㉘王太子と王女の最期
わたしは、タイムリープすることも、肉体に戻ることもできなかった。
まるで、見えない壁で隔たれている、そんな感じだ。
どんなに大声をあげても、アスタロト様に声がとどくことはなかった。
手を伸ばしても、アスタロト様の体をすり抜けてしまい、ふれることは、かなわなかった。
わたしのテレパシーも届かなかった。
どうしよう……。
わたしは、生き返ることができなかった。
ヤギハシさんが駆けつけたときには、時すでに遅しというていだった。
けれど、主のアスタロト様の意向をくみ、わたしの治療に協力してくださっていた。
アスタロト様とヤギハシさんに苦悶の表情が浮かべ、額に汗をかきながら、ふたりは力の限りを尽くしてくれた。
だが、アスタロト様のことばどおり、わたしの蘇生はムリだった。
それでも、アスタロト様は、治療に力を使いつづけた。
まるで、自分の力がなくなってもかまわないというふうに見える。
ヤギハシさんは、そんな主の執着が徒労に終わるとわかると治癒をやめさせようと、必死だった。
「もう、これ以上、おやめください、アスタロト様!!」
もういいのです。
アスタロト様、もうやめて。
あなたのお体に障ります。
幾度も、叫んでも、わたしの声は届かない。
アスタロト様が、わたしの治療をあきらめたのは、ご自身の力の大半を使い切った後だった。
アスタロト様は、いつも以上に血の気のない、白い顔をなさっていた。
生気のないご様子だった。
たいせつなものを扱うかのように、わたしの体をゆっくりと横たえた。
そして、とても優しく頬にふれたのだ。
ーマリーもっと早く、君に自分の本心を伝えていればよかった……後悔とは、こんな気持ちになるのだなー
アスタロト様の本心?
それって?
アスタロト様は、ゆらりと立ち上がった。
そばに仕えているヤギハシさんは、なんだか恐ろしいものを見るようなめで、アスタロト様を見上げている。
「オイジュスとエリスの姉弟は決して……決して許さん!エリス転移!!」
あんなに怖いアスタロト様を見たのは、初めてだった。
目の間に、パッとエリスが現われた。
「こっ、ここは!?」
「ようこそ、エリス王女。ここは、弟のオイジュス王太子が、新妻だったマリーを殺して口封じをするために選んだ、エーデンバッハの教会だ。知らん訳はなかろう?おまえが企んだんだから!」
「クっ!そう。じゃあ、あなたが侯爵の位もつ悪魔アスタロトね?」
「そうだ」
「悪魔のわりに、キレイな顔。ああ!その顔で、あの成金女をだましたの?」
「成金女?」
「マリーのことよ」
「だます?」
「そうよ、みんなあのあざとい女に騙される。ちょっと金持ちで、ちょっと頭がよくて、ちょっとー」
「うるさい!」
「なによ!!」
「いつかの弟が、マリーを『カワイイ』といったのが、そんなに腹立たしいのか?」
「!?」
「おまえの愛する弟、いや、王太子が、たった一度ほめたのがそんなに癇に障ったか?」
「うるさい!そんなことあるわけないでしょ!!」
「我は悪魔、人の世の悪しきすべてを知るものぞ。おまえの猜疑心と嫉妬心がなにをしたか、我は知っている」
「一体全体なんのこと!?」
「嫉妬の悪魔、リヴァイアサンに何を祈った」
「!?」
嫉妬の悪魔?
「どっ、どうしてそれを!?」
「愛しい弟、オイジュス王太子にあわせてやろう」
突如、空から何かが降ってきた。
地面に強くたたきつけらてたそれは、一度大きくはね、再び地面に落下した。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
それは、血まみれのオイジュスだった。
おそらく、生きてはいない。
「叫ぶなうるさい!」
不自然にピタリとエリスの金切り声がやんだ。
エリスは、喉を搔きむしり、ふらふらとあるいた。
口を鯉をのようにパクパクしていた。
白目をむき、よだれを垂れ流す姿に思わず、わたしは目をそむけた。
アスタロト様の仕業だ。
「何度も、『苦しめ、死して詫びろ平民クソ女』と唱えたのであろう?マリーの身にふりかかった死のタイムリープは、お前が嫉妬の悪魔に願い、供物としてその身を差し出した。ちがうか王女エリスよ?」
そんな!?
「臭いで分かったのだ。お前を呼び出した今な。悪魔との契約でお前の魂は穢れた。その特有の腐った匂いは、臭くて臭くてかなわんのだ。それと、お前はリヴァイアサンの退屈しのぎのおもちゃになったのだな?」
「うううううううぁ」
「マリーは、なんど命乞いをした?そのたびに鉄柵で串刺しにされたり、毒を盛られたり、あまつさえ、母親をそそのかし、マリーを殺させようとした!!お前らは人の皮をかぶった悪魔だ。もはや、人間ではない。自覚もあろう?実の姉弟でありながら、肉欲にまみれていたのだから?神が罰しなかったばかりに、お前たちは、平然と何度も何度も何度も、マリーを殺した。ならば、悪魔のわたしが神に変わってやろう。人非ざる者は、永遠の地獄へ招待しようではないか!!」
ボッと二人の体は、突如炎をに包まれた。
「うぎゃぁあああああ」
口をきけなくされていたはずのエリスの聞くに堪えない声が、辺り一面にこだまする。
さらに恐ろしいのは、死んだと思っていたオイジュス王太子が立ち上がろうと、もがきのたうちまわった。
あまりの地獄絵図に、わたしは、咄嗟に背をそむけ、耳を覆った。
「マリー見ているか?お前の代わりに、悪魔の我がこいつらに、罰をくだした。お前には、できないことだろう?人間の優しいお前には?……悪魔になっても、お前は変わらなかった。悪魔になって強くなって、こいつらに復讐しても、マリー、お前の気持ちは晴れなかった……別の苦悩をかかえて、その罪悪感から逃れられなかったのだ、かつての君は……」
アスタロト様の頬に一筋の涙がつたい落ちていた。




