プロローグ
目が眩くらむほど明るい照明に煌びやかな装飾が施された会場ホール。貴族たちの談笑がパーティーホールに響き渡る。グレイトリア王国の王都に聳そびえ立つ王立学園パブリックスクールでは七十周年の歴史を祝うパーティーが行われていた。
皆がはしゃぎ婚約者や友人と楽しげに会話を交わしている中、壁の花役に徹している少女はこっそりため息をついた。誰にも聞こえないよう、なるべく静かに。しかし抱え込んでいる感情がつい溢れてぽつりと呟いてしまった。
「約束、したのに」
しまった、と誤魔化すように豪奢な照明を見てから視線を会場の扉に向ける。きっとパーティーが終わるまで開かれることのない扉を。際限のない感情がまた溢れ出ないように蓋をするため、少女は口の端を固く結んだ。
少女の名はカロリーネ。カロリーネ・アミスカ。伯爵家の長女である。十六歳の彼女は四年制であるここ王立学園の二年生として在学しているため、もちろん今夜のパーティーに参加していた。肩まで伸ばした焦げ茶の髪を後ろで編み込み、金で縁取られた濃い桃色の髪飾りで留めてある。あまり派手な色は好きでないけど、付けなくてはならない。彼が好きだと言ったから。でも、彼は来ないかもしれない。
(いいえ、きっと来るはずよ)
ひとり、心の中で自分に言い聞かせる。そう、きっと来るはずだ。だって、そう約束したもの。
本来ならばエスコートされているはずの右手が虚しく宙を握る。
重たい身体を壁に預けて頭がくらくらするほど照明を見つめた後、夜風に当たりたい、とふと思い、人気ひとけのないバルコニーへと向かった。慣れないヒールをおぼつかない足取りで動かす。
「あれ見たか?恥ずかしくて目も当てられない」
バルコニーの丁度手前でカロリーネはハッと息を飲んだ。自分の意思とは反対に足は動きを止め、その代わりと言わんばかりに心臓がやたらとはやく動き出す。
揺れる瞳に刻まれているのはバルコニーで語らうふたりの男性の後ろ姿。ひとりは、知らない。だけどもうひとり、先ほどの声の主は。
「エリオ、ット……?」
自分の口から漏れ出た婚約者の名をかき消すようにカロリーネは慌てて口を塞いだ。手のひらで覆われた唇でそっと呼吸をして、カーテンの裏に隠れる。男性たちは会話に夢中でカロリーネの存在に気づかない。気づいていないから、言葉がどんどん大胆に、あけすけになっていく。
「似合わない服を着て俺を困らせるつもりなのか」
「あれとは恥ずかしいから一緒にいたくない」
「本当に期待はずれな女だよ」
自分の呼吸音で耳が覆われるような感覚に襲われ、ずるずると身体がずり落ちていく。彼じゃない、きっと、違う、そう自分に言い聞かせるたびに、男性の罵声は大きくなっていくように感じる。身体を縮こまらせていると先ほどまで聞き役に徹していた友人と思わしき片方の男性が耐えきれなくなったと言わんばかりに口を開いた。
「……お前、もういい加減にしないか。大体、カロリーネ嬢を今夜誘ったのはお前だろう。約束に遅れて来たくせにエスコートもせず愚痴ばかり吐いて……さっさと彼女の元に行けよ」
カロリーネ。その名を持つ者は少なくとも、この学園にはひとりしかない。自然と握っている拳の力が強まる。
「ああ、約束のことか?あれには急用ができたと言って明日謝っておくよ。なんのために裏口からここまで来たと思ってる。誘ったときはあんなに趣味の悪い服を着てくるとは思わなかった……まぁ、いつもパッとしないけどな」
「お前何考えてるんだ!?信じられない……。いつも尽くしてくれている女性にすることなのか?本気でそう思っているのだとしたら………おかしいと自覚したほうがいい」
「いつもベタベタしてきて鬱陶しいんだ。毎日一緒に通学したい、なんて言い出すんだぞ?選択授業も一緒に受けたがるし、付き合ってるこっちの身にもなってくれ」
なんでもないことのように言い放つ男性を咎める声が重なり、言い争いのようなものが始まる。聞いていたくもないのに、足が震えて動かない。まるでしっかりと最後まで聞け、と言っているかのように。だけど、カロリーネはこれ以上ふたりの会話を聞くことができなかった。そこに誰かいるのか、とバルコニーから問いかける声が聞こえたから。
急いで立ち上がろうとするも、ヒールについている大きなリボンが引っかかり、身動きできない。焦りに焦り、余計に立ち上がることが困難になった時。バルコニーからこちらに向かうブーツの音が鳴る。
「おい、エリオット!話はまだ終わってない」
片方の男性がブーツの主を呼び止める。
毎日のように呼んでいた名を聞いた瞬間、カロリーネはさっきまでかけられていた魔法が解けたみたいに無我夢中でヒールを脱ぎ捨て、足早にその場を去った。




