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コンチェルト。アゲイン  作者: 煮込みハンバーグ
36/51

36【冬ざれ、褪せていく】

  【冬ざれ、褪せていく】


 朝起きて体を起こすと、見慣れないふすまが見える。そしてしばらくボーッとしてから、俺が今、修学旅行に来ている事を思い出す。

 周囲では寝相の悪いクラスメイトの男子数人が思い思いの体勢で寝息を立てている。

 時間はまだ五時を過ぎたばかり。だが、今日は何だか目が冴えている。

 顔を洗って完全に目を覚まさせ、みんなの邪魔にならないように窓際の座椅子に腰掛ける。

 今日は京都を行動班で自由研修する日。俺としては一番楽しみな日だ。

 しかし、こんなに朝早く起きても何もすることは無い。

「ちょっと、外の空気でも吸って来るか」

 ゆっくり立ち上がって、物音を立てないように部屋の外へ出る。

 部屋の外に出ると、空気がひんやりとしていた。とりあえず、何処か外の空気が吸える場所を探さなくてはいけない。

 廊下をまっすぐ歩いてロビーまで歩く。その途中、廊下の壁がガラス張りに変わったところで足を止めた。

「あれは……セリア?」

 中庭にあるベンチに座って体を揺らすセリアの後ろ姿が見えた。

 ふと周囲を見渡して中庭に出れる場所を探す。しばらく見渡してから出口を見つけると、俺はその扉をゆっくり開いた。

「キミを探して振り返る。ボクに残った、キミの面影を頼りに」

 綺麗な歌声が聴こえた。この声はセリアのもので、歌は俺が文化祭で歌った歌だった。

「ボクはキミを探して歩き出す…………ユ、ユーイチ!? なぜこんなところニ?」

「セリアこそ、こんな朝早くにどうしたんだよ」

「ワタシは、楽しみだったので早く起きてしまいまシタ!」

 セリアはニッコリ笑って頭を掻く。

「隣、いいか?」

「オーケーです」

 セリアの許可を聞いて俺はゆっくりベンチに腰を下ろした。京都の朝は静かだ。

「さっきの歌、上手かったな」

「オウ……聴かれていましたカ。恥ずかしいデス」

「あんなに上手いんだから、恥ずかしくはないだろう」

「ノー。メロディーをなぞる事しかワタシには出来まセン。ユーイチのように、人をドキドキワクワクさせる歌にはまだまだデス」

「俺は下手くそなんだけどなー」

「ユーイチはとっても上手かったデス! ユーイチ、カッコよかったデス」

「そっか、ありがとう」

「ワタシは、文化祭のユーイチの歌を聴いて、この歌が大好きになりまシタ。だから、毎日聴いて歌っていマス」

 今度は鼻歌でさっきの歌を歌うセリア。鼻歌でも十分に綺麗な音をしていた。

「カオリはユーイチの事が大好きデスネ。昨日の夜は、みんなでユーイチの話をしたデス」

「詳しくは聞かない方が良さそうな話題だな」

「みんなユーイチの事を褒めていたデス。そして、カオリが羨ましいと言っていたデス。それを聞いて、カオリはとっても嬉しそうでシタ」

 俺は褒められるような事をした覚えはない。でも貶されているわけではなくて、褒めてくれるのだから素直に喜んでおこう。

「ワタシもユーイチやカオリみたいに、ステキな恋をしてみたいデス」

「セリアだって恋愛出来るだろ。性格も明るくて優しいし、見た目だって可愛いじゃないか」

 セリアは悲しそうに視線を落とし、左右に力無く首を振る。

「ノー、ワタシにはタイムリミットがありマス」

 タイムリミット。その言葉の意味はすぐ分かった。

 セリアは留学生。その留学期間中しか日本に居られない。留学が終われば、セリアはイギリスに帰ってしまう。だから、たとえ両想いになれたとしても、離れ離れになるから恋愛が出来ない、しないという事なんだろう。

 でも、それは寂しい。

「セリアの事はセリアにしか分からないけど、俺は恋愛してもいいと思うぞ」

「でも……」

「セリアは好きな人が居て、誰かに嫌いになれって言われて嫌いになれるか?」

「ノー! そんな事、絶対に出来まセン!」

 激しく首を横に振ってセリアは否定する。

「だったら、恋愛しないってのは無理だろ。恋愛ってのは大抵、気付いたら始まってるものだ。始まりを気付くんじゃない。始まってる事を気付くんだ。だから、セリアにもし好きな人が居て、その人を好きでいたいって時点で、恋愛しないなんて事は不可能だ。もう、その時には恋愛が始まってる」

「ユーイチ、ユーイチはやっぱりカッコいいデス!」

 セリアはニッコリ笑って立ち上がる。そして胸の前で両手を組む。

「ワタシもステキな恋が出来るように、頑張るデス」

「おう、俺も香織も二ノ宮も、何かあったら何でも相談に乗るからな」

 セリアには好きな人が居るんだと思う。鈍感な俺でも分かる。

 ここ最近、男子との距離を開けていたのは、その好きな人に他の誰かを好きだと勘違いされないためだったのかもしれない。

「もしもし、カオリ? 少し中庭に来てくれませんカ? ユーイチも一緒デス!」

 スマートフォンを取り出して電話をするセリア。どうやら、相手は香織みたいだ。

「香織、起きてたのか?」

「ハイ! ワタシと同じ時間くらいに起きていたデス」

 そんな話をしていると扉が開き、香織が中庭に下りてくる。

「おはよう、優一さん」

「おはよう、香織」

「カオリ! ユーイチの隣に座るデス!」

 セリアが香織にベンチを勧め、香織が俺の隣に腰掛ける。俺達の前に立つセリアは急に香織に向かって頭を下げた。

「カオリ! ごめんなサイ!」

「えっ? セリアさん、急にどうしたの?」

 香織は露骨に戸惑う。俺もセリアの行動の意味が分からず困惑する。

「カオリはとても大切な友達デス。でも、どうしてもカオリに謝りたいデス」

「どうしたの? 私に謝りたい事って何?」

 心配そうに尋ねる香織の目を見て、セリアは絞り出すように声を発した。

「ワタシは、ワタシは……ユーイチが好きデス」

「えっ…………」

「もちろん、友達としても大好きデス! でも、ワタシはユーイチに恋をしていマス」

 いや、セリアの好きな人が俺? でもセリアは俺に対して何も変わった様子なんて。…………いや、変わっていた。でも、俺に対してではない。

 セリアは、俺以外の男子に対する接し方が変わっていた。俺以外の男子とは一定の距離を作っていた。それが、俺を好きだったからと考えれば説明がつく。でも、説明がつくのと状況を理解出来るのとでは別だ。

「でも、カオリに勝てるとは思いまセン。だからお願いデス。ユーイチを、好きで居させてほしいデス!」

「好きで居るだけ?」

「ウゥ……」

 顔を真っ赤にして押し黙るセリアを見て、香織は困った顔をする。

「正直に言うと、嫌かな」

「ハイ……」

「でも、好きな人を好きな気持ちって、他人がどうにか出来るものじゃないのは分かる。セリアさんが優一さんの事を好きになるのも当然だと思う。だって優一さん格好いいし」

「ハイ! ユーイチはカッコいいデス!」

 ああ、居づらい。何なんだ、この終着点の見えない上に、何故か褒められるという心底恥ずかしい状況は……。

「でも、優一さんは私の彼氏だもん。他の子と手を繋いだりチューしたりなんて絶対にダメ」

「なんで俺を睨むんだよ」

「だって二ノ宮先輩としてたし」

「それは二ノ宮が無理矢理やったんだよ。同意の上じゃない」

 いつの間にか俺に問題が飛び火して来て、香織から容赦なく掛けられる火の粉を振り払う。

「でも、もし優一さんがセリアさんの事を好きになったら仕方ない。だから好きになって優一さんにアピールするのはいいと思います。それに負けたら、私の魅力が足りないって事だから」

「でハ?」

「常識的な範囲でのアピールは許します! でも、私も負けません」

 結局、どういう事なのか良く分からない。が、俺には分からない終着点で落ち着いたのは分かる。

「ユーイチ!」

「ん?」

「好きデス!」

「ごめん、俺には香織が居るから」

「オウ……初戦は惨敗デス……」

 がっくしと肩を落としたセリアはパッと顔を上げると、香織に飛び付いた。

「ありがとーデス、カオリ! カオリと友達で本当に良かったデス!」

「セリアさん、私は優一さんを渡すなんて言ってないからね?」

「ハイ! でも、恋を諦めなくてよくなったのは、カオリのおかげデス!」

 抱き合って笑い合う二人は、何か互いに同じ何かを感じて共有している感じだった。でも、やっぱり……。

 俺にはさっぱり分からない。


 朝食の後、俺はジロジロと色んな奴らから視線を浴びて居心地の悪さを感じる。

「セリアのやつ……なんて事を」

 朝食は昨日の夕食と違い男女が一緒の場所で食べた。その時に、男子陣で固まって居る場所に向けて、いや、その中に居た俺に向けてセリアが言ったのだ。

「ワタシはユーイチが好きデス!」と……。

 もちろん「ごめん」と断ったが、それを男女問わずその場に居た全員に見られた。そのせいでこうやってジロジロ見られているのだ。

「二ノ宮先輩も跡野さんで……」

「セリアさんも跡野さん……」

「「なんでですか!?」」

「俺に聞くな!」

 杉下と高嶺に言われ、俺はそう返すしかなかった。

「でもまあ、最近のセリアさんを見てたらそんなことじゃないかとは思ってたんですけどね。……ああぁーっ!! なんで跡野さんばっかりモテるんですかぁーっ!」

「ホントそうだよなぁー。神崎も、音瀬先輩に跡野さんが好きだからって振られたらしいし。ズルイ!」

 なんで何もしていない俺が、ブーブー文句を言われないといけないのか分からない。しかし、それよりも今日の自由研修で一緒に行動する高嶺には申し訳ない。

「すまんな高嶺。今日、気まずかったら別の班に――」

「いや、セリアさんと京都歩けるチャンスを棒に振るとかないでしょ! 一緒に行くに決まってるじゃないですか!」

「そうか、なら良かった」

 案外、高嶺も杉下も、もう諦め切れているのかもしれない。告白を断られたからこそ、答えをもらったからこそ、踏み出せる一歩というのもある。


 旅館の玄関前に集合という事で、俺と高嶺が玄関前に行くとその直ぐ後に香織とセリアが出てきた。

「やっぱり」

「オオ! カオリの言う通りデス!」

「優一さんはいつもデートの待ち合わせ三十分前に来てるの。だから今日も早めに来てると思ったんだけど。優一さん、まだみんなで決めた集合時間まで四十分あるよ?」

「いや、俺はこれからちょっと買う物があってだな……」

「じゃあ、一緒に行こう」

「そうだね、また跡野さん何か企んでるみたいだし」

「デス!」

「企んでるって随分な言い方だな」

 三人を引き連れて歩き出すと、香織が自然に手を繋ぐ。

「最初は、金閣寺だっけ?」

「ああ、でもその前に京都駅で買うものがある」

 そう言って旅館からしばらく歩いて京都駅に向かうと、地図で調べていた総合案内所の中に入る。そしてチケット売り場の近くにある案内用のポスターを指さした。

「京都観光一日乗車券。バス地下鉄電車、全部一日乗り放題で一二〇〇円だ。大体一回バス地下鉄電車のどれかを使うと二三〇円掛かる。今回は最低六回は移動でなにかしらの移動手段を使うから」

「一三八〇円は最低必要デス」

「おっ、セリアは計算が速いな」

「最低使う六回だけでも、一八〇円お得だね」

 香織は案内用のポスターを眺めながらそう呟く。

「それに、これさえあれば、チケットを毎回買う手間とか無くなるしスムーズに移動が出来ると思うんだけど?」

 三人に首を傾げて確かめると、三人は笑顔で頷いた。

 俺は代表して四人分の乗車券を買って案内所を出た。

「これはみんなが跡野さん好きになるわけだ」

「高嶺、褒めても何もないからな」

「いや、こんなに気を遣ってデートとかされたら女の子好きになりますって。俺も跡野さんを見習おう」

 乗車券を手にする高嶺がウンウンと頷く。

「さて、最初は金閣寺だな」

 経路図を見ながら乗る電車を判断しホームに向かって歩く。

「本物の金閣寺を見れるのはとっても楽しみデス!」

「俺も生金閣寺はないっすね」

 セリアはもちろん初めてだったようだが、高嶺も初めてらしい。

「私は中学生の頃に一度来たけど、その時は夏だったかな」

「じゃあ、秋まあ殆ど冬の金閣寺はみんな初めてか」

 雪はまだ降るような季節ではないが、もう殆ど冬であると言ってもいいだろう。何しろ、この肌寒さはもう冬だと俺の体が言っている。

「優一さん、寒い」

 腕を抱いて俺を見上げる香織がニッコリ笑う。この、ちょっとあざとい感じも可愛い。

 電車が来るのを待って、電車に入ってすぐ俺はセリアと香織を壁に背中を付けさせて、その前を高嶺と二人で遮る。

 京都というか関西の人は気のいい人が多い。道を聞けば気さくに教えてくれるし、世間話も気軽に振ってくれる。だけど、みんながみんながいい人とは限らない。

 こんな混雑した電車内では当然痴漢に遭う可能性がある。セリアのように身長が高くブロンド髪という見た目は、派手だから痴漢は狙いにくいらしい。でも香織のように背が低く黒髪清楚で、見た目が大人しそうな子は狙われやすいらしい。それにセリアもかなり可愛いから狙われないとは限らない。だから、二人の周りに誰も近付けないようにガードする。

「二人ともありがとう」

「ありがとーデス」

「いや、なんて事ないですよ」

 セリアにお礼を言われ、高嶺は少し顔を赤くして視線を逸らしながらそう答えた。

 変な人影も無く無事に金閣寺の最寄り駅まで着き、電車を降りて駅を出ると香織がギュッと手を握る。

 片手に持った地図を頼りに金閣寺を目指す。すると、『鹿苑寺 金閣寺』と書かれた看板が見えて来た。

「オオ! ついに金閣寺デス!」

 まだ見えていないが、セリアは興奮を抑えきれないのか、周囲をキョロキョロとして、そして首を傾げた?

「あんまり、人が居ないデス」

「時間が早いからな。でも、早めに来ておかないと、金閣寺はゆっくり見られないんだぞ」

 金閣寺は京都でも屈指の観光スポット。人が沢山来る時間帯では大混雑でまともに見る事なんて出来ない。そのために、まず初めに金閣寺を訪れたのだ。

 境内に入って受付で見物料を払い奥に進んでいく。細かい砂利の敷き詰められた道を歩いていると、それは見えた。

 誰も、感嘆の声さえ漏らせなかった。それくらい、俺達は目の前の光景に圧倒された。

 鮮やかな紅に染まる紅葉の葉の下には竹で作られた柵がある。その柵の向こう側には綺麗な池があり、その先に金色に輝く金閣寺があった。池の水面に金閣寺と綺麗に紅葉した紅葉が映る。

「(おお! 凄く綺麗な眺めです!)」

「えっ? セリア? 今何だって?」

「オウ、すみません。とても素晴らしい眺めだと言いまシタ。本当に、とってもステキな眺めデス」

 香織は手を繋いだまま金閣寺を見て固まり、そしてギュッと手を握った。

「俺、初めてですよ。建物見て固まったの」

「ああ、これは言葉出ないな」

 見た目は派手なのに、このあまり観光客の居ない落ち着いた雰囲気によく合っている。それに、紅葉とのコラボレーションは反則だ。

「優一さん、どうしよう。まだ始まったばかりなのに胸がいっぱいだよ」

「全くだ。まだ胸いっぱいにするのは早いぞ」

「だって、こんな綺麗な景色を優一さんと一緒に、優一さんの隣で、優一さんと手を繋いで見てるなんて、信じられない」

「俺の存在くらいは信じてくれてもいいだろ」

「ありがとう、優一さん。きっと、遅く来たらいっぱい人が居て見られなかったよね。優一さん、本当に大好き」

 香織の言葉に体が熱くなる。ヤバイ、今すぐ抱き締めたい。いや、でも流石に自重しないとマズい。


 金閣寺見物を終えた俺達は、次なる目的地の清水寺に向かう。その清水寺へ向かう電車の車内で、高嶺が窓の外を指さして首を傾げた。

「なんかコンビニもファストフードも、看板がおかしくないですか? うちの地元じゃどっちも赤とか青なのに、こっちは白と茶色って」

「タカミネ、それはコトホゾンホーデス!」

「ことほぞんほー?」

「正式には、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法、って言うんだ」

「えっと、その名前の長い法律と何の関係が?」

「ああ、そのいわゆる古都保存法ってのは、歴史的建造物が多い京都の貴重な景観を守っていこうって法律だ。古都保存法では、建物を建てる時、木を切る時なんかに申請が必要になったりする。でこの古都保存法は国が決めたものだが、京都には条例で建物に関して細かい制限があるんだ」

 俺は窓の外に見える景色を眺めて話を続ける。

「その条例は景観条例って言われる条例で、古都保存法みたいにみんなで決まりを守って、綺麗な景観を未来に残していこうって条例だ。全国でも景観条例を施行してるところは沢山あるけど、京都は一番厳しい。それこそ条文なんて目を通すのは気が遠くなる量だ。その厳しい景観条例の中に、派手な看板は付けちゃいけないとか、景色を遮るような高い建物は建てちゃダメとか、そんな決まりがあるんだよ。だから、コンビニやファストフードも、その景観条例に違反しないようにしてるんだ」

「そうなんですか。でも、瓦屋根のコンビニとか面白いですね」

「ああ、その景観条例を逆手に取って商売してるところもある。瓦屋根のコンビニなんて京都くらいだろうし。見慣れない人からすれば、気楽に立ち寄れる観光スポットだ」

 中学で調べた時の記憶を引っ張り出して話す。俺の話を聞いた高嶺は、窓の外に見える景色をずっと眺めていた。


 電車やバスを乗り継いで、清水寺に上がる坂道の下で立ち止まる。

「オオ! テレビで見た事あるデス!」

「ここは清水坂。清水寺まで続く坂道で、左右にはお土産屋とか食事処がいっぱいある」

 俺達が来た時には既に観光客で大混雑。でもこの混雑具合がまた、観光地に来たという実感をくれる。

「ここはお土産屋が多いし見てみるか」

「ハイ! オオ! ユーイチ! 刀があるデスヨ!」

 すっかりテンションを上げて、セリアは店先に飾られている模造刀を見て目を輝かせている。

「オー! 菊一文字則宗きくいちもんじのりむねデス」

「流石セリア、詳しいな」

「菊一文字則宗って?」

「カオリ、菊一文字則宗とは、新選組一番隊組長の沖田総司が使っていた、と言われる刀デス。名刀工、則宗が作ったと言われていマス。ですが、実際は分かりまセン」

「まあ、則宗が作った刀に菊紋はないって言われてるからな。それに菊一文字じゃなくても、則宗が作った刀は当時でも国宝級の刀だった。だから、新選組の沖田総司が実際に使っていたというのは、間違って後世に伝わったって言われてる」

 セリアの説明を補完しつつ、俺は視線を隣の模造刀二本に向ける。

「実際に沖田総司が使ってたって言われているのは、加州清光かしゅうきよみつ大和守安定やまとのかみやすさだだな。大和守安定の方は切れ味の良い良業物って言われてる」

「でも、とても短いデス……」

 セリアは模造刀の短さを嘆く。まあ、柄や鞘の装飾を見て楽しむためにミニチュア化したのだろうが、セリアの心には響かなかったようだ。

 清光坂を寄り道しながら登っていると、清水寺の入り口である仁王門が見えて来た。紅色の門の手前には石段があり、そこで記念撮影をする人達が沢山居た。

「みんなで写真を撮るデス! すみません! 写真をお願いしマス!」

 近くに居た女性二人組に人見知りゼロで駆け寄っていくセリアを見て、改めてセリアの良さを感じた。

「ユーイチとカオリはもっと近付くデス!」

「これ以上どう近付けって言うんだよ」

 セリアに押されてピッタリ体をくっつける俺と香織に無茶を言う。

「では行きますよー。はい、チーズ」

 セリアは満面の笑みでピースをして写真に写る。

「どうもありがとうございました」

「ありがとーございまシタ!」

 撮影してくれた人達に頭を下げて振り返ると、既に香織と写真の受け渡しをしていた。

「ほら、中に入るぞ」

 受付で参拝料を払い中に入る。そしてしばらく歩くと、すぐにこの清水寺で最も有名なあれが見えて来た。

「これが清水の舞台デスカ!!」

 走って舞台の端まで行ったセリアが、両手を広げて舞台の下に広がる景色を眺める。

「オオ! とても高いデス! 清水の舞台から飛び降りた人は凄いデス!」

 清水の舞台自体を写真等で見る事は多いが、清水の舞台から見た景色を見る事はほぼない。だから、この景色は実際に清水寺を訪れた人しか見ることは出来ない。

「ユーイチ、あの水は何デスカ?」

「あれは音羽の瀧って言うやつだ」

 舞台から見て左手に水が三本流れ落ちている所が見える。それが音羽の瀧。清水寺にあるパワースポットとして有名な場所だ。

「左から学問、恋愛、延命のご利益があるらしい。叶えたい願いの水を一口飲むと良いらしいぞ。欲張って全部飲もうとするとどれも叶わなくて、一口じゃなくて大量に飲むのもご利益が飲み過ぎた分減って逆効果らしい」

 俺がそんな説明をしていると、後ろから「うわっ、私全部飲んじゃった」とか「うわー、私なんか恋愛成就がぶ飲みしちゃったよ」というような声が聞こえてきた。

「なるほど、みんな真ん中の水に並んでいるデス」

「セリアも行くか?」

「ハイ! 真ん中の水を飲むデス!」

「わ、私も真ん中水を飲む!」

 駆け出したセリアを香織が追いかけて行く。

「俺は学問ですかね」

「俺は、延命長寿かな」

「なんか跡野さん、オヤジ臭いですね」

「失礼だな」

 置いて行かれた俺と高嶺はそんな話をしながらゆっくり音羽の瀧に向かって歩いて行った。

 音羽の瀧でそれぞれ願掛けをして歩いていると、香織が俺の袖を引っ張る。

「優一さん、地主神社に行かない?」

「ああ、俺はいいけど。二人ともいいか?」

「オーケーデス」

「はい、俺もいいですよ」

 香織の希望した地主神社は、縁結びで有名。いわゆる恋愛の神様が居る神社。特に女性の人気が高い。

「みんなあそこで何をしているデスカ?」

「セリアさん、あれは恋占いの石って言われてる石で、目を閉じたまま片方の石からもう片方の石に辿りつけたら恋が叶って、誰かのアドバイスをもらって辿りつけたら、誰かの助けを借りれれば恋が叶って言われてるの」

「ワタシもやってみるデス!」

 順番待ちをして、自分の番が来たセリアは、目を閉じて歩き出す。

「オオ、これはなかなかスリリングデス!」

 セリアは段々と右へ逸れていく。

「セリア、アドバイスは居るか?」

「ノー!」

「でも、目の前の男の人、困ってるぞ」

 彼女連れで来ていた男の人が、自分に迫って来るセリアに困っている。

「オウ……アドバイスをお願いしマス……」

「もうちょい左だな」

「オーケーデス」

「そーそー、そのままそのまま……ストップ」

 左を意識したセリアは向かい側の石に近付き、石にぶつかる直前に俺の声で立ち止まる。

「ムム……ユーイチのアドバイスが必要というのは……これでは、本末転倒デス!」

「誰かのアドバイスがあれば叶うってだけだからな。それに、これから先の恋が叶うって事だから、今の恋とは限らんぞ」

 戻って来たセリアに続いて、香織がグッと拳を握る。

「絶対に、アドバイスしないでね」

「オーケーデス」

「分かった。でも怪我しそうだったら止めるからな」

「うん」

 香織はキュッと目を瞑り、ゆっくりと足を踏み出す。セリアよりも慎重だが、確実に真っ直ぐ進んで行く。そして、スッと伸ばした手は反対側の石に触れる。

 その光景を見ていた周りからは拍手が鳴って、香織は恥ずかしそうに駆けてきた。

「高嶺はやらないのか?」

「いや、俺は遠慮しておきます」

「ユーイチもやってみるデス」

「じゃあ俺はやってみるかな」

 セリアに促されて恋占いの石に手を付ける。そして目を瞑ってスタスタと歩き出した。歩き出して十数秒後、俺のつま先が硬いものに当たる。それを確認して目を開くと、恋占いの石があった。

「「「おおっ!」」」

 何だか歓声が上がり拍手をされる。恥ずかしがった香織の気持ちが分かる気がする。

「優一さん、なんであんなに簡単に歩けたの?」

「えっ? 何でって言われても、もう叶ってるし」

 香織の質問に答えると、香織が顔を真っ赤にして俯く。その香織をセリアがニコニコしながら撫でた。

「カオリが真っ赤デス。ユーイチはやっぱりカオリが大好きデスネ!」

「ありがとう、優一さん」

 顔を上げてチラッと俺を見た香織が、小さな声でそう言うのが確かに聞こえた。


「御用改である! 神妙にお縄につけ! デス」

 あれからセリアが大好きな新選組関連の場所や映画村を巡ったのだが、そこでセリアのテンションが大爆発して大変だった。

 清水坂での模造刀購入は無かったが、新選組記念館で新選組の法被と鉢巻を買い。伏見稲荷大社に向かう途中にあった土産物屋で木刀を購入。伏見稲荷大社の千本鳥居を、布袋に入れた木刀片手に新選組の法被と鉢巻を来て駆け出した時は、周りが騒然とした。

 とんでもない美人の外国人が新選組の格好して走り回っている、と……。

「だから、俺は何度御用を改められてるんだよ」

 すっかりご満悦のセリアに俺も嬉しくなり、不満を言っているはずなのに口元が緩んでしまう。

「少し早いけど、これで予定は終わりだね」

 みんなで立てた計画表を見て香織が言う。俺はそこで切り出した。

「最後に行きたい所があるんだけど、付き合ってくれないか?」

「何処?」

「それは秘密だ」

 日が落ち始めている京都を走る電車を降りて、俺は目的の場所まで歩き出す。

「優一さん、さっき降りた駅、嵐山って書いてたけど」

「ああ、ここから少し歩いた所に連れて行きたい場所があるんだよ」

 薄暗い道を四人で歩く。そしてしばらく話をしながら歩いていると見えてきた。

「最初の目的地はこれだ」

「わぁ……」「オォ……」

 香織とセリアがそう言って目を見開く。

 俺達の目の前に見えているのは、竹林。京都観光で有名な嵐山の竹林だ。

 左右に綺麗に並んだ竹林の中央を歩く道。その道の足元には淡いオレンジ色のライトが設置されている。その光が、何とも幻想的だった。

「跡野さん、やっぱズルイ。こんなの思い付く人に勝てる気しないっすよ」

 高嶺が頭を抱えながら笑う。

「ユーイチ! スゴイデス! ありがとーございマス!」

「優一さん、こんなに綺麗な景色、凄い! 本当に、ここに連れて来てくれてありがとう」

 セリアと香織にお礼を言われて困る。

 俺は、頭を掻きながら立ち尽くす二人に言う。

「えっと、次の目的地はこの先なんだけど……」

「えっ!?」「ハイ!?」

 驚く二人より先に歩き出す。

「ここを通った先にあるんだよ」

 幻想的な竹林を抜けてまたしばらく歩く。しかし、黙ってしまった二人に俺は困る。

「なんで黙っちゃうんだよ」

「だって、あんなの見せられた後にまだあるって言われたから……」

「そーデス、ユーイチはズルイデス!」

 何だか責任の所在が良く分からない文句に苦笑いを浮かべていると、最後の目的地が見えた。

 川に架かる輝く橋。さっきの竹林よりも明るくライトアップされたその橋が、俺が見せたかった場所。

「渡月橋って言う橋だ」

 俺がそう言っても、三人は何も言わない。そんな三人を振り向き、橋を指さす。

「せっかくだから橋の上まで行こう」

 LEDライトでライトアップされた橋の上は静かで、俺は渡月橋の中程まで来て香織の手を引く。

 橋の上で景色を眺めるセリアと高嶺から少し離れて、俺は香織を後ろから抱き締めた。

 そして、首の後ろでチェーンの留め具を留める。

「香織、誕生日おめでとう」

 香織と付き合い始めた頃、こっそり三代から香織の誕生日を聞き出していた。そして、その誕生日が今日のこの日になったのは全くの偶然。俺にとっては嬉しい偶然だった。

 香織の胸元には、ハート型のリングの中央に天使の羽根が生えた卵を配置したペンダントが、渡月橋のライトの光に照らされて輝いている。

「付き合って初めての誕生日にアクセサリーは重いって聞いたんだけどさ。どうしてもこれを香織にあげたくて、重かったらごめんな」

 そう俺が言うと、香織のすすり泣く声が聞こえた。

「止めてよ……」

「えっ!? そんなに嫌だったか? ごめん!」

 泣き出した香織に謝ると、香織は激しく首を横に振る。

「違うの! 嬉し過ぎて、幸せ過ぎて、幸せに押しつぶされちゃう。こんな事されたら、嬉し過ぎて泣いちゃうよ」

 ポロポロと涙を流す香織は、俺の方を見て、ゆっくり顔を近付ける。きっとセリアや高嶺には見えていないだろう。そう思って、俺も香織を引き寄せた。

 触れる唇、溢れる幸福、香織の体が小刻みに震えているのが分かった。

「どうしよう……涙、止まらない」

 必死に手の甲で目元を拭う香織の目元を、俺は親指で拭った。

「泣いて喜んでくれるのは嬉しいけど、そろそろ帰らないと」

 香織がハンカチを取り出して涙を拭き、ニッと笑う。

「私、優一さんの彼女で良かった。今までで最高の誕生日だよ」


 帰り道、なかなかペンダントを仕舞わない香織に「取り上げられるぞ」と脅して仕舞わせ、俺達は旅館に戻って来た。

 そして、その玄関先が何やら騒がしいのに気付いた。

「杏璃? どうしたの?」

 何やら慌てた様子で話している先生達と一緒に居た三代に、香織が駆け寄っていく。

「香織……跡野さん達も」

 いつも明るい三代にしては声も表情も暗い。

「三代、何かあったのか?」

「近藤さんとはぐれちゃって……」

「いや、近藤さんも子供じゃないんだし、自力で戻って来れるだろ?」

「何度も連絡してるのに繋がらないんです!」

「何だって!?」

 三代の言葉に緊迫感が増す。そして、その直後に俺のスマートフォンが震えた。画面を見ると、グルチャの通話機能を使って近藤さんから電話が掛かって来てる事を示していた。

「近藤さんからだ。やっぱり無事だったみたいだな。近藤さん? 今何処に居るんだ? みんな心配して――」

 俺はみんなを安心させようと明るい声で話し、電話の向こうの近藤さんに話し掛けた。

『跡野さん……助けて……』

 聞こえた声は、今まで聞いた事がないくらい震えた、か細い近藤さんの声だった。

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