とある新兵のおはなし
今日も経済戦争が始まる。
合理的で死の恐怖はなく、そして世に貢献できるという素晴らしい行為、それが経済戦争であると、今の学校では教えられているそうだ。かつてニートを見せしめに懲罰大隊に叩きこむような最悪で最低な行為は、経済という巨大な回転の原動力となることがわかって、掌を返すように美化され始めた。
今や万年人手不足だった正規軍は狭き門となり、傭兵志望の馬鹿なガキが頑張って死にに来る。傭兵には資格も入隊試験もない。役所で傭兵登録して、初期装備をもらって戦場に行くだけ。このお手軽さで、素敵な未来を棒に振る連中も多い。
「楽しみですね!」
「鬱でしかない」
楽しそうな相棒の声とは正反対に、俺はドン底の気分だ。何が楽しくてそんなに稼げもしないF.N.G.の面倒を見てやらんにゃならんのだ、と。新兵訓練には政府からわずかな依頼の金が最初に入ってくるだけだ。拒否すればなぜかこっちが違約金を払わされる。この違約金は一度の出撃での純利益より安いことが多々あるが、生来の貧乏性でこれを『損失』としてみてしまう。とりあえず無謀な新人を引き連れて仕事をすればいい、そう考えて適当にドンパチの激しい任務を選ぶ。新人傭兵の平均生存時間はベトナムよりはマシと言った程度。
「さて、行くか……忌々しい」
「いい子だといいなぁ」
進んで人殺しに加担するような奴がいい子なわけ無い。
「よろしく」
「よろしくねー」
「はい」
まさに今時の子供だった。浮世離れした相棒のように特異ではなく、老人が言うような最近の若いものを体現したようなものだった。口数は少なく、こっちと目を合わそうともしない。初期装備をガチャガチャいじりながら、戦地で大活躍するのを妄想しているのだろう。映画で英雄が大暴れし、ニュースで毎日のように英雄の活躍が報道され、ゲームで誰もが英雄になれる。そんなプロパガンダを信じて、こんな夢も希望もない場所に来たのだろう。
「じゃ、行くぞ」
「了解!」
「はい」
まさか、これほどとは。
「ぜひゅー、ぜひゅー、がふっ、げほっ、ぜひゅー……」
「…………」
「ほら、前線だよ、ほら、銃持って」
ブラックホークのテールロータの方に歩いて殴られる、ファストロープどころかラペリング降下すらできずに腰を掴まれて一緒に降りる、すぐ音をあげて休憩を繰り返す、日常の感覚で水を飲み尽くす、前線到着時にはすでに死にかけ。おまけに日暮れ前。
前回のバカとどっちが酷いか……考えるまでもない。前回のはネットで調べた技術を練習もなしにやろうとして自爆しまくっていたが、戦場の常識は弁えていた。体力もそこそこ、足手まといには……なってたな。最終的には結構いい感じに育って、今ではゲリラ戦でそれなりに稼いでいるとか。
対してこいつは見込みがない。訓練ができる場所の限られるファストロープはさすがにしかたないが、体力もない、常識もない、使えそうにない、おまけに水もないとナイナイ尽くし。監督下での戦死判定ならいいが、監督責任放棄判定だと任務放棄扱いで違約金コースだ。
せめて体内水分量をナノマシンが管理していることくらい知っていてほしかった。2010年代から続く異常気象で水不足や熱中症が相次いだのを重く見た政府が、ナノマシンによるバイタル管理、特に体内水分量管理を推奨しはじめたというのは小学校で習うはずだ。
「そこでしばらくおとなしくしてろ」
前線の街とはいえ、最前線はまだ少し先。マンションだったであろう廃墟の一室を拠点とし、設営していた。こういったマンションは音が外に漏れにくい。新兵が騒いでも多少はマシ、くらいの場所だ。避難経路もある。
戦えない奴を連れて行くのはバカのすることだ。特にこういう輩を連れて行くのは。誤射で死ぬのは勘弁だし、隠れているのに騒がれたりしたらその場で永遠に黙らせかねない。
とはいえ、銃はセレクタがセフティになっているし、初弾装填していた記憶もない。そもそも銃が撃てるかすら怪しい。ここまでガチの『民間人』を任されるのは、そうそうないのではなかろうか。
「護衛頼む」
ここまでとは想定していなかったが、一応、打合せ通りに行動する。今からどうにか3人分の躯が買えるだけの戦果を挙げてくる。できなければ、俺の懐から諭吉がいなくなるだけだ。
一人で傭兵をやっている奴は少ないが、いないわけじゃない。派手にドンパチしている場所に着いて、そのまま戦闘に参加しても何かを言われることはない。戦える戦力が来たならそれでいいのだ。ナノマシンが教えてくれる戦闘情報を見られない、という兵士は戦場にいない。
「なぁ、.700NE持ってねぇ?」
「誰がそんなマニアックな弾持ってんだよ馬鹿野郎!」
「PGU-13/Bならあるぞ」
「だからなんでそんなモン持ってんだよ!?」
だからといって声も出さずに黙々と銃を撃ちまくるなんてことはない。気楽な傭兵ゆえのコメディめいた会話が聞こえたりもする。銃声しか聞こえない戦場など、発狂一直線だ。
「馬鹿ばっかりだ。まったく」
「おーい、戦車が来たぞー」
「退け! 退けーっ!」
運がない。到着早々戦車とは。最強の陸上兵器を相手にするには、色々な準備がいる。対戦車装備一式、つまりは戦車を潰せる兵器と、戦車から隠れるためのもの。随伴歩兵も厄介だ。ただ、こんなビルだらけの市街地で戦車を出すのはアホだ。
「RPG!」
敵の随伴歩兵が叫んでいる。ビルの屋上、対戦車ロケットがぶっ放される。戦車は正面装甲が一番厚く、上部装甲が一番薄い。技術の進歩した今の世も、上からの攻撃に弱いのだ。
「外したか!」
「いや、これでいい」
どうやら随伴歩兵を潰すのが目的だったようだ。すかさず戦車に群がる傭兵共。何人か12.7mmでバラバラにされるが、殆どがとりつきグラインダーを手にハッチをこじ開けようとする。削岩機やハンマーで叩きまくる奴もいる。さながら土木工事の……いや、まんま土木工事だ。都市迷彩ではなくグレー系の作業服、軍手、そして見慣れたヘルメットの形状。唯一都市迷彩を施されたそれは、緑十字が燦然と輝……かない、見事に煤け薄汚れていた。『安全第一』の文字こそないものの、娑婆でよく見る工事のヘルメットだった。
戦車兵は生きた心地がしないだろう。急発進や急旋回で振り落とし何人か蹂躙されるが、やがて廃墟に突っ込んで動きが止まった。ハッチがこじ開けられたようで、わらわらと退避してくる。手榴弾をハッチに投げ込むのは戦車戦でよくあること。ただ、その数が尋常ではないというだけで。中にいる連中は必死で外に投げ出してはいるが到底間に合うまい。
「周辺警戒を怠るな! 回収車が来る!」
なるほど、リサイクル業者かスクラップ業者か。戦車は高く売れる。レストアか部品で傭兵に売るか、ニコイチしたり中古の戦車パーツとして売るか、あるいは主砲や内装FCSとか引きずり出すか。対人戦でちまちま稼ぐより遥かにデカイ収入故に、連中の気合も違う。この戦場ではよく戦車が狩られているが、それでも戦車の数が減ることはない。こういう連中がいるから揺るぎかけてはいるが、それでも陸戦最強兵器であるのは間違いないのだ。だからポンコツだろうとスクラップだろうと売れる。破壊され鹵獲され修理され出撃し、と、今見える戦車もこのサイクルを何度回ったのかわからない。名前は忘れたが、日本製の旧式戦車だった。
「なぁ、他に敵はいないのか?」
ツルハシとAKを持った如何にも『現場監督』といった風格の男に問う。
「稼ぎそこねたか? どれくらい欲しい?」
「どれくらいって……」
なにやら会話がすっ飛んだ。これは、戦闘規模のことだろう。小さいと望んだ人数を殺れない、大きいと生存時間が短い。適度な数を……と考えて結局正直に言うことにした。
「ほぼ初期状態の躯3人分が買えるくらい……だいたいここのレートじゃ9人くらいか」
「よし、ID教えな」
「は?」
訳がわからなかった。IDを教えるということは、通常なら小隊登録、つまり仲間になるということ。単独行動していて、戦果9人とかほざく怪しい傭兵を引き入れるなど到底考えられない。
「戦闘に参加してただろ。俺らは戦車の撃破と売却で充分稼げたからな、手伝いの駄賃だ。随伴歩兵の分を全部持ってけ」
どれだけ羽振りがいいんだ。恩を売るというのはよくあるが、戦果をそのまま渡すなんて初めて聞いた。正気か。
「社員は文句言わないのか? あんたらは企業だろ」
「社長の決定にそう文句は言わんさ。それにな、小銭程度で文句を言うような給料は出しとらん」
「あんた、社長だったのか」
驚いた。今まで企業の人間は何度か見たことはあるが、社長が戦場に、それも最前線にいるのは見たことがない。
「余計怪しいな」
「恩を売るのも立派な仕事だ。それにな、有望そうな傭兵に顔を覚えてもらえる。なに、この戦果渡して後で働けなんて言わねぇさ。なんなら念書もつけてやろうか?」
「……タダ働きはせんからな」
背に腹は変えられん。アホの新人のせいで企業に借りができてしまった。
「充分だ。傭兵はそうでないとな」
IDを渡して、戦果を譲り受けた。社長のIDも俺の記録に記録される。かつては戦果のカツアゲが横行するほど穴だらけのシステムだったが、戦場での言動行動が全て記録される現在においては、発言一つが証拠となる。
「……は? 25?」
「随伴歩兵と戦車兵、それとさっきまでいた白兵連中。全部で25。どうだ?」
「後で返せって言われても応じる気はないぞ」
「言ったろ、戦車は売り方次第で桁違いになるんだよ」
「マジで端金扱いか。すげぇな、戦車」
戦車は高く売れるとは聞いていたが、これほどまでとはおもわなかった。撃破ポイントにしか縁がなかったからな。
「だろ? 戦車見つけたら教えてくれ。潰したら多少市場より安くなるが買い取ってやる。どうだ?」
「うますぎる話だな」
「なに、双方が得をしねぇと商売じゃねぇんだ。おっと、縁があったらまた会おう」
社員に呼ばれて社長は回収車へと向かっていった。手際がよく、あれだけいた傭兵……もとい社員が一気にいなくなった前線は、すっかり日が暮れて俺一人ポツンと立つという奇妙な結果になった。
想定より遥かに儲けた。これで安心してF.N.G.と地獄を楽しめる。と思ったら。
「平和だな、おい」
拠点でグースカ寝ていた。二人共。