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あなたに期待するのはやめました  作者: 梨丸


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4 彼は私に何かしてくれたかしら?

王立学園の生徒たちは通学鞄を持ち軽やかに歩いている。友人や婚約者を連れているもの、ひとりでいるもの……登校している者の様子は様々だが、ひとつだけ皆に共通していることがあった。皆、ある一点をチラチラと何度も繰り返し見ている。学園の生徒たち──特に噂好きな令嬢たちはそれを隠そうともしない。


その視線全てを受け止めているカロリーネはクルクルに巻いた髪、ではなく彼女の魅力であるストレートヘアを肩まで流している。派手な髪飾りは外され、控えめな鈴蘭をあしらった髪飾りが彼女の髪を留めている。しかしそれ以上に皆の視線を奪っていたのは彼女の顔だった。


ベビーピンクの口紅は落ち着いたローズブラウンに、いつも浮き出ていた色濃い白粉は全て拭われている。毛虫のようだったまつ毛はすっかり消えてカロリーネ本来の長いまつ毛が瑠璃色の瞳を縁取っていた。


『一体どんな心境の変化が?』


令嬢たちは口元を手で隠してカロリーネの様子の変化について語り合う。


(あの人たちは何て言っているのかしら)


カロリーネは矢のような視線を一身に受け、戸惑う。噂話に慣れている令嬢たち特有のヒソヒソ声はそんな話をする機会のなかったカロリーネには聞き取れなかった。なんと言われているのかわからないのだ。考えても仕方がない、そう割り切ったカロリーネは向けられている視線を無視することにした。そして横にいる友人を申し訳なく思って見つめる。


「……本当によかったの?せっかくの二人の時間を邪魔してしまって」


カロリーネの言動に、横にいるアンドレカがきょとんと目を瞬かせた。そしてそのまた横にいるヴォルに肩をすくめて見せる。


「カロリーネ嬢、ぼくはアンドレカが楽しそうならそれでいいんだ」


アンドレカの代わりにヴォルが気弱な翡翠の瞳を眼鏡から覗かせながら微笑んだ。それでも、とカロリーネは続ける。


「わざわざ一緒に通学してくれなくていいのよ、私のために……申し訳ないわ」


「私から声を掛けたのよ。私がカロリーネと一緒に喋りたかったの」


アンドレカは軽快に笑う。


ことの始まりはカロリーネが女子寮を出たところから。エリオットと通学をする気にはとてもなれなかったカロリーネはひとりで身支度を整えた。エリオットにこれ以上鬱陶しい女だと思われないよう彼に合わせて今までしてきた化粧や髪型を封印して。アンドレカはいつもとは違った彼女を見つけるのが早かった。カロリーネが女子寮を出た瞬間、飛びついて通学の誘いを取り付けた。


──そして今に至る。

ヴォルはアンドレカのテンポの良い話にそっと相槌を打つ。お転婆なアンドレカとそんな彼女を影から支えるヴォルは友人のカロリーネの目から見てもお似合いだった。きっと、誰の目から見てもそうなのだろう。


(エリオットとこんな関係が築けたら、よかったのになぁ)


カロリーネの理想は理想でしかない。それを痛いほど理解してしまったカロリーネは眩しいものを見るように目を細めてふたりを見る。いつもならつきん、と胸が痛むはずだが今はなぜかその痛みが鈍かった。


「カロリーネ、婚約者のことで相談があるのならいつでも乗るわ」


どこか上の空なカロリーネの拳をアンドレカが包み込む。頼もしい友人の言葉にカロリーネは驚く。


「なんでエリオットのことを?」


アンドレカにエリオットのことを相談した覚えはない。あの日のパーティーのときだって、アンドレカはカロリーネを気遣って敢えて何も聞かずにいてくれたのだから。


「見てればわかるわ。あの男はカロリーネに理想ばかり押し付けて自分は何もしないもの」


「そんな……」


カロリーネはエリオットを庇おうとして、何も言葉が思い浮かばず自分の盲愛を恥じた。彼女は今まで“愛するエリオット”のありもしない虚像を追いかけていた。


(今まで彼は私に何かしてくれたかしら?)


婚約者の義務は果たしてくれていた、はずだ。だが近頃はそうとも言い切れない。

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