とある厄日のおはなし
核で一瞬で蒸発しない限り、記憶は次の躯に受け継がれる。だから、今や戦死は誰も恐れていない。そんなプロパガンダが嘘だと知ったのは、初めて戦死した時のことだった。
「東からの微風5。対象までの距離724」
「はーい」
今や旧式のM14で、観測手を隣に狙撃をする相棒。現代戦では、FCS付狙撃用スコープを使って単独でやるものだ。サイボーグ連中は其れすら使わず、頭すら出さずに狙撃してきやがるからAMRで遮蔽物ごとバラバラにしてやるのが最良の手なんだが、こっちにはそんな大口径ライフルなどない。
「……命中」
観測機器付のライフルだけ出している連中の、銃口に7.62mmをぶち込んだ。
「よーし逃げるぞ」
狙撃で一度撃てば火点を見られた前提で動くべきだ。
「あ、まずい」
「なにが?」
「アレ」
相棒が指す方向には。
「あ、まずい」
日の丸付きの無人機が飛んでいた。
正規軍の誤爆で死ぬと、政府から多少の金が出る。平均的な躯で一回出撃するために必要な程度の金額だが。俺らみたいな、非正規の兵士に爆撃を予告すれば、たいていは逃げる。損だからだ。
ナノマシンによる改造やサイボーグ化などをしまくるのが主流の現在の戦場で、俺はほとんどの改造をしていない。相棒にいたっては、一切いじっていない。躯の単価は平均を下回る。つまり、俺らに限り正規軍の誤爆はお得なのだ。
「くそう。あいつら全員殺れたら暫く娑婆でぐうたらできたってのに」
「爆撃で全部持ってかれちゃったねぇ」
だからといって、嬉しいはずはない。
愛用のMASADAを持っていかなくて正解だった。戦場が狙撃向きだったから相棒に狙撃小銃持たせて、俺はクソ重い観測手用機器と初期装備のPDWを持っていった。装備の損失は皆無、だがあの場にいた敵正規軍のサイボーグどもをあと数人潰せば窓口で渡された金額より遥かに稼げた。差額と戦果で黒字だが、想定を遥かに下回る額だ。あまりに微妙な額で困る。
「呑みにも行けねぇ。装備の調達もダメだ。あー、明後日くらいに再出撃かよ、やってられねぇ」
「まぁまぁ。黒字なだけよかったと思おうよ」
「他の連中よりマシか。はーっ」
ため息しか出ない。しかし、いつまでもダラダラはしていられない。次の出撃に備えて、色々買ったり準備しなければならない。忘れ物をしても、死ぬか作戦が終わらない限り戻れないのだ。ちなみに相棒は、銃器一式を忘れて出撃したことがあった。
「明後日なら、これなんてどう?」
「ん? 馬鹿、これ異様に面倒なんだよ。こっちは法律でガチガチ、向こうは交戦規定なんか無い。でクソの役にも立たねぇ『平和主義者』がちょっとでも傷ついたらギャーギャー言われて、敵を撃っても妄言を吐かれる。その上支払いが連中の懐だから文句の度にガンガン減額。最悪の依頼人だ」
慈善事業団体の護衛を指されて、忌まわしい記憶が蘇る。『秩序ある死のない戦争』の時代で、未だに反戦とか言っている連中は少なくない。遙か昔に廃法となった9条を持ち出す連中もいる。そんなもの、前の大戦で欠片ほどの意味すら持たないとわかったというのに、未だに執着する連中がいるのが不思議でならない。
「そうなんだ」
「そういうのはそういうのが得意な連中のお仕事。俺らがやるのは普通の殺し合い。オーケー?」
「でも、一度くらいは受けてみたいな」
「もっとマシな連中が出してたら受けてやる。ともかくコイツラはダメだ」
よりにもよって一番たちの悪い連中だった。だいたい一番最後まで残って、正規軍にクソ高い金を払って文句を言いながら、戦場で訳のわからないことを大声で喧伝しながら訳のわからない事をする。前の大戦でも似たようなことをして皆殺しにされて政府に文句を言っていたとか。まだ記憶転送技術などなかった時代、方向はどうか知らんが、ダルダル生きている俺らとはガッツが違う。そこだけは素直に尊敬できた。
「普通の、それほど難しくないので良いんだよ、俺らは」
「はーい」
コイツに任務の選択を任せるんじゃなかった。
「おいおい、あんなの倒せるかよ」
「おかしいなぁ、倒せるって聞いたんだけど」
「巨大機動兵器なんざどう考えたら倒せるって思うんだよ、あ?」
遠隔操作で敵を蹂躙するトンデモ無人兵器を相手に、全力逃走中。RPGを持った連中が果敢に撃ちまくってはいるが、スラット装甲に阻まれ不発、爆発してもあまり効果があるようには見えない。サイボーグか強化装甲歩兵がAP兵装を持ってきてはじめてどうにかできるレベルだ。レールライフルとか、レールキャノンとか、バルカンとかアヴェンジャーとか、そういったもので制御系をふっ飛ばすのが正解だ。ちなみに友軍にそんな素敵な連中はいない。見事に薙ぎ払われている。弾をケチっているのか、機関砲の類は滅多に撃たない。
「あ、友軍全滅したみたい」
「終わった」