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冬装備

 みたらい渓谷に掛けられた橋の付近にスーパーカブを停めた。熊渡登山口はこの橋を渡った先にある。荷台からザックを降ろした。かなり重い。このザックの中には、テントや寝袋それに食料や飲料水が入っている。氷点下の環境で一泊するためにはどれも必要な装備だが、中でも飲料水は特に重要だ。山には大量の雪が堆積しているので、H2Oは潤沢にある。しかし、そのままでは口にできない。ゴミやチリそれに細菌を含んでいる。現代人のヤワな腹では直ぐに下してしまうだろう。


 それでも口にしたいのなら、煮沸消毒をしたうえでフィルターでゴミを除去しなければならない。昨年は経験値を上げるために、消毒した雪水を使って鍋を調理してみた。やってみて分かったのだが、雪を水に変える作業は簡単なようにみえて、氷点下においてはかなりの難作業になる。簡単には溶けてくれない。かなりの時間がかかる。雪山でのテント泊は、それこそ水づくりのために多くの時間が割かれることを覚悟しなければならない。


 今回の登山では、そのような作業をしたくない。水を2リットル用意した。重いけれどこれは仕方がない。一応、フィルターも用意しているが使わないつもりだ。この水の管理についてだが、当然のことながら氷点下の世界では凍ってしまう。初めて雪山に登った時は、水筒の水が完全に凍ってしまって飲むことが出来なかった。そんな当たり前のことも、経験しなければ分からない。なので、凍らせない工夫が必要になる。水は平べったい専用の水袋に入れていて、ザックの背面に忍ばせていた。直ぐに取り出すことは出来ないが、背負うことで僕の背中の体温で微かながら暖めることが出来る。それとは別に小さな魔法瓶も用意していた。


 スーパーカブのサイドバッグから、ストックとチェーンスパイクを取り出した。重いザックを背負いながら長時間歩く場合、ストックの存在は本当に助かる。ザックの重量を足とストックに分散することが出来るからだ。歩くときの姿勢も良くなる。また足元が不安定な雪道は、どうしてもふらつきやすい。ストックがあるお陰で転倒を防止することが出来た。


 チェーンスパイクも雪道の強い味方だ。今回、雪道を歩くための装備として三つ用意した。チェーンスパイク、アイゼン、それとワカン。どれも用途が違う。チェーンスパイクとアイゼンは、どちらも登山靴に爪を装着する装備だが、爪の大きさが違う。チェーンスパイクは小さな爪が沢山あり、アイゼンは大きな爪が12本ある。雪が薄い平坦な道はチェーンスパイクを使う。爪が短いので、登山靴感覚で歩くことが出来た。ところが深い雪道や急な坂を登る場合は、爪が短すぎてかからない。このような環境下ではアイゼンの出番になる。長い爪で、雪や岩にがっちりと食い込むことが出来た。


 出発の準備が出来た。サイドバッグのもう一方からバイクカバーを取り出す。この山の中に一日以上駐車することになるので、家から持ってきた。天気予報は晴れだから雨の心配はないが、念のためにの用心だ。15kgのザックを背負い、ストックを持つ。歩き出すと、チェーンスパイクがアスファルトとこすれ合い、ガチャガチャと音が鳴った。


 橋を渡った先の熊渡登山口から2kmほどは、車が走れる整地された道になる。薄く雪が積もっていて、先行者の足跡が先に延びていた。3か月前にも歩いた道なので、よく覚えている。左手に「双門コース」を紹介している古びた看板が見えた。なんだか懐かしい気持ちにさせられた。このまま歩いていくと、弥山川を遡上するハードコアな双門コースと金引尾根コースに分岐するのだが、今回は金引尾根を選択する。分岐までやってくると、双門コースに向かって一人の足跡が伸びていた。


 ――スゲー!


 ただでさえ関西最難関コースなのに、厳冬期に挑戦するとはかなりの経験者だと思われる。僕には無理だ。でも、その先には落差70mの双門の滝をはじめ、荘厳な弥山川の渓谷が待っている。羨望の目を注ぎつつ金引き尾根に向かった。


 この尾根はかなりの急峻で、2kmほどの道のりでありながら標高850m付近から一気に1450mまで高度を上げる。チェーンスパイクで登るのは難しい。倒木に腰を下ろして、アイゼンを履くことにした。このアイゼンに履き替えるという作業が実は大変だったりする。何故なら、手袋が邪魔だから。


 雪山に登る場合、防寒対策は非常に重要だ。一般的には、アウターシェル、ミッドレイヤー、ベースレイヤーといった三層で構成する。寒いからといって沢山着込むのは良くない。なぜなら汗をかくから。登山はかなりハードなので行動すれば厳冬期でも汗をかく。この汗を素早く乾かせる衣類の構成を考えなければ、返って体を冷やしてしまうのだ。僕の場合は、行動中は暑いのでアウターシェルを脱いでいる。このレイヤーの考え方は手袋も同じになる。アウターは防寒防水のドデカイ手袋。ミッドレイヤーは蓄熱性がある手袋。ベースレイヤーはニトリル手袋になる。


 僕が使用している中華製アイゼンは、ベルトを使って足に固定しなければならない。この細いベルトを穴に通すという作業は、アウターの手袋のままでは難しい。なのでアウターを脱ぐわけだが、ミッドレイヤーでも案外と難しかった。ベースレイヤーのニトリル手袋を付けた状態でアイゼンの装着作業をする。素手に近い状態なので作業はし易かったが、防寒性能はゼロに近い。かなり指先が冷えた。


 アイゼンの装着が出来たので、立ち上がる。「ヨイッショッ」と声に出しながら、重いザックを背負った。ストックを両手に持って、急峻な登山道を見つめる。これまでの平坦な道は序章に過ぎない。この金引尾根のコースからが本当の登山になる。

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