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この広い宇宙と交信中  作者: 泉河ミナヅキ
第二章 「カタナシ」の子供
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第2章8節 反乱分子

 ナイフを突き立てようとする手の力を未だ緩めようとしない少女。ふわりと揺れる明るい茶髪は日常の象徴のようでありながら、その手に握られたナイフは異質な輝きを放っていた。


「なんでお前が、ここに」


「セプティム様の転移だよ。あの方がいなかったら地球に行くこともできなかった」


 俺達の間で震えるナイフを、ソリスが蹴り上げて吹っ飛ばす。

 彼女が庇うように俺の前に出た隙にナイフを回収した。


「ヒマリ、キミも反乱分子の一員、なの?」


「そうですよ~、王女サマ。アタシは正真正銘、この惑星プラメルで生まれた人間ですから」


 転校してすぐ仲良くしてくれた彼女の自白に、ソリスは戸惑っていた。

 見かけは地球人と変わらない彼女が、ソリスと同じ宇宙人だったとは信じがたい。俺も場違いな場所に現れた少女を前に、どう行動すべきか決めかねていた。


「反乱分子としてわたしの前に立つなら容赦しない」


「ふぅん、でも病院の中で暴れたら他の患者さんの迷惑になるかもね。反乱分子の侵略は、この病院にまでは及んでないことになってるんだし」


 陽鞠は余裕を感じさせる態度で、廊下の先を指差す。


「この病院は包囲されてる。病院が機能不全に陥ったら大変でしょ? ここの人達に手を出されたくなかったら外に出て話をしようよ」


 病院内にいる人達に、あまり迷惑は掛けたくない。

 ただでさえ、反乱分子がここに来たのは俺を――星玉の主を狙ってのことだろうし。

 陽鞠に誘い出されるようにして外に出ると、無数の化け物が病院を取り囲んでいた。

 鍵爪を備えた化け物達は、襲いかかることなく待機している。セプティムにも襲いかかっていなかったし、襲う相手は選んでいるようだ。

 無情に歩いていく陽鞠の背中を見つめる。

 向坂陽鞠は中学の頃からの同級生だ。仕事が一段落付いたら田舎暮らしをしたいという両親の意向で、星逢町に引っ越してきたと語っていた。それも嘘だったのだろうか。


「それじゃあ、取引しようよ」


 学校で会う時と変わらない朗らかな態度で、陽鞠は明るく告げる。


「星玉の主をこっちに引き渡す代わりに、病院にガングリオをけしかけるのはやめてあげる。星玉の主を寄越さないなら、患者も医療関係者も惨殺されるよ」


「取引の前に、いくつか質問させて」


 反乱分子の少女の承諾を得て、王女は疑問を口にする。


「どうして地球にいたの。学校に潜り込んでいたのはなぜ?」


「王家が星玉を地球に避難させたって聞いて、こっちも慌てて地球での探索を開始したんだよ。準備も色々あって、三年前に地球に移住して星玉回収の準備を進めたわけ」


 蜂蜜色の目を細め、陽鞠は俺を睥睨(へいげい)する。


「まさか地球人が持ち主に選ばれるとはねー。絞り込むのに二年費やして、ソイツが星玉の主だって気付いたのは一年くらい前だよ」


「学校に潜り込んだのは、星玉の主を絞り込むため?」


「うん、だって学校周辺で反応があったから。持ち主は学生だろうなって見当は付いたし~」


 オキュラスは創造主の知覚で、精神体の気配を察知していた。

 あの黒い化け物も、俺が星玉の主だと特定して襲いかかっている。反乱分子の一員として地球を訪れた彼女も、俺がそうだと断定する手段を持っていたようだ。


「さっきから黙りこくってるけどさ~、宇田川はアタシに聞きたいことないワケ?」


「え……いや……」


「町の外でまで、村八分を引き摺ることないじゃん」


 自分が村八分者だと知られている相手に、自分から何か尋ねるなんてできるはずなかった。人前で声を発すること自体、褒められたことではない。

 聞きたいことはあった。

 俺がソリスと出会う前から、自分の日常には宇宙人が紛れ込んでいたと知らされて。不思議に思うことばかりだ。


「中学の時に、親の意向で引っ越してきたって言ってたよな。あれも嘘だったのか」


「うん、嘘だよ。余所者に厳しい土地だから、それらしい理由で潜伏してたの」


 俺を背後に隠したソリスの肩に力が籠る。


「転校して来た時から、わたしがここの王女だって気付いてたの?」


「気付いてないよ~、王族の顔なんて見たことなかったし。それはセプティム様に教わって初めて知った。でもまぁ、銀髪で触覚生えてる女の子だし? プラメルの関係者だとは思ったよ」


 ここまで来て嘘を吐く理由はないだろうし、それが真実なら転校生だったソリスに近付いたのは打算によるものではなかったということになる。

 裏がなかったからと言って、事態が好転する余地はないのだが。


「他に聞くことがないなら、早く選んでよ。国の命運を握るたった一人か、王立病院にいる患者や関係者全員。三百人くらいはいるよね~?」


「……どうして、わたしなの」


 陽鞠はムッとしたように眉根を寄せる。


「質問が大雑把で理解できないんだけど? どうしてって何に対しての疑問なワケ」


「王立病院を盾に、星玉の主の身柄を求めるなら父様や姉様に聞けばいい。どうして、第二王女のわたしに聞くの」


「だって星玉の主の護衛を任されたのはアンタでしょ? この状況でもそれを完遂するのか、大勢の国民を優先するのか選べって言ってるの」


 ソリスの肩に手を置くと、見ているこちらも血の気が引くほど青ざめた顔が振り返った。

 ――反乱分子の提案は、彼女にとってトロッコ問題に近いものだ。

 しかもトロッコ問題なら、救えるたった一人は家族や大切な人というのが鉄板である。その選択肢に入ってくるのが、国の威信を握る能力を今後持つかもしれないというだけの他人。

 病院内にいる三百人の国民と、今はまだ何者でもない異星人。


「ソリス。どっちを選ぶか決まったか」


「き、決まってない。決められるわけない……っ」


 国のために文句を言いながらも、辺境の惑星まで来て護衛の任務に向き合っていた王女。

 俺がカタナシだと知っても、追求しないでいてくれた少女。

 どちらを選ぶのも国のためで、どちらを切り捨てるのも国のためで――。彼女に圧し掛かる責任の重さはきっと理解できない。

 だから、当事者として一歩踏み出すとしたら。


「一人を切り捨てると言ってくれ、ソリス」


 自分にできるのは責任を肩代わりすることくらいだ。

 そう伝えた途端、王女は(まなじり)を釣り上げた。


「だって、そんなことしたら星玉は……っ、何のために今まで守ってきたと思ってるの⁉」


「勝率はあると思うから、俺を信じてくれないか」


 確証には程遠いけれど、多少の根拠はある。


「あると思うって……その程度で託せないよ……」


 眉間に深く(しわ)を刻み、彼女は視線を左右に揺らした。

 病院は大勢の人工生命体に包囲されている。相手がいつまでも待ってくれるとも限らない。

 真剣に考え込んでいた少女は、最終的な答えを出した。


「――星玉の主はキミに差し出す。だから、病院に手出ししないで」


 満足気に返答を聞き届けた陽鞠は、俺に向かって手招きした。

 多少の勝率と根拠を胸に、俺は反乱分子の方へと移動する。真横に立った俺の逃亡防止に腕を絡めてきた反乱分子は、晴れやかな笑みを浮かべた。


「捨てられちゃったね~? でも、王族なんてそんなものだよ」


「王族の顔も見たことないって言った割に、王族について語るのかよ」


「アタシ達みたいなスラム街の人間には見向きもしない、特権階級の人間の面倒だけ見るような連中だもん。国益と天秤に掛けて、切り捨てるのは日常茶飯事ってワケ」


 深く息を吐き出し、拘束された自分の左腕を見下ろす。

 躊躇する猶予も与えてくれない、一発勝負だ。


「じゃあ、ガングリオをけしかけるのはやめてあげる。星玉の主がこっちにいる以上は、反乱分子の鎮圧だって叶わな――ッ⁉」


 右手に持ったナイフを、彼女の首に向けて振り上げた。身柄を引き渡された俺から注意が逸れ、隙ができた瞬間の不意打ち。

 ハッと目を見開いた陽鞠が、それより一拍早く身を引いた。


「あー……さすがに防がれるよな……っ」


 切っ先が喉笛を捉える寸前、小さな手が刃先を素手で握っていた。

 細い指から垂れる鮮血は赤く、コンクリートによく似た材質の地面にボタボタと染み込む。


「なに、するの……」


「いつだって哀れな生贄が、無抵抗で捧げられてやると思うなよ――ッ!」


 渾身(こんしん)の力を込めているのに、刃先はビクともしない。

 素手で刃を掴んでいた彼女は、片方の手を持ち手に掛ける。俺が両手で掴んだ持ち手の余白を握り、じりじりとナイフを押し返す。


「病院と星玉の主を天秤に掛けたのは、国のためにソリスがどっちを選ぶか試したのかもしんねえけどな! 俺が黙って差し出されてやる義理はねえんだよ‼」


「学校では何されても反抗しないのに、こういう時はムキになるんだね~? 油断したなぁ」


 俺の全力は、片手で容易く押し返されている。

 ナイフで切り掛かって来た時だって、こうして片手で押し返せる力があるなら俺如きの腕力で止められるわけがなかったのだ。

 なのに、彼女の強襲は失敗した。王女との取引を提案するために、わざと失敗したという可能性も考えたが――それにしては、ナイフを振り下ろす動きに迷いがなかった。

 ぶつかる直前、本当にギリギリになって躊躇が混じったのだ。

 俺が止めようとしたことで、全力を出すのをやめたのだとしたら。


「俺を殺したいんじゃねえのかよ」


 本気の殺意があったはずなのに、俺を死なせることを恐れているかのような。

 化け物達は陽鞠が指示を出さないからか、律儀にその場で待っている。

 俺の反抗によって、取引不成立だと事を急くことはしないようだ。


「あ~あ、よりによって宇田川が星玉の主とかカンベンしてほしかったなぁ。宇田川じゃなければ良かったのにって、何度も思ったしさ~」


 繰り出された言葉の意外性に、ナイフに込める力が弱まりそうになってしまった。


「不遇な目に遭い続けてる人が、こんな余所(よそ)の事情で苦悩するって理不尽もないよ」


「不遇……?」


 揺れる蜂蜜色の目は、本心を語っているようだった。嘘にしても、よくできている。

 ナイフを下ろしても、陽鞠は薄皮の切れた自分の手を見つめるだけだった。逆上して切り掛かってくることもない。


「アタシ達の方に来るのは、宇田川にとっても悪いことじゃないと思うんだ。こっちとしては宇田川を殺さなくても、星玉の主が王家に手を貸さずにいてくれれば満足だしさ」


 心臓が焼け焦げたようにひりつく。

 陽鞠は血を垂らす掌を握り、切実な声を絞り出した。


「お願いだよ。宇田川にこれ以上、嫌な思いはさせたくないんだ、だから――っ」


 陽鞠の言葉が最後まで続くことはなく、彼女の目の前を銀色の刃がかすめる。

 反射的に引き下がった彼女の表情を見る限り、ちゃんと意表は突けたはずなのに。また避けられてしまった。

 明るい茶髪の少女は、愕然と凍り付いていた。


「え……なん、で……?」


「そんな理由で与えられたチャンスにしがみつくくらいなら、歯向かって殺される方がマシだ」


 ナイフは彼女の前髪を少し切り落すだけだった。

 会話で隙を作ったつもりだったのに、土壇場に慣れた人間の動きだ。


「町の連中と一緒になって俺をハブった奴が、都合良く同情を理由に使うな」


「怪しまれずに潜伏したかっただけで、あの差別が正統だと思ってたワケじゃない! アタシについて来れば、町を出て過ごせるんだよ? 悪い条件じゃないでしょ?」


 こんな状況で境遇を持ち出されたくなかった。

 喉の奥に焼け付くような激痛が走る。痛みを増す心臓部を服の上から押さえた。


「俺が星玉の主であることも、この国の事情の当事者になったのも理不尽かもしれない。でもな、それが理不尽だったとしても責任はある」


 胸が、喉が痛くて声を発するのも苦しい。

 歯がゆい面持ちで、反乱分子は声を荒らげた。


「あの町で自分がどんな仕打ちを受けてきたか、自覚がないワケじゃないでしょ⁉ その上で惑星プラメルの事情まで背負うなんて無謀だよ⁉」


「無謀でも何でも、責任は俺にあるだろ――ッう、ぁ」


 全身が熱い。内側から焼け焦げるように熱くて痛い。激痛に意識を支配され、思わずその場に膝を突いた。


「タカヒロ⁉ 今度はタカヒロに何したのっ⁉」


「え、あ、アタシは何もしてない……」


 毒に侵された時と同じように、視界が歪んで力が抜ける。掌から落下したナイフが、カランと音を立てて地面に投げ出された。

 安静にしているようにと言われたし、まだ毒が抜けきっていないのか――。あるいは陽鞠が何か細工をしていたとも考えられる、が。

 地面に膝を突いた俺の周囲に、青い火の粉が散る。

 視覚がチカチカして見えるだけかと思ったが、病院を取り囲む化け物達が風に乗って広がる火花に過剰な怯えを示していた。


「ぁ、なんだ、これ……気持ち悪い……」


 呼吸が覚束なくなり、喉の奥からヒューヒューと喘鳴が漏れる。

 不意に、視界に暗く影が落ちた。


「――『覚醒が進んだか、星玉の主』」


 俺の顔を覗き込むように屈んだその人。顔を上げると陽鞠の背後に、黒いローブ姿の男が出現していた。人智を超えた存在の出現に、場の空気が一変する。


「セプ、ティム……」


「『他人の憐憫(れんびん)を嫌うとは、あの自尊心の塊が器に選ぶのも納得だな』」


 人の姿を借りたそれが、セプティムと呼ばれる精神体であることしか知らなかった。地球人である俺は。

 そのはずなのに、激しい頭痛に苛まれる頭はそれを理解しようとしている。

 自分のものではない記憶が、知らないはずの情報が流れ込んでくる。


「反乱分子に手を貸す、なんて……お前が一番、しそうになかったのにな」


 俺の口が動いて、自分ではない何かの意志で声が発せられる。

 顔は見えないながらも、セプティムは肩を大きく揺らして動揺を露わにしていた。


「『同調がそこまで進んでいるとは――』」


「条件が揃えば同調は進むさ。お前と違って『俺』は単純な造りじゃないんだ、人間と同機するのに時間が掛かるのも道理だろう――」


 セプティムが陽鞠を押し退け、革靴で俺の腹を抉った。容赦ない一撃に嗚咽が漏れる。

 直後、革靴の先端が青い炎に包まれた。

 銅を燃やしたような明るい青。シアンブルーに近い炎が男の靴から這い上がり、腹を蹴りつけた足は引っ込められる。

 活力を吸い取られているかのように、炎が威力を増すたびに俺の意識は混濁していった。


「『……一度引くとしよう。ガングリオもあのザマだしな』」


 炎に怯える化け物達は使い物にならないと判断したセプティムは、腕を軽く振り上げる。病院を囲んでいた化け物達の姿が、一瞬にして消え去った。


「『使い物にならん道具を残しておいても、意味がないからな。君もここで消えてくれ』」


「え、あ、セプティム……様……?」


 すぐ傍に立っていた陽鞠の腹部を、セプティムの豪腕が貫いていた。

 赤黒い血を吐き出した少女は、血の気が引いていく顔でローブの男を見上げる。信じられないものを見るように、その蜂蜜色の目は揺らいでいた。


「ヒマリっ! なんでっ、セプティム様は反乱分子に味方したんじゃなかったの⁉」


「『ああ、反乱分子の味方だとも。だからこそ、裏切り者には消えてもらう』」


 腕を引き抜かれた少女の華奢な体躯は、大きな音を立てて地面に倒れ込んだ。俺の真横に倒れた少女を起点にして、地面に赤く血溜まりが広がっていく。


「待って、ください。アタシは裏切ってなんか……」


「『我は星玉の主を殺せと依頼したはずだ。覚醒が進む前に食い止められただろう。本気で国を相手に反逆する気があるとは思えん、足手まといだ』」


 血に染まった手を振り払い、セプティムは俺とソリスに背を向ける。


「『次に会う時は、我が手ずから君を殺してやろう、星玉の主』」


 セプティムは転移を使って、即座に姿を眩ませる。腹を穿たれた少女を残して。

 こちらに駆け寄ってくるソリスの姿を捉えた直後、俺の意識はぷつりと途切れた。

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