足元で止まった。小石から靴、膝と視線が自然に視線が変わり、上へ上がっていく。そして、最終的には見知った顔が目に映り込んできた。


 「小野寺君、いつの間に野球部からサッカー部に転部したの?」


 月明かりと暗闇の狭間で後ろに手を組み、少し首を傾げながら僕の様子を面白そうに眺めている篠原さんの姿がそこにはあった。


 「篠原さん、声が!」


 学生として学校に行き、毎日を送っていた頃。彼女に話しかける勇気がなく、見かけるたびに視線を追っている時に僅かながら聞こえてきた彼女の声。今まで忘れかけていた声だったが、今の彼女の一言で僕はこの過酷な世界の中で以前通っていた学校にいる感覚を一瞬味わった。


 「どう?歌手のような可憐な声でしょ」


 「うん。とてもいい声だ」


 「小野寺君。そこは、『それは言い過ぎだ』と突っ込まないと」


 普通に会話しているだけなのに、僕も篠原さんも頬が緩み、笑顔を自然にこぼし続けていた。今まで筆談でコミュニケーションをして意思疎通をしていたが、言葉を投げかけ合う楽しみを気付かされた気持ちだ。


 「よかったよかった。簡単な手術とはいえ、手術。成功は喜ばしいことだ」


 篠原さんの後に白野さんが現れて、首や腕を動かしてストレッチをしていた。どうやらお疲れのご様子だった。


 「白野さん、私の声と皮膚を戻してくださってありがとうございました」


 「僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございました!」


 僕と篠原さんは深々と頭を下げた。


 「私を必要とする人のために、私は生きているから気にしなくっていいよ。私にとってそれが当たり前のことなんだから」


 少し耳が赤くなって饒舌になっている白野さんのとっつきにくい言い回しは、彼なりの照れ隠しということで僕は理解した。


 「私は半日の手術で疲れたから先に寝るよ。空き部屋に寝具は用意しているから、君たちも早く寝るんだよ」


 「分かりました。白野さん、おやすみなさい」


白野さんは振り返らないまま僕たちに手を振ると、サンダル靴の足音を鳴らしながら自分の部屋へ戻っていった。再び、静寂がベンチの周辺を囲い込む。


 「……ねぇ。隣、座っていい?」


 僕は相槌を打つと体を動かし、彼女が座れるようにスペースを設けた。


 「ありがとうね」


 僕と彼女はベンチに座ったまま次の会話をするわけでもなく、満月を覆い隠す雲が流れ去るぐらいの時の間、ただただ夜空を眺めていた。時折流れてくる冷たい夜風で僕らは身体を身震いさせた。


 「綺麗な夜空だけど、ずっと眺めているのは流石に冷えるね」


 隣から彼女の反応を覗った。


 「そうだね。少し寒いかも」


 篠原さんは手のひら同士を擦りながら、若干白く見える息を吐きだして答えた。


 「やっとこれで検問所を通って篠原さんのご両親に会えるね」


 「これなら問題なく通過できそうだね。小野寺君のおかげだよ」


 「僕は、何もしてないよ。手術したのは白野さんだし、白野さんを知ることができたのは……荒垣のおかげだし」


 荒垣の部分だけ声量を小さくして話した。


 「でも、ここまで来られたのは一緒に行動してくれた小野寺君のおかげ。君がいなければ私はずっと一人でこの閉鎖地区を放浪してたわ。本当に感謝しているよ」


 「僕の方こそ、ここから抜け出せるきっかけを貰って嬉しいと思ってるよ」


 ここまで来れたことをお互い感謝の言葉を述べた。そして、少し不思議な間が開いてから篠原さんが続けた。


 「でも、私がここに出て両親に会いたいと言った時。小野寺君、あまり考えずにすぐ答えてくれたけど、何でかな?」


 篠原の言葉で学校で目撃した彼女の笑顔が頭をよぎったが、そのことには僕は何故か触れずに答えることにした。


 「僕もここから抜け出したいと思っていたからね」


 「それは、私と小野寺君の目的が似ていたから一緒に行動しようと思ったの?」


 「同じ目的を持つ者なら協力した方がお互いのためでしょ?」


 「うん、そうよね。それは両者のためになるからね、うんうん……」


 そして再び、静寂が訪れた。


 「……寒くなってきたし、私は先に部屋に戻ってるね。小野寺君も風邪を引く前に自分の部屋に戻りなよ」


 「そうするよ。でも、僕はもう少しこの夜空を眺めてるよ」


 「そっか。それじゃおやすみ」


 「おやすみなさい」


 篠原さんは部屋に戻っていった。1人広場に残った僕はため息を漏らしながら、大きくベンチに体をもたれかけた。


 「何が協力した方がお互いのためだからね、だ。他にもっと単純でやましい理由があるだろ僕」


 僕は白いため息を複数吐き出し、自分の先ほどの発言に辟易しながらうなだれるのであった。

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