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11 大丈夫


 リディアの熱は、

その日を境にさらに上がった。


 息をするたび、

苦しそうな音が混ざる。


 咳は止まらない。


 薬を飲ませても、

熱は下がらなかった。


 前の人生と同じだった。


「……お水」


 掠れた声。


 セラはすぐに器を持ち上げる。


「ゆっくりね」


 震える手で、

母の身体を支えた。


 軽い。


 こんなに細かっただろうか。


 リディアは少しだけ水を飲み、

苦しそうに息を吐く。


「ありがとう」


 弱い声だった。


 その声を聞くだけで、

セラは泣きそうになる。


 嫌だ。


 まだ。


 まだいなくならないで。


「お姉ちゃん……」


 部屋の隅で、

エマが膝を抱えていた。


 顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


 セラは唇を噛む。


 今度は違う。


 エマはまだ生きている。


 熱も出していない。


 薬草もある。


 ちゃんと備えた。


 だから。


 だからせめて、

エマだけは守りたい。


「エマ、こっちおいで」


 セラが呼ぶと、

エマは小さく頷いて母のそばへ寄る。


 リディアは二人を見て、

少しだけ笑った。


 弱々しく。


 それでも、

優しく。


「……大きくなるところ、

見たかったなぁ」


 ぽつり、と。


 まるで独り言みたいに、

リディアが呟く。


 セラの呼吸が止まる。


「セラも、

エマも」


 熱に浮かされた瞳が、

二人を見つめる。


「幸せにしたかったなぁ……」


 その声が震えていた。


 悔しそうだった。


 泣きそうだった。


 セラはぼろぼろ涙を零す。


「そんなこと言わないで……っ」


 嫌だ。


 終わりみたいに言わないで。


 まだ。


 まだここにいて。


「……ごめんね」


 リディアは小さく笑う。


 エマが泣きながら、

母の手へしがみついた。


「やだ……っ」


「エマ……」


 リディアは震える手で、

エマの頭を撫でる。


 それから。


 ゆっくりセラを見る。


 その目があまりにも優しくて、

セラは泣きそうになる。


「セラ」


「……っ」


「変なところ、

私に似ちゃったね」


 リディアは苦しそうに呼吸をしながら、

それでも笑う。


「抱え込みすぎるところ」


 涙が溢れる。


 セラは何も言えない。


 だって。


 全部、

守りたかったから。


「……どうか」


 掠れた声だった。


「夢に、

のまれないで」


 その言葉が、

胸に深く刺さる。


 夢見は怖い。


 未来を知ってしまう。


 失う瞬間まで知ってしまう。


 だから、

心まで壊れてしまいそうになる。


 でも。


 リディアが言いたいのは、

きっとそういうことじゃない。


 夢のせいで、

自分を見失わないで。


 苦しみに、

飲み込まれないで。


 そういう願いだった。


「……お母さん……っ」


 セラは泣きながら、

母の手を握る。


 温かい。


 でも。


 指先は少しずつ冷たくなっていた。


 呼吸も浅い。


 一度息を吸うたびに、

長い時間がかかる。


「お母さん……!」


 エマが泣き叫ぶ。


 リディアはゆっくり瞬きをした。


 その瞳は、

二人を映している。


 愛おしそうに。


 本当に、

愛おしそうに。


「……大好きよ」


 かすかな声だった。


 それから。


 本当に小さな声で。


 誰にも聞こえないほど小さく。


「……今度は、

幸せになってね」


 リディアは微笑んだ。


 その笑顔は、

どこまでも穏やかだった。


 まるで。


 長い旅の終わりを迎えた人みたいに。


 そして。


 母の手から、

力が抜けた。


「――お母さん?」


 返事はなかった。


 静かな部屋に。


 エマの泣き声だけが、

いつまでも響いていた。

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