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宰相 ロード

 ザナギス当主の書斎には歴代当主の肖像画が飾られている。


 私の父の前の当主はリリス・ザナギス。その代のザナギスは娘二人で、姉はその才能を活かして宰相となり、妹は結婚し、子を儲け、家を守った。その子が私の父だ。

 絵の中のリリス大伯母は、私と同じ銀色を纏う女性で、まだ30代の頃の絵であろうに、華やかさはなく、厳しい視線で子孫を見つめている。


 その大伯母の肖像画の下には彼女の遺品のブローチとピンクの髪飾り。

 ブローチの中が開くようになっていて、その中に小さな絵が書かれているのを気づいたのはいくつのときだっただろうか?


 黒髪で黒い大きな神秘的な瞳の姫がブローチの中にいた。大伯母の流麗な字で『勇者、小夜』と書かれていた。

 私はその瞳に恋をした。



 10歳の誕生日、これは国家の闇に葬った歴史であるとの前置きをされて、父に大伯母の日記を渡され、彼女の生涯を聞かされた。

 大伯母リリスは若い頃恋人がいたようだが、宰相になる身のために家庭を諦めた。そして暗雲立ち込める時代となり、国は勇者を召喚。国と世界のため、リリスは先頭に立って勇者を使い討伐にあたり、王子との仲を裂き、金を与え幽閉し、結果殺してしまったこと。

 宰相としての職務に、何一つの後悔もないが、一人の女性として、自分が許せず自害したこと。


 宰相として、疲れ果てていた大伯母を癒したのは、皮肉にも自分が不幸に追いやっている勇者だった。勇者は疲れ切って頭を抱えている宰相を見かけ、優しく肩や頭をマッサージし、リリスの銀髪を可愛い三つ編みにし、自らの数少ない異世界からの持参品であるピンクの髪留めで留めたのだ。強く、冷たく、誰も近寄らないリリスに『とっても可愛くなった!これで元気になるよね』と屈託無く笑う勇者。


 リリスは堕ちた。それからは国と小夜への想いとの板挟みの日々。

 そして、国を取り、小夜が死に、後継者である我が父が一人前になったのを見極めて、後を追った。


「国を預かる責任は重い。リリスのような選択を迫られたときに、自分がどうするか?常に考えて行動しろ」



 リリスの日記を読み、誘拐同然でこの国に連れてこられたにもかかわらず、傷だらけになりながら必死に人々のために働く小夜をブローチの絵姿に当てはめて思いを巡らす。

 どうすれば小夜は幸せになれる?どうすれば食べてくれるのだと嘆くリリス、そして最期の絶望。


 これは個人の日記である。リリスの憧れが前面に出ており、全てを鵜呑みにしてはいけないとわかっていながら、悲劇の勇者、小夜への思慕はただただ胸の奥底に募っていく。そして、青年となり、まあまあ見目良く、将来の約束された自分の周りに群がる女性達を見るにつけ、彼女達と真逆の小夜はどこにもいないのだと胸が苦しくなる。




 ◇◇◇




 ミカエル学院で、将来に渡って付き合える悪友達に恵まれた。


「王太子妃様の勲章、何故女性の大三位の赤の勲章なんですか?」

 新しくハンター王子の側仕えとなり、先日社交デビューしたレオが不思議そうにその場の皆に尋ねる。


「大一位は王妃殿下、うーん大二位は皇太后様か?」

 セスがサンドイッチをつまみながら答える。


 ハンター殿下が少し考えたそぶりの後、口を開いた。

「皇太后様ももちろん大一位をお持ちだけれど、それは先王の御代の話。今の国の女性の序列は大一位が二人。だから義姉上は大三位だ」


「へ?王妃殿下と並ぶ女性なんて有り得ないだろ?誰?」

「……カレン姉様。俺の従姉妹で……神の御使だ」


「神の御使?何だそりゃ。何やってるの?」

 アレクも知らなかったらしい。


「俺も詳しくは知らない。王や兄は知ってるみたいだけどね。ただ、ラクな仕事ではないことは間違いない。幼い頃は可愛がっていただいた。今は……そうお会いする機会はないが……いつも優しくも悲しい瞳をして遠くを眺めておられる」

 いつも賑やかな殿下が目を伏せて、静かにスプーンをかき回す。



 カレン公爵令嬢、聞けば王兄ギャロウェイ公爵の長子、全く国家行事にも顔を出さないので存在が抜け落ちていた。公爵閣下が病弱ゆえ、娘も病弱なのか?くらいの認識。

 今の学院の顔触れからして将来宰相となる適性のあるものは自分だけ。そして無知は恥。私は時間があるときに情報を集めた。


 結局父の机の周りを調べわかったことしか手に入らなかった。


 カレン様が誕生し、神殿での洗礼式の際、いきなり大神官の口から常でない声で信託が語られた。


『この赤児は我の御使。この世の歪みを正すもの。カレンの意思は我の意思。決して妨げてはならぬ。もし再び過ちを繰り返せば、この世界に未来はない』


 その場に集まるのは王を筆頭に、我が父はじめ全て高位のもの。過ちが何を指すか、はっきりと理解した。


 カレン様がお話できるようになるや否や、王と公爵、宰相揃った場で母である公爵夫人が尋ねた。


『カレン、あなたは……何?』

『……かみのみつかいです』

『それはどういうお仕事なの?』

『ふこうなたみを、これいじょう ふやさぬ ……あ、まぎしんがいっちゃダメって』


『ああ……どうして我が娘にこのような重荷を持たせるの……恨みますわ……』


 カレン様は10歳になられると、家族に簡単に別れの挨拶をし、御使の務めに入られた。

 父の調査では、世界中でカレン様と思われる、美しい金髪に紫の瞳の女性が孤児院で幼子を抱く姿や、過疎の村の貧しい老人を訪ね、手料理を振舞われる姿、虫の息の兵士を膝に抱いて異国の歌を歌って見送り、一心に祈られる姿などが目撃されている。


 誰よりも高位に立つ女性カレン。王の姪として金糸銀糸で織られたドレスを着て、舞踏会の華であるはずの女。それなのにまだ子供と言ってよい歳からただ、この世界の人々を救済するために飛び回る人。自分を滅して。

(小夜様と同じ……)


 どうすれば小夜は幸せになれる?というリリスのつぶやき。

 どうすれば、カレン様は幸せになれる?

 私はリリスに与えられた課題のように、答えを探す。


 魔獣が大量発生し、既に成人し、一人前になった我が友はそれぞれの分野の最前線で戦う。私も彼らの働きを後方から支援する。戦いの終盤、総決起集会が行われ、勇者を中心に、皆それぞれの意識を鼓舞した。


 なぜか虚ろな表情の勇者が気になり、散会した後、一人フラフラと歩く勇者の後を追った。

 彼は宮殿の裏手、街を見下す場所まで来ると、ボンヤリと佇んだ。


(……あやういな……)


 どうしたものかと思っていると、突然、自分の目の前で閃光が走った。

 瞑った目を開けてみれば、突如現れた美しい金髪の女性が、勇者に必死で駆け寄っていた。


 女性は勇者を問答無用で抱きすくめると……勇者の嗚咽が響き渡った。


『先生……オレ……オレ……』

『怖いわよね、わかってる。わかってるからね!』

『もうイヤだ……戦いたくない……』

『ごめんね……ごめんね……ああ……私が代われるものならば!!!』


(ああ……この方こそが……カレン様……)


 誰も気づかぬ勇者の苦悩に寄り添い、ハラハラと涙を流す、慈悲の人。私の心にずっと棲んでいる小夜様と重なった。


 そして、パーティーで回廊に佇むカレン様と再会し、己の恋を自覚した。

(この人を幸せにしたい。心からの笑顔を見たい)

 私は常の自分らしくない、強引なやり方でカレン様の手をとった。




 ◇◇◇




 友人達やカレン様の奮闘のお陰で世界は平和になり、数々の失敗を繰り返しながらも私は追いかけて追いかけて、案外押しに弱いカレンに懇願し、ようやく最愛の人の夫になった。


 二人きりの静かな落ち着いた余生を思い描いていたのだが、友人とその子供達が頻繁に訪ねてきて賑やか極まりない。

 しかししょうがない。皆、私のカレンを深く愛しているのだから。


 カレンが随分と伸びた髪を可愛らしくポニーテールに結い上げた。おや?と思う。美しい金の髪を留めている黒いベルベットの髪留めは……リリスの遺品と色こそ違えど同じ。


「カレン、それは?」

「これ?シュシュって言うの。そうね、これもここでは珍しいのか。ゴムさえあれば簡単に作れるのだけど」

 にっこり笑うカレン。


 銀の髪をピンクのシュシュで結わえてもらったリリスの顔が脳裏に浮かぶ。その顔は肖像画の厳しいものではなく、気恥ずかしそうに笑っていた。その肩ごしの小夜様もカレンと同じ朗らかな笑みを浮かべていた。


(私とともにようやくリリスも……幸せになれたのか……)


「ロード?きゃあ!」

「カレン、ありがとう。ああ……私のカレン……」

 私はカレンをぐいっと自分の胸に引き寄せ、抱きしめる。私の宝。


 カレンは神の御使、全ての民を幸せにする天使。


 しかし、カレンを幸せにするのは、私の役目だ。誰にも譲らない。









おしまい。


この地味なお話にお付き合いくださりありがとうございました。

お読みいただいた全ての皆様に感謝を m(_ _)m



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― 新着の感想 ―
[良い点] すごくいいお話でした。最高でした!!!! [気になる点] 小夜と共に泣き励まし、離れた後の王子の心情が一切出てこなかった所。 [一言] でもむしろそのほうが、いやそれでよかったのかもしれ…
[良い点] ヤバい…泣けた…すんごいいいお話だった…
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