34【冬茜】
【冬茜】
「ユーイチ! バナナはお菓子に入るデスカ!?」
「セリア、遠足に行く気かよ」
「では、どうすればいいデスカ?」
「バナナみたいな腐りやすい生物は持って来るな。せめて普通のお菓子にしておけ」
「オーケーデス!」
俺はなんで、修学旅行前日にこんな事をやっているんだろう。セリアの納得した表情を見て、頭が痛くなる。
セリアはもう一週間前からこんな調子で、修学旅行に浮かれっぱなしだ。
でも、みんなで泊まりがけの三泊四日なんて聞けば、浮かれる気持ちも分からなくはない。しかし、周囲にこれだけ浮かれている人が居れば、何だか冷静になってしまうものだ。
それに俺が冷静にならないと、セリアをコントロール出来る奴が居なくなる。
「セリア、ちゃんと集合時間は分かってるのか?」
「早朝の六時デス! そして、大阪デス!」
「そうだな、六時に空港に集合して大阪の伊丹空港に行く飛行機に乗って大阪だ」
「ユーイチ! 本場のたこ焼きとお好み焼きが食べられるデス!」
「良かったな。だから、明日に備えて今日は帰ろう。早く帰って早く寝ないと、明日遅刻するかもしれないしな」
「ユーイチ、眠れそうにありまセン! どうしまショー!」
「……香織、助けてくれ」
アワアワと慌てるセリアを香織が宥めるのを見て、俺はホッと一息吐く。
「でも、セリアさんの気持ち分かるよ。だって修学旅行なんて楽しみにしないなんて無理だし」
「まあな」
「ユーイチ! カオリ! 一日目は大阪デスヨ! 楽しみデス!」
修学旅行のしおりを広げてニコニコ笑うセリア。セリアのしおりはもう何度も読み返されているのか既にボロボロだ。
学校終わりにセリアと香織が来て、ずっとこんなやり取りをしている。香織もセリアも楽しそうだし、何より俺も楽しい。しかし、そろそろ帰さないと暗くなってくるし、興奮が収まらず収拾がつかない。
「よし、そろそろ明日に備えて帰らないとな」
「むむっ、そうデスネ! 遅刻しては大変デス!」
二人を送るために一緒に家を出る。
空に浮かぶ雲が夕日に染まりオレンジ色に輝く。もう少しすれば、この空も真っ暗になるだろう。
「ユーイチは何処が楽しみデスカ?」
「うーん、強いて言うな京都かな。中学の修学旅行で行った時は、自由研修じゃなかったから自由に見て回れなかったし」
中学の時は大阪が自由研修の場所で、京都は修学旅行をサポートする旅行会社の立てたプランで回った。でも、今回は京都も自由に見られる。
大阪に行った時は比較的自由に回った思い出がある。でも京都の時は、当時あまり京都の町並みに興味がなかったからか大した感動を覚えた記憶はない。金閣寺がピカピカしていて、清水寺の舞台から下を眺めて「高えーな」なんて思ったくらいだろうか。
「私も京都が楽しみだな。やっぱり、自由に見て回れるのが良いよね。優一さんとずっと一緒にいれるし」
「俺達は同じクラスなんだから、クラス研修でも一緒だろ?」
そう俺が首を傾げて言うと、香織は俯いてチラリと俺の顔を見る。
「だって、みんなが一緒だと手を繋ぎ辛いし……」
「オー! カオリはユーイチにメロメロデスネー! ユーイチは幸せ者デス!」
セリアがニヤニヤ笑って俺の脇腹を突く。からかい方が二ノ宮に似てきた。全く二ノ宮の奴、変な事をセリアに覚えさせやがって。
セリアのホームステイ先である高塚の家の前まで送ると、セリアがカオリにハグをして、その後に俺の右手を両手で握る。
「カオリ、ユーイチ、送ってくれてありがとーデス! 修学旅行、楽しみまショー!」
ブンブンと手を振るセリアを二人で手を振って見送る。セリアの姿が家の中に消えるのを確認して、俺は香織の手を握る。
「セリアさんが喜んでるのを見ると、何だか嬉しくなっちゃうね」
「まだ、修学旅行は始まってもないんだけどな」
「でも分かる。絶対に修学旅行楽しいもん。私は、優一さんが居るから特にそう思う」
「俺も、香織が居る修学旅行だから絶対楽しいって思ってるよ。香織とならどこ行っても楽しい」
歩き出しながらそんな会話をする。
空はいつの間にか暗くなり、そのせいか急に気温も落ちた気がする。そう思っていると、香織が俺の腕を抱き、体を寄せてくる。香織の温もりが強くなる。
「優一さん、私、こんなに幸せで良いのかな?」
「いきなりどうしたんだよ」
いきなりそんな事を言われ、からかうつもりの全く無い、自然な笑みが溢れる。
「だって、格好いい彼氏に家まで送ってもらってて、しかも明日からは彼氏と修学旅行だよ? 本当にどうしよう」
「どうしようって言われてもな。素直に楽しめばいいんだよ。俺も、尋常じゃないくらい楽しみなんだ。修学旅行だから二人きりではないけど、香織と一緒に旅行なんて楽しみにするなって方が無理だ」
香織と一緒に色んな所を見て回れる。それだけで、楽しみだな。香織と一緒に何かを共有出来るただそれだけで胸が熱くなる。
「あっ……もう着いちゃった」
香織がそんな残念そうな声を出す。気が付けば、あの電柱の側に来てきたのだ。
「優一さん、このまま帰るの寂しい」
「俺もなんだか、いつも以上に寂しい」
「優一さん」
香織がスッと俺の両肩を押して、塀に俺の背中を押し付ける。
「今日は、ちょっとだけ、帰るの遅くなっちゃうから」
そう言って重ねられた唇は、いつもよりずっと長い時間、俺の唇と重なっていた。そして俺も、俺から香織の唇に重ねた唇を、いつもよりずっと長く、香織よりも長く重ねた。
「お兄ちゃん! 寝ぼけ過ぎ!」
「あー、聖雪……怒鳴らないでくれ」
空港まで向かう車の中で、隣に座っている聖雪に怒鳴られる。
昨日、香織とあんなキスをして冷静に眠れるわけがなく、修学旅行前日だと言うのに寝不足だ。
「ほら、香織ちゃんを見習ってシャキってしてよ! 彼女の前で恥ずかしくないの?」
俺を挟んで反対側に座る香織を指差し、聖雪は頬を膨らませている。
「昨日は私もあんまり眠れなくて……」
顔を赤くしてチラリと俺の方を香織が見る。どうやら香織も俺と同じらしい。
「でも、香織ちゃんはシャキッとしてるでしょ? お兄ちゃんはダラッとしてるから大違いだよ! 妹として恥ずかしいんだけど!」
プリプリ怒る聖雪をよそに、俺は窓の外に目を向ける。まだ外は暗く日は昇っていない。
修学旅行一日目かつ出発の日。今日からいよいよ修学旅行だ。
初日の今日は、空港で集合してそこから飛行機に乗って伊丹空港に向かう。そこから、用意されたバスに乗り込んで大阪観光をする。メインというか、ほぼ全ての時間を割いているのは海遊館という水族館だ。
世界屈指の展示数があるという大規模な水族館は、中学の時には行かなかった。それこそ一日中見て回れるくらいの規模だったし、修学旅行後の授業で各班の研修発表なんてものもあって、自由研修の時間を海遊館に割くわけにはいかなかったのだ。
今回は大阪観光のメインとして海遊館を見る。でもその前には、ものすごく高いビルにある空中庭園展望台、通天閣にも行く。
「優一さん、バス、隣に座ろうね!」
「わー、朝からアツアツだねー」
ニッコリ笑って言う香織を見て、ニヤッと聖雪が俺に言う。
「兄貴をからかうな。もちろん香織の隣に座るに決まってるだろ」
「やった!」
子供のように喜んで笑い、グッとガッツポーズをする香織を見てると微笑ましくなる。
「ホント、なんで香織ちゃんお兄ちゃんと付き合ったかなー。こんなダラケた人じゃなくて、もっとイケメンと付き合えば良かったのに……」
「えっ? 優一さん、ものすごく格好いいよ?」
香織に真っ直ぐ視線を向けられそう言われた聖雪は、頭を押さえてハアっとため息を吐く。
「恋は盲目ってやつか……」
「聖雪、間接的に俺を傷付けるな」
車が空港に着いて、俺と聖雪、そして香織が車から下りる。
「ありがとうございました」
「いやいや、優一と聖雪を送るついでだから気にしないで」
運転席から父さんが穏やかな笑顔で香織と話していた。
「じゃあ行ってくる」
「お父さん、行ってきます!」
「優一、聖雪、駿河さん、気を付けて楽しんで来なさい」
父さんの運転する車を見送り、俺は空港の建物内に入っていく。
「ユーイチ! カオリ! それにミユキも! おはようございマース!」
もう既に沢山の生徒が来ていて、その一団の中からセリアが飛び出してきた。
「おはよう、セリアさん」
「セリアさん、おはよう!」
香織と聖雪がセリアに挨拶をして、楽しそうにキャッキャ言っている。すると、遠くから聖雪を呼ぶ声が聞こえ、その声の方に聖雪が手を振る。
「私、自分のクラスの所に行かなきゃ。二人共じゃあね」
「聖雪ちゃんまたね」
「ミユキ! またデス!」
聖雪を二人が見送るのを見送って、俺はやっとセリアに挨拶が出来た。
「おはようセリア。いつも以上に元気だな」
「おはよーデス、ユーイチ! 今日は修学旅行デス! いつも以上に元気イッパイデス!」
セリアは敬礼をしてニカッと笑う。セリアの眩しい笑顔を見ていると、眠気も吹っ飛ぶような気がした。
「おらーお前らちゃんと整列しろ。他の利用客の迷惑になるなよー」
そんな先生の声が聞こえ、俺はセリアと香織と共に整列を始める生徒の一団に加わった。
背伸びをしながら欠伸を噛み殺す。いやあ、よく寝た。
飛行機の機内で少し寝れたおかげで頭がすっきりする。
「荷物を受け取ったらバスに積んで適当に座れ」
荷物を受け取るため、荷物の受け取り口で他の生徒と一緒に、荷物が出てくるのを待つ。
「ユーイチ! 飛行機の中で寝てたのデスネ?」
「仕方ないだろ? 眠かったんだから」
「カオリと一緒に、ユーイチの寝顔は可愛いと話してたデス」
「それは返しに困るな。まあ、褒めてくれてありがとう」
「カオリはずーっとユーイチの側に行きたそうでしたヨ?」
「セ、セリアさん!」
飛行機の座席に関しては、男子から出席番号順に決められた。だから香織は隣に座れなかったのだ。
「でも、バスでは隣に座れマスネ」
「セリアも近くに来いよ。みんなで話せた方が面白いし」
「もちろんデス。ユーイチとカオリの後ろはワタシがもらうデス! オー、荷物が出てきたデース!」
ベルトコンベアーに載せられて流れてくる荷物に駆け寄り、セリアが生徒の集団に入っていく。
「セリアってバーゲンとか得意そうだな」
「うん、人混みも全部楽しんでるね」
香織と一緒に一団に近付き流れてきた荷物を二つ持ち上げる。
「優一さん、それ」
「香織のだろ?」
「うん」
「俺が彼女に荷物を持たせると思ったか?」
「ううん、ありがとう」
自分の荷物を肩に掛け、香織の分の荷物を手に持つ。
「ユーイチ! ワタシの荷物も無事デシタ!」
「無事に決まってるだろう。何かあったら大変だ」
セリアも自分の荷物を持って駆けてくる。セリアと香織のはキャスターの付いたキャリーバッグというバッグで、香織の分は俺が手に持っているが、セリアはそのキャスターを地面につけてコロコロと音を鳴らしながら引っ張っている。
「バスはどれですかネー」
空港の建物から出ると、バスが何台も並んでいる。
「跡野、こっちだ」
先生に名前を呼ばれ、先生が立っている方に歩いて行く。そして、バスの荷物入れに手に持っていた大きな荷物を入れて、ショルダーバッグを掛け直す。
バスに乗り込むと、まだ他に誰も乗ってはいなかった。
「一番後ろに行くデース!」
セリアが俺と香織の手を引いて後ろに引っ張っていく。そして、一番後ろにある広い座席の窓際にセリアが座る。その隣には香織が座り、香織の隣に俺はゆっくり腰を下ろした。
しばらくボーッとしていると次々とクラスメイト達が乗り込んで来て、車内は賑やかな声で溢れる。
その賑やかな声の中、右手が香織の左手にギュッと握られる。香織に視線を向けると、セリアとニコニコ笑いながら話している。
香織のその素知らぬ顔にいたずら心が湧き出て、俺は握られた手の指を組んで恋人繋ぎにする。香織はビクッと体をさせてチラリと俺を見る。
「カオリ? どうかしたデスカ?」
「ううん、何でもないよ」
香織はセリアと話を続けながら俺の手を握り返してくる。多分、このまま繋ぎっぱなしでいる気だろう。
バスが出発して、バスガイドさんの自己紹介から始まり、丁寧な案内を受けながら、最初の目的地に着いた。
「でけー」
首が痛くなるほど見上げても、その全貌は見えない超高層ビル、梅田スカイビルだ。
このビルはタワーイーストと呼ばれる東棟と、タワーウエストと呼ばれる西棟の二棟を上部で連結させた構造になっている。
下から見上げると、二棟の連結部分にポッカリと丸い穴が空いている。その部分こそが、最初の目的地である空中庭園展望台。
地上一七三メートル、地下二階地上四十階建てのビルの上部だ。かなり眺めがいいのは間違いない。それにこのビルの空中庭園展望台には更に上がある。
「わあ! 綺麗な眺め!」
エレベーターで展望台まで上がり、香織に手を引かれて窓の外に見える景色を眺める。
「夜に来たらもっと綺麗だったんだろうなー」
「そうだな」
「でも、今でも十分綺麗」
香織はニッコリ笑って俺の顔を見る。
「ユーイチ! カオリ! もっと上に行くデス!」
セリアが手を振りながら上を指差す。そう、ここの更に上、このビルの最上部にはもっと凄い展望スペースがある。
通常の展望スペースから上に上がり、そして外に出る。そう、ビルの外、屋上に展望スペースがあるのだ。
ルミ・スカイ・ウォーク。そう呼ばれるこの場所は、柵はキチンとあるものの、ビルの屋上に回廊があり、ビルの周囲三六〇度何処からでも見渡すことが出来る。その回廊の名前の通り、まるで空を歩いているような壮大な眺めだ。
「凄く風が強いね」
強く吹く風に笑いながら、香織は屋上回廊の端に立って遠くを見る。
「オー、素晴らしーデス! とっても気持ちが良いデス!」
両手を広げ吹き付ける風を気持ち良さそうに浴びるセリアは、その綺麗なブロンドの髪がなびく様や、セリア自身の美人さが相まって周りの視線を集めている。しかし、セリアはそんな事を気にする事なく、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「カオリ! ユーイチ! 写真を撮るデス!」
セリアに腕を掴まれて引っ張られ、香織と横に並ばせられる。
「もう少し顔を近付けてくだサーイ!」
「ちょ、これ以上どうやってくっつけって言うんだよ」
「ほっぺをくっつけるデス!」
「えいっ!」
何故か中央に俺が配置され、笑顔で香織がピッタリ頬を付けてくる。そして、反対側からセリアも俺に頬を付けてきた。
「では撮るデス! セイ、チーズ」
「「チーズ!」」
目一杯伸ばしたセリアの手に握られたスマートフォンからシャッター音が鳴る。そしてセリアと香織は画像を確認してニコニコと笑い合っていた。
空中庭園展望台の後は、大阪の名所である通天閣。
国の登録有形文化財に指定されている歴史ある建物だ。そして、その通天閣が主目的ではあるが、ここでは通天閣周辺に限られた自由行動が出来る。
つまり、この辺を自由に見て回っていいのだ。
移動してバスからおりた俺達は行動班で固まる。
「まずは昼飯だな」
ここでは各個人で昼食を取らなければいけない。そして、通天閣周辺には様々な食事処が軒を連ねている。お好み焼きにたこ焼き、うどんに寿司、何でもある。
「うーん、お好み焼きもたこ焼きも美味しそうデス」
「うん、迷っちゃうね」
周りからは食欲をそそる匂いが沢山漂ってきて腹の虫を擽る。
「大阪と言ったらやっぱりお好み焼きかたこ焼き?」
高嶺がそう言うのを聞いて俺は、ニッと笑う。
「たこ焼きは後で摘むとして、串カツに行かないか?」
「「「串カツ?」」」
俺は三人を引き連れて、予め調べておいた串カツ屋さんの前に行く。
店先に来ると、油で衣がパチパチ弾ける音と、濃厚なソースの香りが漂う。
グゥ、そんな音が聞こえ後ろを振り向くと、真っ赤な顔をした香織とセリアが居る。高嶺は苦笑いをして腹を手で押さえていた。
「どう?」
俺が三人に首を傾げると、三人は同時に頷いた。
カウンター席もあるが、今回はテーブル席で落ち着いて食べる事にした。
「うわー! メニューいっぱい!」
「本当デス! 選り取り見取りデス!」
隣同士で座ってメニューを一緒に見るセリアと香織を眺めながら、俺は高嶺にメニューを手渡す。
「ありがとうございます。跡野さんってまめですね」
「そうか?」
「そうですよ。ちゃんと店の場所を調べてるなんて」
「みんなが行きたいところがあればそこが良かったんだけど、迷ってるみたいだったしな。悩んで見て回る時間が減るのは勿体無いし」
「にしても、ホント沢山ありますね」
俺は悩む三人をよそに、店員さんに注文をする。
「すみません、串カツ四つお願いします」
「かしこまりました」
俺が注文をするとすぐに串カツが運ばれて来てテーブルの上に置かれる。
「とりあえず一本ずつ食べようぜ。腹減った」
俺は一本手にとって、ソースの入ったトレイの中に串カツを潜らせる。そして、白い受け皿で滴り落ちるソースを受け止めながら噛み付いた。
サクッとした衣のしたからジュワッとした肉汁と歯ごたえのある肉が現れる。それに、ちょっと甘めのソースが何とも言えない美味しさだ。
「ワタシも食べるデス!」
「わ、私も!」
「俺も頂きます!」
三人は串カツを手に取ってソースに潜らせ、一斉に噛み付いた。
「「「ンンッー!!」」」
三人はそれぞれ美味しそうに唸って顔を綻ばせる。
「あ、セリア待った!」
「オウ? ユーイチ、どうしまシタ?」
手に持った串カツを再びソースに潜らせようとしたセリアの手を止める。
「ソースはみんなで同じ物を使うだろ? だから串カツではソースの二度付けは厳禁なんだ」
「オオ! そーなんデスカ! それは知らなかったデス! ……でも、ソース、付けたいデス」
シュンとしたセリアに俺は笑いかけ、付け合せのキャベツを手に取る。
「そういう時は、キャベツでソースをすくって、受け皿の上でかければいいんだ」
実際にやって見せながら説明すると、セリアは俺の真似をしてキャベツでソースをすくって自分の串カツにかける。そして、串カツを頬張って美味しそうに唸った。
「このソースが付いたキャベツもちゃんと食べるんだぞ」
「キャベツも美味しーデス!」
その後はみんな思い思いの物を注文していった。
ウインナーにチーズ、うずらの卵、イカゲソ、キス、じゃがいも、アスパラ、トマト。色んな串カツを楽しんだ。
「美味かったなー」
「ですね、跡野さんの提案に乗って正解でしたよ。マジ、ウインナーハンパなかったっす」
「チーズもトロトロで美味しかったね」
「ワタシはやっぱり、シンプルな串カツが美味しかったデス!」
腹ごしらえも済ませ店の外に出た俺達は、目的の通天閣を目指して歩き出す。
視線の先にはもう通天閣は見えていて、テレビで見たことのあるチェスのポーンに似た形だ。
「テレビで見た事ある風景だね」
「今、香織と同じ事考えてた」
「そうなんだ! 良かった、優一さんと同じ事が考えられて」
微笑む香織と手を繋いで歩く俺は、周辺を見渡して警戒する。
通天閣周辺について調べた時、ものすごく治安が悪いなんて事が書かれているホームページをいくつも見た。だから、香織やセリアなんて可愛い女の子が居れば、変な輩が来るのではないかと思っていた。でも、周りには観光客らしき人が多く賑やかで、治安の悪さは感じなかった。
「跡野さんと駿河、めっちゃ見せ付けるねー」
「高嶺、からかってるのか?」
「いや、単純に羨ましいなーと思って」
そうやってチラリと高嶺はセリアに視線を向ける。しかし、セリアは周囲をキョロキョロして全くその視線に気づいた様子はない。
セリアは高嶺に告白された後から、高嶺と距離があるように感じていた。でも実際は、高嶺を含めた男子全員と距離があるのだ。
多分、それは高嶺からの告白が影響しているのは間違いないだろう。
セリアは今までフレンドリーにみんなと接していて、男女関係なくその距離感が近かった。でも、高嶺から告白された件で、男子との距離感を考え直したのだろう。まあ、あの美人のセリアに近い距離感で接されたら、高嶺のように好きになる奴以外にも、自分を好きなのではないかと勘違いする奴も出るかもしれない。
しかし、香織という彼女が居ると分かっている俺には距離が近い。さっきの空中庭園展望台でもかなり近かったし。
到着した通天閣の中に入り、まずは展望台の展望券を買うため一旦地下に下りる。
「わあ! メロちゃんだ!」
香織が地下に入った瞬間に見えた黄色いアヒルに近付いていく。この地下には展望券の販売所以外に、食品メーカーのテナントショップが入っている。おまけ付きお菓子でよく見る黄色いアヒル。そのアヒルのモニュメントがある。なんとなく顔がムカつくが、女の子には響く愛嬌があるらしい。
香織達がアヒルグッズを見ている間に、販売所へ展望券を買いに行く。そこで、見慣れた顔に出会った。
「あれ? 三代と近藤さん?」
「あ、跡野さん」
「跡野さん! 偶然ですね」
なんという明と暗、いや、冷と暖。近藤さんと三代の反応が違い過ぎる。近藤さんは明らかに「嫌な奴に会った」みたいな感じで、三代は「おお! 知ってる人だ!」みたいな反応だ。
「なんで近藤さんは俺の顔見て不機嫌になるんだよ」
「不機嫌にはなってないわ。脱力したのよ」
「それも大概失礼だな!」
「それで? 跡野さんは可愛い可愛い彼女のために展望券を買う列に並びに来たのかしら?」
「正確には、行動班の代表として来た」
俺がそう言うと、三代がクスクス笑う。
「跡野さんらしいですね」
展望券を買い終えると、三代が俺の方に手を振る。
「せっかく会えたんですし、一緒に見に行きませんか? 香織も居るんですよね?」
「ああ、あっちでアヒルを見てる」
三代達の班と一緒にアヒル売り場、いや、アヒルのグッズ売り場に戻ると、三代を見た香織が駆け寄ってくる。
「杏璃! どうして優一さんと?」
「展望台の販売所で会ったの。それで、私がせっかくだから一緒に見に行こうって」
三代の説明を聞いた香織は驚いて俺の手を見る。その先には、四人分の展望券がある。
「優一さんごめん! 一人で買いに行かせちゃって」
「いいって、俺はアヒルを見てもよく分からないし、その間に買って来ただけだから」
セリアと高嶺にも展望券を配る。
「さて、じゃあ行こうか!」
三代がそう言うと、香織とセリアは近藤さんと三代という女子四人で固まって歩き出す。
「ふう、助かった」
三代班の男子一人が息を吐く。その反応を不思議に思い尋ねてみる。
「なんかトラブルでもあったのか?」
その俺の質問に男子は苦笑いを浮かべた。
「近藤さんって気難しいじゃないですか。だから、いくら三代さんって緩衝材があっても男の俺達には当たりが厳しくて」
なるほど、男子陣のこの疲弊っぷりと近藤さんの不機嫌さはそういう理由があったのか。
「でも、副会長が居てくれて助かった。うちの学校で近藤さんとまともに話せるの副会長か会計の一年だけだし」
「まあ俺達にも結構厳しいぞ。話し慣れてるって点では他の奴より話しやすいのかもしれないけどな」
俺はふと思う。今でこの感じなら明日の京都自由研修はどうなるんだろう、と……。
エレベーターから下りると、視界が眩しかった。
「オー! ピカピカ、デス!」
黄金のビリケン神殿。この展望台はそういう名前が付いている。
ビリケンとは、アメリカの芸術家が考えたという幸福の神様。ビリケンさんと呼ばれているらしい。この展望台には七福神になぞらえたビリケン像がある。
しかし、このビリケンさん、笑っているのか怒っているのかよく分からない表情をしているが、凄い神様なのだ。
ビリケンさんは、合格祈願や縁結びに始まるありとあらゆる願いを聞いてくれる太っ腹な神様なのだそうだ。
願い事をするときは足の裏を撫でながらすると効果があるらしい。
その神々しさを表現するためか、この展望台は金色で統一されている。
「優一さんは何かお願いするの?」
香織がビリケン像の足の裏を撫でる俺の顔を覗き込む。
「とりあえず、今回の修学旅行が楽しい修学旅行になりますように。かな?」
「そっか、じゃあ私も同じ事お願いする! そしたら、私と優一さんの分で効果二倍!」
香織が手を重ねて一緒にビリケン像の足の裏を撫でる。
「あー、香織と跡野さんがいちゃいちゃしてる!」
「優一さんは私の彼氏だからいちゃいちゃしても問題ないもん!」
「あ! 開き直った!」
三代のからかいにも対抗する力を付けた香織を喜ぶべきか。それとも人前でのスキンシップが増えた事を嘆くべきか。いや、どっちも喜ぶべきだ。
「セリアは何をお願いしてるんだ?」
俺と香織に入れ違いでビリケン像の足の裏を撫でるセリアに尋ねると、セリアはニコッと笑って親指を俺にグッと立てた。
「食後のデザートが食べたいデス! とお願いしました!」
そのセリアの言葉に三代が吹き出して笑い、その笑いは二つの班に伝播した。
「さて、セリアのお願いをビリケンさんに叶えてもらうか」
「オー! ユーケンさん、お願いするデス!」
「誰がユーケンさんだ!」
一緒に出て来た三代班の方に視線を向ける。
「そっちはどうする?」
「うーん、私達はこのまま戻ろうかと思ったんですけど」
スマートフォンを取り出した三代が時間を確認する。
「まだ、集合時間まで余裕があるんですよねー」
「良かったら一緒に行くか? 多分、食べ終わったら丁度いい時間になると思うぞ?」
「みんなどうする?」
三代が班員に確認すると全員頷き、俺の後ろに香織以外の全員が付く。
「なんでみんな俺の後ろなんだよ」
「だって優一さんの事だから、デザートのお店も調べてるんでしょ?」
隣に並んだ香織がニコッと笑っていう。
「まあ、香織の言うとおり調べたけど、俺の意見を鵜呑みにして良いのかよ」
「大丈夫ですよ。香織のために跡野さんが考えた場所なら、失敗なんてありえませんし」
ニヤニヤと笑う三代に苦笑いを返し、俺は全員を見渡す。
「じゃあ、ついて来てくれ」
俺がみんなと一緒に入ったのは、レトロな外観の店。この通天閣周辺では結構有名な甘味処だ。
「ここは基本和風のデザートがあるらしい」
それぞれ座席について注文を始める。俺はホッと落ち着きたくて栗ぜんざいを頼んだ。
「香織は何にしたんだ?」
「私は白玉クリームあんみつのつぶあんにしたよ」
甘い物が好きなセリアは、しばらく悩んでフルーツクリームあんみつのこしあんを頼んていた。
それぞれのデザートが運ばれて来て、みんなで合掌する。
「「「頂きます」」」
俺は栗ぜんざいの汁をすする。温かく優しい甘みが体に染み渡る。
香織は美味しそうにクリームあんみつを食べていて、俺の方にスプーンですくったあんみつを差し出す。
「優一さん、はいあーん」
周囲の視線は多少気になるが、口を開けて白玉とクリーム、そしてつぶあんがバランスよく載ったスプーンを受け入れる。おお、こっちも甘さがクドくなくて美味しい。
「はい、じゃあ優一さんもあーんして?」
「はいはい、あーん」
照れ臭さを感じながらぜんざいの載ったスプーンを差し出すと、香織がはむっと口に入れる。そして美味しそうにぜんざいを味わった。
「栗、甘くて美味しいね! なんかこっちは優しい感じがする」
香織は嬉しそうにしてくれているが、周囲の視線はかなり痛い。
「ユーイチとカオリはとっても仲良しデスネ!」
セリアだけは俺と香織を微笑ましく見守ってくれる。それがやっぱり嬉しかった。
セリアはきっと、俺と香織がどんな事をしても、ああやって笑って見守ってくれるんだろう。
何だか見守ってくれるというのは、二ノ宮に近い感じがする。でも、積極的に手を伸ばしてくる二ノ宮と違い、セリアは黙ってただ笑ってくれる。
ただそれだけでいい。ただそれだけをしてくれる人が貴重なんだ。
「ユーイチ、どうかしましたカ?」
「いや、セリアが居てくれて良かったなって思って」
「…………あ、ありがとー、デス」
口をポカーンと開けてセリアが固まる。俺はそれを見てハテっと首を傾げる。
「ゆう・いち・さん?」
「…………香織さん?」
何故か香織が怒っている。いや、怒っているまではいかない。だけど、なんだろう……香織の顔が超怖い。
「今、ちょっと浮気した」
「いや、してないって!」
「したもん! セリアさんが一緒に居てくれて良かった。セリアさんの事が好きだって……」
「泣くな! てか、想像が膨らんでるぞ! 恐ろしく間違った方に!」
どうしてこうなった頬を膨らませて香織が俺をジッと見ている。セリアはきっと笑って見ているのだろうと思って、俺はチラリと視線をセリアに向けた。
セリアは、真っ赤な顔をして俯いていた。




