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2話 両親の仲を取り持ちます



 お母様が亡くなってしまう未来を変えることを目標にして、赤ん坊の身なれど私は身の回りの(特にお母様の)情報収集を始めた。

 専門的な医学知識はないけど、前の世界では常識の健康知識とかも役立つかもしれない。

 何と言っても、ここは中世ヨーロッパもどきの文明や文化なんだ。



「あーちゃ!あーちゃ!」



「お嬢様、お庭にはいつも通り私めがお連れいたします……!」



「やっ!あーちゃ……いっ!」



 お母様にしがみついて日課である侍女さんとのお庭散策を全力で拒否した。

 中身が高校生の精神なので当たり前だが、大変聞き分けの良い利発な子と思われている私のわがままに周りが困惑しているのが感じ取れる。

 しかし、これも『お母様健康計画』の一環なので許して欲しい。


 これまでお母様の一日の過ごし方を見て思ったが、とにかく部屋に引きこもりすぎている!

 貴族の女性はこれが当たり前なのかもしれないが、あまりにも日光を浴びないのは良くないだろう。

 腕の内側を日に当てるとビタミンEだかDだかが作られて健康に良いってテレビでやってたし。


 情報収集の一環で侍女さんたちの噂話に聞き耳を立てたのだが、どうやらお父様がお母様を引き込もらせている張本人らしい。


 彼女たちが言うには、病弱を理由にしてお母様を社交界などには一切参加させないとか……。

 貴族社会において、夫人は社交界などの華やかな舞台を戦場にしてその家の権威を見せつけて、顔となる役目だろう。

 公爵家としてこれでは体裁が悪いはずなのに、お父様はどうしてお母様を家に閉じ込めているのだろうか?


 ……お母様を拒絶しているのだろうか?


 大した面識もなく、彼のことを全く知らない今は何とも言えない。



 まあとにかく、少なくとも家の敷地内なら出歩くのは自由だし、お母様に少しでも日光を浴びてもらいたい。

 そう思って、駄々をこねてみたが……どうだろう?



「では、母とお庭に行きますか?」



――――よしっ!



 駄々っ子のラピスラズリはその言葉を待っていました、お母様!



「あーいっ!」



「で、ですが奥様のお身体に障るやも……」



「少しだけです。ラピスラズリがご所望ですから、ね?」



「きゃうっ」



 太陽の下でいたずらっぽく笑うお母様は、いつもと違って可愛らしすぎる。

 いや、普段から美しくて愛らしくて尊いんだけどね!


 侍女さんに日傘を差されながらのゆったりとしたお散歩だったけど、お母様にとっては良い運動になっただろう。

 今後もお母様の体調が良さそうなときは積極的に駄々っ子になろう!




……――――それから数日後。



 今までまったく接触がなかった人物がついにやって来た。

 待ちに待ったと言うか、ゲームの設定から考えると色々と思うところがあるからなー……。



「人を下がらせなさい。ラピスラズリと二人にさせてくれ」



 威圧感のある低い声音が部屋によく通る。

 この家一番の権力者の登場に、蜘蛛の子を散らすように侍女さんたちが部屋を後にした。


 初めて近くで顔を拝んだが、つり目気味の紫色の瞳と髪が印象的でお母様に負けず劣らずの美形だ。

 お母様が可愛い系ゆるふわ日だまりの女神様だから、彼はクール系絶対零度の美青年彫刻像と言ったところかな?


 ゲームのラピスラズリは冷たい印象のつり目美人だから、色合い的にもだけど完全に父親似だ。



――――ですよね……ヴァイオレティーニ(お父様)公爵?



 わざわざ人払いまでして私と二人になったお父様にその意味を問うようにベビーベッドから目を向ける。

 その視線を知ってか知らずか、彼は私を見据えて一歩また一歩とこちらに近づいてくる。


 ゲームのラピスラズリの生い立ちを考えると、どうしてもお父様に対しては身構えてしまう。


 跡継ぎとして必要なくなったら政略結婚させて娘を出世の道具にする野心家――――それが今現在持ち合わせているヴァイオレティーニ公爵への私の認識だ。


 そんなお父様と二人っきりになった空間は息苦しくて異質だ。

 いつもならばお母様と侍女さんたちが笑い合ってて温かくて優しさに溢れた空間だと言うのに……。


 そもそも多忙なお父様が子供部屋に何しに来たんだ?

 今から公爵家の後継者教育はいくらなんでも早すぎるんじゃございません?



「…………」



 固い表情のまま彼はスッと私に手を伸ばした。

 反射的に身を強張らせるが、その手は壊れ物に触れるかのように優しく私の頬を撫でる。

 その感触はどこかくすぐったい。



「きゃいっ」



 ぐるっと寝返りをうって私の頬に添えられたお父様の手を両手で捕らえる。



「……っ!」



 突然のことにお父様は驚いて手を預けたまま固まっている。

 その表情は普段の固いそれと比べて人間味があって新鮮だ。


 お母様と違って固くて大きいけど、私はこの手が好きになった。

 これが本能的な親子の認識なのかは分からないが、やっと触れられたこの手を今は放してたまるかと思っている。



「と……」



 きっと私はゲームの知識のせいで先入観を持っていたんだと思う。

 お父様は冷血漢で私を道具としか思わないだろう、と。


 でも、目の前にいる人はこんなにも泣きそうな顔で私を見つめている。



「とーしゃ!(お父様!)」



 お母様にだっこをねだるときのように甘えた声で呼んでみた。



「っラピスラズリ……!」



「うにゃっ」



 ぎゅっと慣れない手つきで抱き上げられた。

 もう少し頭をちゃんと支えてくれ、とか居心地の悪さを感じたものの、目の前でポロポロ涙をこぼしてる彼に何も言える訳がない。

 そもそもまだそこまで喋れない。



「生まれてきてくれてありがとう……っ」



 ゆっくりと絞り出されたこれは、疑う余地もないお父様の本心なのだろう。


 それから彼は涙を拭いながら誰にも見せていないであろう胸の内を語り始めた。

 相手が物心つく前の(と思っている)赤ん坊だからこそ吐き出せることもあるのだろう。



「周りの貴族たちは好き勝手言うけれど、私はアリアと結婚して、ラピスラズリを授かって幸せだよ……」



 アリアとは美しく清らかな彼女によく似合うと思う、お母様の名前だ。

 …………お父様はお母様を本当に大切に思っているんだな。


 お母様の旧姓はナイトフォレスト、攻略キャラの一人であるエメラルドの家だ。

 つまり彼と私はいとこになるわけだが、今はそんなことどうでも良い。


 ナイトフォレスト家は代々優秀な騎士を育成している名門だが伯爵家、王家と血縁者が多い公爵家よりも下である。

 ましてや、武芸に秀でたナイトフォレスト家は特に男にしか価値がない。


 何の取り柄もなく下の身分から嫁いだくせに、病弱で公爵家を支えきれず、やっとのことで生んだのは女児――――これが周りの貴族たちのお母様への評価だ。


 私の目の前でそんなこと言うやつがいたらぶっ飛ばしたい。


 そもそもこの世界は男尊女卑の精神が根強いと思う。

 時代的にはこれが常識かもしれないが、如何せん女性を見下す風潮がある。



「結婚のときだって周りを押し黙らせたんだ……大丈夫、これからだって守れるさ」



 それでもお父様はお母様のことを心から愛して、周りの貴族たちの目から守るために彼女を家に閉じ込めた。

 やり方は壊滅的に不器用だと思うけど、これも愛だと思う。


 ゲームのラピスラズリに対しても、もしかしたらすれ違いがあったのではないか?


 彼女を厳しく教育したのも女だからと見下されないようにするためで、ルビー王子との政略結婚も王族に嫁げばより強力な力で守られるから、と。


 そう考えると、色々と合点が行く。


 そもそも妻の病弱を理由に跡継ぎが望めないなら他所で愛人でも作って子供を作れば早いし、ラピスラズリを跡継ぎとして教育するよりも優秀な分家を婿入りさせれば良い話だ。


 お父様がそうしなかったのは、お母様だけを愛して、ラピスラズリの将来を見据えていたから。

 仮に分家の男を婿入りさせれば公爵家の実権を握られて、ラピスラズリには何の権限もなくなってしまう。


 将来は私が好きになった人と結婚してもその人を支えていける知識を培うためでは?


――――そう思うと、ますますゲームの結末が悲惨すぎる。


 互いに愛していた父娘だったのに、父は娘を狂わせてしまって、娘はそれでも父を思って死を選んだ。



……――――させてたまるか……!



「とーしゃ!うーにゃっ(お父様!任せてくださいっ)」



 私が貴方のこともお守りしますという意を込めて、目の前のお父様の頬を軽くぺちっと叩いた。



「あたっ…………情けない父を励ましてくれるのか?ラピスラズリは本当に可愛くて優しい子だな……」



 お父様のふわっと花が綻ぶような笑顔に不意を付かれる。

 きっと娘にデレているのを見られたくなくて人払いしたのだろうけど、これを見せたら一気に侍女さんたちの中でファンができると思う。



「とーしゃあくいーっ(お父様は格好いいです)」



「……もしかして“とーしゃ”って私のことか?」



「あい!」



「おー!うちの娘は天才だな!これからの公爵家は安泰だー!」



 そう言って、お父様が満面の笑みで私を持ち上げてくるくると回った。


 まあ、会話が成立してる時点でそう思うのも無理はないな。


 この歳から言葉を話すのはおかしいと思われるかも知れないが、お母様の健康を守るためにも意志疎通出来ますアピールはし続けたい。

 それに、これからはお父様の壊滅的な不器用にもフォローしていきたいし。


 お母様とはいつもお喋りしてるから“あーちゃ”がお母様のことだって分かってるし、その他もかなり意志疎通出来るようになった。

 お父様とも今後そうなりたいのだが、それにはまずお母様との関係を……



……――――ガチャッ



「え……ルービス様?」



「っアリア……!」



 突然扉が開いてお母様が部屋に入ってきた。

 居ると思っていなかった人物の姿に見事にカチンコチンに固まっちゃっているよ。

 いつも通りに娘に会いに来たら普段からろくに会話してない夫がデレデレして娘とくるくる回ってるんだもんなー。

 そりゃ現実か疑うわな。

 因みにルービスとは、知的でクールなお父様の名前である。



「こ、こちらにいらしたのですね……お邪魔をして申し訳ありませんっ」



「いや、少し娘の顔を見に来ただけのこと。もう仕事に戻るよ」



 か、堅っ苦しい……!


 お母様は緊張でガチガチだし、お父様はさっきまでの緩みきった表情筋が死んでいつもみたいに戻ってるし!


 いつもどうやって会話していたんですか、お二人とも?!



「では、失礼する」



 恥ずかしかったのは分かるけど、その態度じゃお母様をさけてるみたいですよお父様!


 仕方ない……ここは恥を忍んで私が一肌脱ぐか。



「ふえっ……うあぁん!」



「ら、ラピスラズリ……!?」



 お父様が私をベッドに戻す前に、その腕にしがみついて大泣きした。

 精神年齢が高校生なのでなかなか黒歴史になるほど恥ずかしいのだが、今ここで二人を取り逃がすのは勿体ない。



「ど、どうして急に……?さっきまであんなに機嫌が良かったのに……」



 無表情の仮面を剥ぎ取っておろおろと狼狽えるお父様にしめしめと内心ほくそ笑む。



「……ルービス様、おそれながらラピスラズリをこちらへ」



「あ、ああ……頼む」



 お父様から受け取った私を抱き締めたお母様の顔は先ほどまでの怖がった様子はなく、私を安心させるように穏やかに微笑んでいた。

 母は強し、この一言に尽きる。



「よしよし……ラピスラズリ、お父様とお別れしたくなかったのですね?」



「ひっ……う!」



 赤ん坊だからなのか一度泣き始めるとなかなか自分じゃ泣き止めないのだが、お母様の腕の中だとほっとして落ち着いてくる。

 そんなお母様の聖母のような笑みをお父様が息を呑んで見つめている。


 美しいでしょう?

 この人、私のお母様なんですよー?


 思わずその夫であるお父様に向かって心の中でドヤ顔した。



「……随分手慣れているのだな」



「ええ、この子を抱き締めているときが一番私らしいと思っています」



「強く……なったな」



「光栄です。……全てラピスラズリのお蔭でございます」



 ぽつりぽつりと交わされる言葉に錆び付いた時計の針が再び動き出すのを感じる。

 ……もう一押しするか。



「とーしゃ……」



 お母様の腕の中からお父様に向かって手を伸ばす。



「どうした?」



 首をかしげながらもお父様は私の手を自分のもので包み込んだ。



「あーちゃ……ちゅき」



「“あーちゃ”……?」



「私のことでございますね」



 お父様の疑問にそっとお母様が答えた。



「とーしゃあ……あーちゃすき」



「え、あ……うっ今はそんなこと……」



 私の言いたいことが伝わったようで、お父様の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。

 その表情も素敵ですよ、お父様?



「てちょ!?」



「…………はい」



 娘の勢いについに腹を括ったらしく、軽く呼吸を整えてまっすぐにお母様を見つめる。



「ルービス様?」



「私はいつも言葉が足りない自覚があった……アリアを不安にさせていることも理解した上で君を家に閉じ込め続けた」



「はい……」



 苦虫を噛み潰したように自らの過ちを吐露するお父様に静かにお母様が頷いた。



「今更言うべきなのか、言う権利はあるのかと悩んだが……ラピスラズリが今だと諭してくれた気がする」



 一度私に目を向けたので、精一杯の笑顔で送り出した。


 お父様、行けーっ!!!



「私はアリアが……そして、ラピスラズリが愛おしい……この世の誰よりも何よりも――――愛している」



「ルービス……さ、ま……」



 その言葉にお母様の肩が震えて泣きそうになっていく。

 腕の中の私をうっかり落とさないように、一度ベッドに返してくださるとありがたいのですが……

 


「君を閉じ込めたのも、守るためだなんて聞こえは良いけれどただの自己満足だ。可愛らしいアリアを誰の目にも触れさせたくないし、私だけを見て欲しかったから……」



 私の生命の危機をよそに、両親のラブコメは頭上でどんどん進行していく。

 今更ながら仲を取り持つのに必死だったけど、親のイチャコラって子供としては居たたまれない気持ちになるなー……。



「……私は今も昔もルービス様しか見れませんわ。学生時代に貧血で倒れた私を保健室まで抱えて下さった貴方様、たくさんの女性の中から私を選んで下さった貴方様、跡継ぎのためにも愛人を作るように打診する周りに反して私だけをお側に置いて下さった貴方様……私の幸せは全てルービス様から頂きました」



「アリア……!」



 赤らんで伏し目がちに微笑むお母様はこれまで私が見てきた中でも間違いなく一番美しくて、まさに生ける芸術だった。

 私とお父様の心のメモリーにしかと焼き付けましたよ!



「だからこそ、申し訳なくて……恐れ多くて……私はルービス様にお返しできるだけの物がありません」



「欲しいのはアリアだけだ……公爵家としてどんなに価値あるものより、私は一人の男として君の全てが堪らなく愛おしいんだ」



「ぷへうっ」



 良い雰囲気のところ本当に申し訳ありませんが、お二人とも私を挟んで抱き合わないでください。

 両方向から圧力がかかって息苦しいです。



「ラピスラズリ……何もかも君のお陰だな。ありがとう、私の天使よ」



「ありがとう……ラピスラズリ」



 二人揃っての笑顔に胸が熱くなる。


 私なんて大したことしていませんよ……ただ、お二人が本来あるべき形に戻っただけです。



「あいっ!」



 子はかすがいとは昔の人は本当にうまいことを言ったものだ。


 もしかしたら、10年後に生まれてくる(アメジスト)よりも早くたくさん妹弟が出来るのではなかろうか?

 何人生まれようとも全員愛して大切にして守り抜きますけど。



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