王様のプロポーズ大作戦*4
一応R15です。
トントン、と小さな扉を叩く。
「はあい」
中から聞こえてくる呑気な声に、今の今までガチガチに緊張していたにも関わらず、イリアは頬を緩めた。
*****
お色気大作戦をユリウスから提案された日暮れ頃、さっそく少年は少女の家へとやって来た。
まったく自信がなくうじうじしていた所、見かねたユリウスがなんと、『ぷんぷん色気の出し方三要素!』を教えてくれたのだ。
それを聞いてなんだかやる気が出てしまった単純な少年王は、そのままの勢いで城を飛び出した。
「こんばんはイリア!」
「ああ、こんば……………………」
しかしこれも何かの悪戯か。
少女が扉から顔をだすと同時に少年の顔がひきつった。
彼女は何故か髪を濡らしていたのだ。
しっとりと、艶やかに、誘惑してくるような…(イリア脳内)。
ものすごく動揺しなから聞けば、タオルで髪を拭きながら答えてくれた。
「湯浴みをすませたの。さっきまで掃除してたから。」
「ゆ、湯浴み……………。」
「どうしたの?」
「いいいいいや、何も…。」
「そう?なら座っていて。お茶を煎れるね。」
「ああ、ありがとう。」
これは出鼻を挫かれた……というより誰かが背中を押しまくっているとしか思えない。
湯浴み後の彼女を前に冷静でいられる自信なんて、イリアにはこれっぽっちも無かった。
少女からはふわりといい香りが漂ってくる。
まるで、ユリウスに言われたようにーーさっさとしろと。
さっさとその手に掴んでしまえとでも言うように少年を誘惑する。
鼻唄を歌いながらお茶を煎れるフィーナは、いつも結い上げている銀色の髪を下ろして、更にいつもは花学者の白衣に隠されている身体は、その色づいた肌を見せつけるように薄い夜着に包まれていた。
言わずもがな、自分より少女の方が相当色気が出ている。
「何でおまえが出してるんだよっ!?」
「えっ?なに?何で怒ってるの?」
「……いや…………何でもない。」
く、くそ………少女に圧倒されてどうする。
少年は動揺を隠すように、顔をしかめた。
…ここは誘惑に負ける前に、先に自分がお色気大作戦を実行しなければ!
そう決心して、イリアはお城でユリウスから聞いた内容をひとつひとつ思い出した。
『ーーその1。隣に座って、肩を引き寄せましょう。』
まずは肩を引き寄せる!そんな大業?自分に出来るのか!?
少年はものすごくドキドキしながら、お茶を持ってきてくれた少女に声を掛けた。
「フィーナ……お茶はいいから、とりあえず、ここに座ってくれないか?」
「うん?」
そしてあっさりと隣に腰を下ろした少女に、イリアはえっと驚いた。
「なあに?」
「あーーー、いや………。」
こ、これは意外と簡単かもしれない?
この調子で!とそのまま勢いで少女の肩を引き寄せてみた。
「イリア?寒いの?」
「え?」
……………あれ?期待していた反応がない?
寒いのって、いや、あれ……??
全く様子が変わらない少女に、少年は瞳をぱちくりと開けた。
……しかも引き寄せて気が付いたけれど、近くなったことで、少女の香りが更に強くなってしまった。
自分の方がドキドキしてどうする!
くそくそ!次だ!
『その2。前髪を掻き上げながら、流し目を向けましょう。』
………こ、これはすごく恥ずかしい気がするけど。
これでフィーナもドキドキするのか!
「……………………。」
ファサリ、とそこまで多くないし長くない前髪を掻き上げながら、少年はちらりと少女を見た。
「…………?」
「……………………。」
………あ、あれ?
しかしきょとんと見返してくる少女に手応えの無さを感じて、もう一度繰り返してみた。
「前髪邪魔なの?切ってあげようか?」
うわああああああやっぱり恥ずかしいだけじゃないかあああああ!
少女に髪を切ってもらうというのも少し魅力的だけれど、今はそんな場合では無い。
少年は羞恥で泣きそうになりながらも、最後の作戦を繰り出した。
『その3。彼女の名前を低い声で呼んでみましょう。出来れば耳元で囁くように。』
これは意味がよく分からないけど…。
低い声って、どれくらい低くすればいいんだ?
よ、よし。ごほん。
「……………フィーナ。」
「えっ?何か言った?」
しまった声が小さすぎた!
も、もう一回…。
「ーーフィーナ。」
「ねえイリア、もしかして風邪引いた?ひどい声よ。今日は早く帰った方がいいかも。」
今度は声が低すぎた!
もう一回!
「フィーナ。」
「うん?なあに?」
「……えっ?」
「え?」
「…………………あっ。」
そうか呼んだら何か言わなきゃいけないじゃないか!
ユリウス!呼んだ後はどうすればいいんだよっ?
呼ぶまでしか教えてくれなかった侍従に心の中で叫びながら、もう引き出しが無くなってしまった計画の失敗に少年は項垂れた。
「どうしたのイリア?眠い?少し眠って行く?」
きょとんと首を傾げる少女に、お色気大作戦の効果は全く見えてこない。
そんなに自分には色気がないのか……?と更に落ち込む少年は、ふと思い立って顔を上げた。
「そもそも………フィーナって、男にドキドキすることとかあるのか?」
「え?何の話?」
「いや………フィーナが誰かを格好良いだとか、何処何処の芸者が好きだとか、聞いた事がないから…。」
「格好良い?それならいるよ。」
「えっ!?だ、だだだだ誰だよ!?」
予想外の答えに、イリアはぎょっとした。
いないと思ってたのに!
というか、自分で聞いたくせに、実際いると聞いたら許せないのである。
「えへへ…………カルメロ師匠様!」
「えっ」
しかし意外な人物に少年は引きつった。
少年の知るカルメロといえば、小さい頃からのフィーナの花学の師匠である。
花学の知識は国一だという事で有名だが、結構な老人だったような気がするけれど。
「あの素敵なお髭!真っ白なお髪!そして優しく垂れる目元…なのに研究の最中はとっても凛々しくなるあの横顔…!」
「…………………ひげ…………。」
そんなもの生えてない。髪も白くない。
顎を触れば、虚しい程につるつるとしていた。
それにしても、まるで恋する乙女のような横顔に、これが何で自分じゃなくて齢八十を越えそうな老人に向けられるのか…。
少年ははああとうちひしがれた。
「……フィーナ。言っとくけど俺、おまえに3回くらい求婚したんだけど、………全くドキドキとか、しないのか?」
「え?イリアに?……うん?」
あっさりと返ってきた答えに、少年は冗談でなく泣きそうになった。
こんなに近くに、というか肩を引き寄せて密着しているのに。
緊張しているのは自分だけなのかと思うと、少年は段々とむかむかしてきた。
……キスくらいしなくちゃ、この少女を動揺させる事は出来ないのか。
『そこでそうですね…唇でも奪ってしまっても良いかもしれません。』
ふと昼間のユリウスの言葉を思い出した。
そうだ、元々は、押し倒してキスをする作戦だった……?
そんなの無理だと思ってたけど、なんか、今なら出来る気がしてきた……。
少年はちらりと横を見れば、少女はうとうとと眠そうにしていた。
ーー風呂入って眠くなるって、子どもかっ!
全く異性として意識されていないのを感じ取った少年は、ぐいっと少女の体を押し倒した。
「ーーーーーーえ?」
あっさりと長椅子に倒れきょとんとする少女に、イリアは逃げられないように覆い被さる。
「イリア?」
何の疑いもない真っ直ぐな眼差しを向けられながら、イリアは少女の頤を持ち上げた。
「…………フィーナが悪い。」
「え?ーーーんむ」
そうして黙らせるように唇を重ねると、少女はびっくりしたように目を見開く。
「イリ…ん、」
長年夢見ていた少女の唇は、湯浴みをすませた後だからか温かく、ほどよく湿っていた。
少し触れるだけのつもりだったのにーー。
バンバンと胸を叩く手を無視して、それを貪るように味わっていると、ふと少女が大人しくなる。
「……?」
少し不安になって一度顔を離せば、少年はぎくりとした。
はふはふと、濡れた唇を少し開けたまま、涙目でこちらを目上げてくる少女に、少年は自分の理性がぶっとんだのが分かった。
分かっても止められない。
いや、こんな想い人の少女を前に止められる男性がいるのなら是非見てみたい。
イリアは再び少女の唇に自分の唇を重ねると、まだ少し開いていた隙間から自分の舌を侵入させた。
*****
「んむあっ……?」
えっ?えっ?なにこれーーー?
急に降ってきた少年の唇に、フィーナはただただびっくりしていた。
最初は触れるだけのものだったのが、途中からまるで自分の唇を食べられるようなものになる。
むーーー!?息が出来ない!
口を塞がれてるので唯一動く手で対抗するけれど、まったく止めてくれない。
それどころか一旦離れたと思ったら、口の中に更にすごいものが降ってきた。
ーーーーーーーえっ!?
全く経験も知識もない少女にとって、少年の行動は未知のものだった。
「………ふっ、はあ…」
暫く意味が分からないままただなすがままにされていると、段々と意識が遠くなりかけてくる。
く、くちが、溶けちゃいそう……。
そんなことを思っていたら、突然少年ががばっと少女から離れた。
「ーーーーーーー!っごめん!」
「え……?」
真っ赤なような青ざめたような意味の分からない顔で、少女から距離をとる。
「ごめんごめんごめんごめん!本当にごめん!ーーこんなつもりじゃ無かったのに!」
「え、え?」
うわああああ、でももしかしてユリウスは最初からこのつもりだったのか!?と一人で少女には分からない事を呟いている。
「…………イリア。」
「…………う、き、嫌いになったか?…………うあ、今まで我慢してたのに何で……って、絶対その濡れた髪と匂いなんだけど。」
今度は何故か泣きそうな顔をしている。
訳が分からないのは少女の方のはずなのだけど、とりあえず質問には答えることにした。
「きらいにはならないよ。苦しかったけど、嫌じゃなかった。」
そのままの感想を言うと、少年はびっくりしたような表情した後、ばっと長椅子から立ち上がった。
「あ、あああああ煽るなよっ!?今だって、ぎりぎりなんだから!」
「え?ごめん?」
「あっ違う!謝るのは俺なんだけど!」
はああああ、とテーブルに手をついて、もう一回ため息をついた後、わああああ、と髪をぐしゃぐしゃと掻き分ける。
「……………本当ごめんな。だめだ、今日は帰る。………服、直しておけよ。」
「え?」
気まずそうに言う少年の言葉に、下を見れば、幾つか釦がはずれていた。
「………あれっ?」
いつのまに外れたのか、慌てて止め直す。
少年は顔を背けていてくれたけど、多分見えていただろう。
「ありがとう、気がつかなかった。」
「……………………いや…。」
苦虫を噛み潰したような顔に首を傾げていると、少年は今度こそ扉に手をかけた。
「ま、また来る……。おやすみ、フィーナ。」
「うん、おやすみ………………っあ!イリア、待って!」
そういえば言うべき事があったのだ、寸前で思い出して声を掛ければ、少年はびくっとしながら振り向いた。
「…………………………………な、なに?」
「あのね、わたし、お師匠様に、研究旅行に連れてってもらえることになったの!」
今日研究所に行ったときに誘われた、少女にとって念願の花学研究旅行である。
うきうきしながら伝えると、少年はびくついてたのが嘘のように、驚愕の表情で見返してきた。